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福岡高裁判決

平成24年2月27日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成20年(行コ)第6号 水俣病認定申請棄却処分取消、水俣病認定義務付け請求控訴事件(原審熊本地方裁判所平成13年(行ウ)第18号水俣病認定申請棄却処分取消請求事件〔第1事件〕、同平成17年(行ウ)第11号水俣病認定義務付け請求事件〔第2事件〕)
(口頭弁論終結の日 平成23年10月24日)

判決

熊本県水俣市袋1701番地
控訴人        溝口秋生
同訴訟代理人弁護士  山口紀洋

熊本市水前寺6丁目18番1号
第1事件被控訴人   熊本県知事 蒲島郁夫
同訴訟代理人弁護士  斉藤修
           柴田憲保
同復代理人弁護士   山野史寛
第2事件被控訴人   熊本県
同代表者知事     蒲島郁夫
同指定代理人     谷崎淳一
           内田安弘
           高山寿一郎
           谷川良徳
           山口喜久雄
           原田恵吉
           緒方克治
           北口伸一
           右田省二
           大村英哉
           野添崇
被控訴人ら指定代理人 平野朝子
           三好一生
           樽井勉
           安藤剛
           小濱浩庸
           倉野紀子
           大森努
           渡邉俊幸
           岡田佳子

主文

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人熊本県知事が被処分者溝口チエに対して平成7年8月18日にした水俣病認定申請棄却処分は、これを取り消す。

3 被控訴人熊本県は、溝口チエの疾病が水俣病であり、かつ水俣市及び葦北郡の地域に係る水質の汚濁の影響であることを、(旧)公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和44年法律第90号)第3条1項の規定により認定せよ。

4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 主文同旨

第2 事案の概要

1 本件は、亡溝口チエ(以下「チエ」という。)が水俣病にかかったと主張して昭和49年8月に(旧)公害に係る健康被害の救済に関する特別楷置法3条1項の規定に基づき熊本県知事に対して行った水俣病認定申請(以下、同条項に基づく水俣病の認定申請を「認定申請」、これによる認定審査の手続を「認定手続」、認定申請した者を「認定申請者」といい、チエが行った認定申請を「本件認定申請」、これによる認定審査の手続を「本件認定手続」という。)に関し、その子である控訴人(チエが昭和52年7月1日に死亡したため、その申請者としての地位を控訴人が承継した。)が、平成7年8月18日に本件認定申請を棄却する処分(以下「本件処分」という。)を行った第1事件被控訴人熊本県知事(以下「被控訴人知事」という。)に対し、本件処分を不服として、その取消しを求めるとともに(第1事件)、第2事件被控訴人熊本県(以下「被控訴人県」という。)に対し、同条項に基づきチエがかかっていた疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務付けを求めた(第2事件)事案である。
 原審は、第1事件について、チエに水俣病の症候(四肢末端優位の感覚障害)が存在することを認めることはできないから、チエが水俣病にかかったとはいえず、また、本件処分が遅れてはいるもののやむを得ない事情によるものであって、本件処分を取り消す事由とはならないとして、本件処分の取消請求を棄却し、第2事件について、本件認定申請を認めることを義務付ける訴えは、本件処分の取消請求が認容されることを要件とするところ、これが認められない本件においては、訴訟要件を欠くとして、これを却下した。
 そこで、控訴人がこれを不服として控訴をした。

2 前提事実
 本件の前提として、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実関係は、以下のとおりである。

(1) 法令の定め

ア (旧)公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(甲192、215、乙52、56、62、弁論の全趣旨)
 昭和44年12月に公布(一部〔1条ないし3条〕施行)された「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(昭和44年法律第90号、以下「救済法」という。)は、事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため、その影響による疾病が多発した場合において、当該疾病にかかった者に対し、医療費、医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることにより、その者の健康被害の救済を図ることを目的とし(1条)、都道府県知事が、指定地域につき指定疾病にかかっている者について、公害被害者認定審査会の意見を聞いて、その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気汚染又は水質汚濁の影響によるものである旨の認定を行い、この者に対して、診察、薬剤又は治療材料の支給、医学的処置、手術及びその他の治療等についての医療費を支給するものと定めている(3条、4条)。
 これは、因果関係の立証や故意・過失の有無の判定などで複雑、困難な問題が多い公害問題の特殊性にかんがみ、公害による健康被害が広範囲にかつ深刻に進行している状況において、緊急に救済を要する健康被害に対し、原因者による損害賠償がされるまでの応急的な行政上の特別措置として、司法上の救済とは切り離して、医療費の支給等の行政上の救済措置を施し、指定地域につき指定疾病にかかっている者であること及び救済法3条の規定によりその者の当該疾病が当該指定地域に係る大気汚染又は水質汚濁の影響によるものである旨の認定を受けたこと、換言すれば、救済法の定める健康上の被害(当該疾病)の存在と当該疾病と大気汚染又は水質汚濁との間の因果関係の存在という2点が証明されることにより、医療費の支給等の行政上の措置がされることを定めたものであって、より迅速かつ広い範囲にわたる救済を図るものであり、社会保障的性格を有するものということができる。

イ (旧)公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令(乙53)
 昭和44年12月に公布(一部〔1条〕施行)された(旧)公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令(昭和44年政令第319号、以下「救済法施行令」という。)は、救済法2条1項の政令で定める地域及び同項に規定する疾病について、別表第二のとおりとする旨規定し(1条)、同別表は、六の項の中欄において、「熊本県の区域のうち、水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち、出水市の区域」を、その下欄において、「水俣病」を掲げている。

ウ 公害健康被害補償法
 昭和49年に施行された公害健康被害補償法(昭和48年法律第111号。なお、同法の題名は、昭和62年法律第97号により「公害健康被害の補償等に関する法律」に改められた。以下、同改正の前後を問わず「公健法」という。)は、公害健康被害の補償等に関する法律施行令(昭和49年政令第295号。なお、昭和62年政令第368号による改正前の題名は「公害健康被害補償法施行令」であったが、以下、同改正の前後を問わず「公健法施行令」という。)と併せて、救済法及び同施行令と同趣旨の立法であり、公健法附則2条において、救済法を廃止する旨規定する一方、公健法附則3条において、同法の施行の際に現に救済法3条1項の認定を受けている者は、行政で定めるところにより、公健法による認定を受けたものとみなす旨規定するほか、同附則4条1項、2項も、公健法施行の際現に救済法3条1項の認定の申請をしている者に対しては、従前の例によりその認定をすることができ、この認定を受けた者は、政令で定めるところにより、公健法による認定を受けたものとみなす旨規定している。

(2) 関係通知の定め

ア 環境庁事務次官による昭和46年8月7日付け通知(乙62)
 環境庁(当時)事務次官は、昭和46年8月7日、救済法3条1項に規定する認定に関し、関係各都道府県知事及び政令市市長に宛てて「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について」と題する通知(昭和46年環企保第7号、以下「46年事務次官通知」という。)を発出した。46年事務次官通知は、水俣病の認定の要件として、下記のとおり規定している。

第一 水俣病の認定の要件

(1) 水俣病は、魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起る神経系疾患であって、次のような症状を呈するものであること。

(イ) 後天性水俣病
 四肢末端、口囲のしびれ感にはじまり、言語障害、歩行障害、求心性視野狭窄、難聴などをきたすこと。また、精神障害、振戦、痙攣その他不随意運動、筋強直などをきたすこともあること。
 主要症状は求心性視野狭窄、運動失調(言語障害、歩行障害を含む。)、難聴、知覚障害であること。

(ロ) 胎児性または先天性水俣病
 (省略)

(2) 上記(1)の症状のうちいずれかの症状がある場合において、当該症状のすべてが明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まないが、当該症状の発現または経過に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められる場合には、他の原因がある場合であっても、これを水俣病の範囲に含むものであること。
 なお、この場合において「影響」とは、当該症状の発現または経過に、経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関与していることをいうものであること。

(3) (2)に関し、認定申請人の示す現在の臨床症状、既応症、その者の生活史および家族における同種疾患の有無等から判断して、当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては、法の趣旨に照らし、これを当該影響が認められる場合に含むものであること。

(4) 法第3条の規定に基づく認定に係る処分に関し、都道府県知事等は、関係公害被害者認定審査会の意見において、認定申請人の当該申請に係る水俣病が、当該指定地域に係る水質汚濁の影響によるものであると認められている場合はもちろん、認定申請人の現在に至るまでの生活史、その他当該疾病についての疫学的資料等から判断して当該地域に係る水質汚濁の影響によるものであることを否定し得ない場合においては、その者の水俣病は、当該影響によるものであると認め、すみやかに認定を行うこと。

第二 軽症の認定申請人の認定
 都道府県知事等は、認定に際し、認定申請人に当該認定に係る疾病が医療を要するものであればその症状の軽重を考盧する必要はなく、もっぱら当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染または水質の汚濁の影響によるものであるか否かの事実を判断すれば足りること。
(省略)

第四 民事上の損害賠償との関係
 法は、すでに昭和45年1月26日厚生事務次官通達において示されているように、現段階においては因果関係の立証や故意過失の有無の判定等の点で困難な問題が多いという公害問題の特殊性にかんがみ、当面の応急措置として緊急に救済を要する健康被害に対し特別の行政上の救済措置を講ずることを目的として制定されたものであり、法第3条の規定に基づいて都道府県知事等が行った認定に係る行政処分は、ただちに当該認定に係る指定疾病の原因者の民事上の損害賠償責任の有無を確定するものではない。
(以上)

イ 環境庁企画調整局環境保健部長による昭和52年7月1日付け通知(甲9)
 環境庁企画調整局環境保健部長は、昭和52年7月1日、後天性水俣病の判断条件を取りまとめたものとして、関係各都道府県知事及び政令市市長に宛てて「後天性水俣病の判断条件について」と題する通知(昭和52年環保業第262号)を発出した。同通知は、後天性水俣病の判断条件(以下、この条件を「52年判断条件」という。)として、下記のとおり規定している。

1 水俣病は、魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起る神経系疾患であって、次のような症侯を呈するものであること。
 四肢末端の感覚障害に始まり、運動失調、平衡機能障害、求心性視野狭窄、歩行障害、構音障害、筋力低下、振戦、眼球運動異常、聴力障害などをきたすこと。また、味覚障害、嗅覚障害、精神症状などをきたす例もあること。
 これらの症侯と水俣病との関連を検討するに当たって考慮すべき事項は次のとおりであること。

(1) 水俣病にみられる症候の組合せの中に共通してみられる症侯は、四肢末端ほど強い両側性感覚障害であり、時に口のまわりまでも出現するものであること。

(2) (1)の感覚障害に合わせてよくみられる症侯は、主として小脳性と考えられる運動失調であること。また、小脳、脳幹障害によると考えられる平衡機能障害も多く見られる症候であること。

(3) 両側性の求心性視野狭窄は、比較的重要な症侯と考えられること。

(4) 歩行障害及び構音障害は、水俣病による場合には小脳障害を示す他の症侯を伴うものであること。

(5) 筋力低下、振戦、眼球の滑動性追従運動異常、中枢性聴力障害、精神症状などの症侯は、(1)の症候及び(2)又は(3)の症候がみられる場合にはそれらの症侯と合わせて考盧される症侯であること。

2 1に掲げた症侯は、それぞれ単独では一般に非特異的であると考えられるので、水俣病であることを判断するに当たっては、高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが、次の(1)のばく露歴を有する者であって、次の(2)に掲げる症侯の組合せのあるものについては、通常、その者の症侯は、水俣病の範囲に含めて考えられるものであること。

(1) 魚介類に蓄積された有機水銀に対するばく露歴
 なお、認定申請者の有機水銀に対するばく露状況を判断するに当たっては、次のアからエまでの事項に留意すること。

ア 体内の有機水銀濃度(汚染当時の頭髪、血液、尿、臍帯などにおける濃度)

イ 有機水銀に汚染された魚介類の摂取状況(魚介類の種類、量、摂取時期など)

ウ 居住歴、家族歴及び職業歴

エ 発病の時期及び経過

(2) 次のいずれかに該当する症侯の組合せ

ア 感覚障害があり、かつ、運動失調が認められること。

イ 感覚障害があり、運動失調が疑われ、かつ、平衡機能障害あるいは両側性の求心性視野狭窄が認められること。

ウ 感覚障害があり、両側性の求心性視野狭窄が認められ、かつ、中枢性障害を示す他の眼科又は耳鼻科の症侯が認められること。

エ 感覚障害があり、運動失調が疑われ、かつ、その他の症侯の組合せがあることから、有機水銀の影響によるものと判断される場合であること。

3 他疾患との鑑別を行うに当たっては、認定申請者に他疾患の症侯のほかに水俣病にみられる症侯の組合せが認められる場合は、水俣病と判断することが妥当であること。また、認定申請者の症候が他疾患によるものと医学的に判断される場合には、水俣病の範囲に含まないものであること。なお、認定申請者の症候が他疾患の症侯でもあり、また、水俣病にみられる症候の組合せとも一致する場合は、個々の事例についてばく露状況などを慎重に検討のうえ判断すべきであること。 (以上)

(3) 救済法における水俣病の認定申請から処分に至るまでの手続の概要等(甲9、43、 231、255、乙15ないし19、28ないし31(枝番含む。以下同じ。)、52ないし55、57、62、85、158、弁論の全趣旨)

ア 申請の受理
 熊本県衛生部公害対策局公害保健課(以下「公害保健課」という。なお、平成9年以降は熊本県環境生活部水俣病対策課)は、救済法に基づき認定を受けようとする認定申請者から申請書の提出を受けて、その記載及び診断書等の添付書類について形式審査を行い、不備がなければこれを受理して、申請者に対し受理通知を行う。

イ 疫学調査及び検診
 公害保健課は、関係医師等と打合せの上、検診計画を作成する。
 被控訴人県の職員は、作成された上記検診計画に基づき、疫学調査(原則として戸別訪問による職歴、家族状況、生活歴、自覚症状、既往症、症状の経過、食生活等の調査)及び熊本県水俣病検診センター(昭和51年5月1日以前は、熊本県水俣市所在の国保水俣市立総合医療センター〔当時は、「国民健康保険水俣市立病院」であり、以下「水俣市立病院」という。〕に併設した熊本県の健診センター。以下、各時期のものを通じて「検診センター」という。)において、医学的検査である検診を行う。検診は、予備的検査として、視力検査(裸眼視力及び必要に応じて矯正視力の検査)、眼球運動検査(視標追跡装置等を用いて眼球運動の障害を調べる検査)、視野測定(ゴールドマン量的視野計を用いて求心性視野狭窄及び沈下の有無を調べる検査)、聴力検査及び語音弁別検査(磁気オージオメーター等を用いて難聴の鑑別を行う検査)等を行う。
 これらの疫学調査及び予備的検査の後、感覚障害、運動失調、平衡機能障害、構音障害等の症候の有無、メチル水銀による影響の有無及び他疾患との関連等を調べるため、神経内科、眼科、耳鼻咽喉科、精神科及び必要に応じて他科の専門医師による検診を行うほか、血圧測定、尿の一般検査、梅毒血清学的検査、頸部の平面、断層等のX線検査を行う。また、医師の指示により、必要に応じて各種血液検査、脳波検査、筋電図検査、知覚伝導速度検査等を行う。
 これらの検診項目等は、専門の医学者らが厚生省の委託により、公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会として行った水俣病研究の成果の報告に基づく、昭和45年1月26日発出の救済法の施行に関する厚生省環境衛生局長の通知等に依拠しつつ、審査会の委員らが検討して定めたものである。
 検診センターに来所して検診を受けることのできない重症者、高齢者等に対しては、医師が申請者宅に出向いて検診を行う。また、申請者が死亡した場合は、遺族の意向により解剖の上病理学的検査を行うか、従前の記録を調査する。

ウ 公害被害者認定審査会への諮問
 疫学的調査及び検診により得られた資料に基づき、被控訴人県の職員及び公害被害者認定審査会(なお、救済法により定められた上記「公害被害者認定審査会」は、公健法により「公害健康被害認定審査会」と改められている。認定手続の関係では、以下、これらの審査会を、単に、「審査会」ということがある。)の委員等により、審査会に提出される資料が作成される。
 被控訴人知事は、審査会資料の整備された申請者について、当該資料を添付して、申請者が水俣病にかかっているか否かを審査会に諮問する。

エ 審査会の構成
 救済法は、審査会の委員について、医学に関し学識経験を有する者のうちから、都道府県知事が任命した委員10人以内で組織し、その組織、運営その他審査会に関し必要な事項については、条例で定めるとしている(救済法20条)。
 熊本県公害被害者認定審査会条例(乙15、16)では、これを受けて、熊本県公害被害者認定審査会の組織、委員の選任、運営方法等を定めている。

オ 審査会での審査
 審査会では、各委員に、疫学調査及び検診結果を基に、被控訴人県の職員が申請者の生活歴等に関する部分を、病歴ないし検診結果については審査会の委員等がそれぞれ記載した審査会資料が配布される。
 審査に当たっては、まず被控訴人県の職員が疫学的調査の結果を説明し、次いで、神経内科、精神科、眼科、耳鼻咽喉科等の担当委員が各科の検診所見を説明した後、審査会の委員等全員で所見の評価、確定を行い、その上で、申請者が水俣病にかかっているか否かを52年判断条件を用いて、医学的見地から総合的に判断する。
 審査会では、総合判断の結果を、@水俣病である、A水俣病の可能性がある、B水俣病の可能性を否定できない、C水俣病ではない、Dわからない、の5つの場合に分けて判定し、その内容に従って知事に答申する。
 被控訴人知事は、右@ないしBの答申の場合には、水俣病と認定する旨の処分を行い、Cの答申の場合には、申請を棄却する旨の処分を行って、申請者に通知する。

(4) チッソの対応等

ア 昭和31年5月1日、水俣湾沿いの漁村に、脳症状を呈する患者が存在することが報告されて、当初、水俣市医師会等により、次いで、熊本大学医学部において組織された水俣病研究班(以下「熊大研究班」という。)により調査が行われ、当初、上記症状の原因、発生機序が不明であったが、その発症のメカニズムの解明が次第に進み、新日本窒素肥料株式会社(昭和40年に「チッソ株式会社」と商号変更した。以下「チッソ」という。)の水俣工場の排水との関係が問題とされるようになった。

イ チッソは、昭和34年12月30日、水俣病患者との間で、死亡者については弔慰金30万円を、生存者については年金10万円を支払うことなどを内容とする契約を締結した(以下、この契約を「本件見舞金契約」という。)。

ウ チッソは、水俣病患者がチッソを被告として損害賠償を求めた訴訟において、昭和48年3月20日、死者については1800万円、生存者のうち重症者については1700万円、軽症者については1600万円とするなど総額9億3730万円余りを支払うよう命じた判決(以下「熊本水俣病第一次訴訟判決」という。)が言い渡されたことを受けて、同年7月9日、水俣病患者団体との間で、チッソが、水俣病患者に対し、患者の区分に従い、Aランクの患者には1800万円の、Bランクの患者には1700万円の、Cランクの患者には1600万円の各慰謝料等を支払うほか、治療費、介護費及び終身特別調整手当を支払うこととし、同日以後水俣病認定を受けた者についても同様に補償の対象とするとの内容の補償協定(以下「本件補償協定」という。)を締結した。

(5) 本件訴訟に至る経緯(甲1、3ないし8、乙20ないし42、 弁論の全趣旨)

ア 本件認定申請
 チエは、昭和49年8月1日、被控訴人知事に対し、救済法3条1項に基づいて認定申請をした(本件認定申請)。

イ 経過

(ア) 被控訴人知事は、チエに対し、昭和50年9月9日耳鼻咽喉科の、同年10月17日眼科の、昭和52年6月9日耳鼻咽喉科の、同月16日眼科の医学的検査を行った。

(イ) チエは、昭和52年7月1日死亡した。その死因は、死亡診断書上、腸閉塞、腹膜炎、腎不全と記載されていた。なお、チエについて、病理解剖は実施されていない。

(ウ) 被控訴人知事は、同月13日、チエの疫学的事実の調査を行った。

(エ) 被控訴人知事は、平成6年6月13日、水俣市立病院、I医院及びS医院に対して医療機関調査を行ったが、水俣市立病院は「保存期間経過等によりカルテがない」旨回答し、I医院及びS医院は廃院となっていたことが判明した。

(オ) 平成7年7月14日及び15日に開催された第195回熊本県公害被害者認定審査会は、チエについて、医学的判定「W.判断できる資料が揃っていない」場合に当たると審査し、その旨の答申を行った。

(カ) 被控訴人知事は、同年8月18日、上記答申を受けて、下記の理由により本件認定申請を棄却した(本件処分)。

 通常、認定申請者の疾病が、魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取したことによって生じた水俣病であるかどうかの判断にあたっては、有機水銀に対するばく露歴及び水俣病にみられる症侯(四肢末端の感覚障害、小脳性運動失調、中枢性平衡機能障害、求心性視野狭窄、中枢性眼球運動異常、中枢性聴力障害など)の有無を調べ、昭和52年環境庁環境保健部長通知の「後天性水俣病の判断条件について」に基づいて審査が行われています。
 あなたについて、以上の事項につき、第195回熊本県公害被害者認定審査会において検討したところ、有機水銀に対するばく露歴は認められますが、水俣病と判断できる資料は得られませんでした。
 以上を踏まえて総合的にみると、あなたは魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取したことによって生じた水俣病であると認めることはできませんでした。 (以上)

(キ) チエの子である控訴人が、同年10月13日、環境庁長官(当時)に対し、本件処分の取消しを求めて行政不服審査請求申立てをしたが、環境大臣は、平成13年10月29日、同審査請求を棄却する旨の裁決をした。

3 争点

 本件では、(1)救済法上の水俣病とはどのようなものであるか、(2)救済法上の水俣病の判断基準及び判断方法としてどのようなものが適切であるか、(3)これらの判断基準及び判断方法によればチエは救済法上の水俣病と認定されるべきか、(4)本件処分につき手続上の瑕疵事由があるかがそれぞれ争われており、これらが争点となる。

4 争点についての当事者の主張

(1) 争点(1)(救済法上の水俣病の意義及び要件)について

(控訴人の主張)

ア 水俣病の意義
 水俣病とは、メチル水銀(原因物質)に汚染された魚介類(原因食品)の摂取(ばく露)に起因する中毒性中枢神経疾患である。メチル水銀の中毒は、半年ほどで死亡に至る劇症患者から、重篤な症状とはいえない症状の慢性中毒患者までなだらかに連続的に存在する。四肢末端優位の感覚障害のみの症侯を呈する者もいるのである。

イ 救済法上の水俣病の意義
 水俣病という概念は、上記のとおり把握できるものであるところ、救済法における「水俣病」という概念も同様であり、司法上の損害賠償請求訴訟における審理対象である水俣病の概念とも同一の医学的概念であって、これが異なるはずはない。「水俣病病像論などという論争は、存在しない。すなわち、医学的には既に解決済みである。残っているのはどこまで救済するか、何を救済するかという社会的問題だけである」とされているのである。

ウ 救済法上の水俣病の認定方法
 「水俣病にかかっている」(救済法3条)と判断されるためには、メチル水銀により当該患者に健康障害が惹起されたとの因果関係が認められることを要するが、救済法上は、損害賠償請求訴訟等の司法による救済が図られる場合と異なり、認定申請者が水俣病にかかっていると明確に診断し得る場合はもちろん、明確な診断に至らない場合でも、当該健康被害が摂取したメチル水銀により生じたものである事実(メチル水銀の原因性)について、その可能性が50パーセント以上あれば、水俣病の疑いがあるものとして、これを水俣病にかかっていると認定するべきである。
 このように考えると、疫学的判断によれば、メチル水銀のばく露歴及び四肢末端優位の感覚障害のある者が水俣病にかかっている可能性は90パーセント以上であるから、救済法上、四肢末端優位の感覚障害のある者についてメチル水銀のばく露歴が認められればこれを水俣病にかかっていると認定すべきことになる。

(被控訴人らの主張)

ア 水俣病の意義
 水俣病は、工場排水に含まれるメチル水銀が魚介類に蓄積され、それを大量に経口摂取することによって起こる神経系疾患である。
 水俣病においては、体内に取り込まれたメチル水銀が強く傷害する神経系の部位は特定されており、また、このような傷害によって主に生じる症侯も特定されているが、その障害部位は、大脳や小脳を始めとする神経系であるため、患者の生存中に、あるいは死亡した後に病理所見が得られていなければ、これらの組織を生検し、メチル水銀による障害が生じているか否かを確認することは困難である。また、その症侯は、いずれも当該症状があればそれがメチル水銀の影響によるものであると判断できるような特異なものではなく、他の原因や加齢によっても来す場合が多いものであるし、原因不明のものもある。
 このように、水俣病の個々の症状は、それぞれ単独では一般に非特異的であるので、水俣病であるか否かの判断においては、専門家による総合的かつ多角的な検討に基づく蓋然性の判断が必要である。なお、四肢末端優位の感覚障害のみが認められる場合には水俣病と認めることはできない。

イ 救済法上の水俣病の意義

(ア) 水俣病という概念について、救済法及び同法施行令1条別表6は、認定業務の対象とすべき疾病について「水俣病」と規定しているにすぎず、それがいかなる疾患であるかについては具体的に規定していない。しかし、疾病としての「水俣病」という概念は、医学上の「水俣病」以外にはあり得ないから、同規定は、医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると診断されたものをいうものと解される。
 そして、「水俣病にかかっている」かどうかを認定するためには、専門家による総合的かつ多角的な検討に基づく蓋然性の判断を要するので、都道府県知事は疫学的調査及び指定医療機関等による医学的検査を実施し、公害被害者認定審査会等に諮った上で、認定申請に対する処分を行うことが必要とされているのである。
 そうすると、「水俣病にかかっていると認められる」という認定要件は、それ自体が医学的概念を取り込んだ規範的要件であって、具体的には「定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると認められる」ことを意味するというべきである。

(イ) メチル水銀ばく露に係る多様な被害に対する各種の救済楷置における水俣病の意義
 メチル水銀ばく露に係る多様な被害に対する各種の救済は、救済法ないし公健法のほか、水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法、水俣病総合対策医療事業などによって、「定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると認められる」者に対しては救済法ないし公健法が、水俣病と診断するには至らないが医学的に判断困難な者のうち、「過去に通常のレベルを超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性がある者」に対しては、健康診査等を実施するとともに、「水俣病とは認定されないものの水俣病にも見られる四肢末端の感覚障害を有する者」に対しては、療養費及び療養手当を支給するなどの措置(水俣病総合対策医療事業)が行われている。これらは、52年判断条件の医学的合理性、すなわち、救済法上の水俣病が「定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると認められる」ことを前提として、それぞれの趣旨・目的をもって組み立てられ、全体として、我が国におけるメチル水銀に起因する健康被害に係る多様な被害に応じた救済を実現しているのである。

ウ 救済法上の水俣病の認定方法
 救済法による救済制度は、公害問題の特殊性を背景とする社会的必要性から制定されたものであるから、政策的な面を有するものでもあり、その救済の範囲は、あくまで医学的知見に基礎を置くものにとどまるのであって、「水俣病の疑いがあると判断される、ぎりぎりの限界的な事例」とは、医学的にみて水俣病である可能性が、水俣病でない可能性を上回る場合をいうものである。
 この観点からは、四肢末端優位の感覚障害のみの症侯を呈する者は、これを水俣病と認定すべき医学的知見を欠いており、水俣病にかかっているとはいえない。

(2) 争点(2)(救済法上の水俣病の判断基準及び運用)について

(控訴人の主張)

 メチル水銀のばく露歴があって四肢末端優位の感覚障害を有する者については水俣病と認められるとする新たな知見によるべきである。
 認定手続において用いられている52年判断条件は、その目的において不当であり、内容(医学的基礎)において妥当性がないから、認定手続において採用することはできず、仮に、これによるとしても、適切な運用がされていない。

ア 救済法の趣旨による判定基準
 メチル水銀ばく露歴を有する者に発現している健康障害において、水俣病に起因する可能性の程度は連続的に分布しており、四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在することは明らかであるところ、疫学的判断によれば、メチル水銀のばく露歴があり、かつ四肢末端優位の感覚障害のある者が、水俣病にかかっている可能性は90パーセント以上とされているから、水俣病にかかっているか否かという判断においては、この基準を用いるべきである。
 このことは、日本精神神経学会・研究と人権問題委員会が1998年9月19日付で公表した環境庁環境保健部長通知(昭和52年環保業第262号)「後天性水俣病の判断条件について」に対する見解を述べた活動報告(甲26)、岡山大学医学部衛生学教室の津田敏秀医師の意見書等(甲67、 92、 93、 113 、 117 、 161、 165、 186、 241、原審証人津田敏秀。以下、これらの意見を併せて「津田意見」という。)及び二宮正(以下「二宮助教」という。)の意見書等(甲164、190、218、240、262、263。原審証人二宮正。以下、これらの意見を併せて「二宮意見」という。)が示している。

イ 52年判断条件の意味
 52年判断条件は、救済法上の水俣病と認定された者に対して補償金を支払う旨の補償協定(本件補償協定)を結んだチッソの負担額を抑えるために、46年事務次官通知の基準を改悪し、認定基準を厳格に定めたもので、不当である。

(ア) 46年事務次官通知の意義
 52年判断条件以前に、水俣病認定の判断基準とされていたのが46年事務次官通知であるが、これは、同通知に定められた症侯のうち「いずれか」の症候がある場合、「当該症状のすべてが明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まない」とするもので、被害者側の司法救済における立証負担に伴うリスクを行政救済でカバーするという救済法の立法趣旨、目的、理念に合致している。これに従えば、水俣病にかかっているか否かの判断において、厳密な証明でなくとも、生活歴、食生活及び家族歴等の状況証拠の積み重ねによって、通常水俣病を発症し得る程度に魚介類を摂取したと推認される程度で、メチル水銀へのばく露(いわゆる疫学条件)の要件を証明し得ることになり、仮に水俣病にみられる「症状の一つ」(例えば感覚障害)でも濃厚な疫学的資料がそろっていれば、水俣病と判断することが可能となる。

(イ) 52年判断条件の発出経緯
 52年判断条件は、概して疫学的条件を重視せず、専ら臨床症状をもとに水俣病にかかっているか否かを判断するものであるところ、水俣病の症状は、単独では一般に非特異的であって、症状の組合せが認められることを要するとして、具体的に4つのパターンを設定し、これらのパターンに該当するかどうかを水俣病認定の判断要件としている。
 このような52年判断条件は、46年事務次官通知の下で、認定申請者が急増し、救済法上の水俣病と認定された者に対して補償金を支払うとの協定(本件補償協定)を結んだチッソが負担する額が増加し、チッソの累計赤字が膨れあがって(昭和52年9月の中間決算時312億円)、被控訴人知事が昭和52年5月31日、環境庁長官に対し、補償協定による加害企業の民事責任履行にあたって当該企業の経営状態等が重大な障害となることのないよう適切な措置を講じることなどを要望する「水俣病認定業務促進に関する要望書」を提出し、同年6月7日、チッソ社長が被控訴人知事に対し、行政による水俣病患者補償金支払の一時肩代わりと長期延べ払い融資を申し入れるなどの状況の下、まとめられたものである。つまり、52年判断条件は、救済法による認定制度が、患者の救済のための公的制度であるにもかかわらず、チッソと患者との間の私的な補償協定における基準ともされたことから、専らチッソからの補償金受給対象者とすべきか否かという線引きの観点から考案され、策定されたものなのである。

ウ 52年判断条件の不当性
 52年判断条件は、医学的根拠・正当性を欠き、救済法の趣旨・目的にも沿わないものであって、水俣病の合理的な診断基準として適格性がない。

(ア) 前提の誤り
 52年判断条件は、メチル水銀のばく露により末梢神経が傷害されるとの見解(以下「末梢神経傷害説」という。)に立って定められているが、その後、メチル水銀の経口摂取が中枢神経を傷害するという知見(中枢神経のみか〔以下「中枢神経傷害説」という。〕、併せて末梢神経をも傷害するか〔以下「中枢神経・末梢神経傷害説」という。〕については、争いがある。)が確立したことにより、前提において誤っていることが明らかとなった。

(イ) 組合せの根拠がないこと
 52年判断条件は、同条件2(2)に規定する4種類の「症候の組合せ」のいずれかに該当することを、水俣病であると判断するための必要条件としている。これは、重症典型有機水銀中毒の症状で、感覚障害、運動失調、視野狭窄、言語障害、聴力障害などの症状のひとまとまりの症侯である、いわゆるハンター・ラッセル症侯群(甲168の1・2)を基礎とするものであるが、医学的知見の集積により、このような症状の組合せを必須とする必要がないことが漸次明らかとなっている上に、4種類の「症侯の組合せ」を満たすとすること及びこれを満たさなければ水俣病とはいえないとすることについて、正当化するに足りる医学的データは存在しないのである。
 この点、環境庁が、熊本県、鹿児島県の審査会の委員等水俣病の専門家17名を構成員として昭和50年に設置した水俣病認定検討会は、52年判断条件を、水俣病が臨床的には一定の傾向をもって出現するとして、その傾向、すなわち水俣病の範囲に含めて考えられる組合せを4つのパターンに整理して、臨床上の診断基準に当たる具体的な水俣病の判断条件を定めたものとしているが、水俣病の症候に一定の傾向があるというその判断の根拠となる医学的データは全く明らかではない。また、症侯群的診断において症状の4通りのパターンに該当するかどうかでしか水俣病の診断はできないという医学的データは全く明らかにされていない。

(ウ) 水俣病の患者の実態に即していないこと
 メチル水銀ばく露歴を有する者に発現している健康障害は、その病態、程度等において連続的に分布しているのであり、水俣病にかかっているという可能性も連続的に認められるにもかかわらず、唯一の基準で、「水俣病にかかっていると認めることができる、水俣病にかかっていると認めることができない」と割り切って判断するならば、実態として多数存在する慢性水俣病患者の大半が認定の網からこぼれることになり、その基準は水俣病被害の実態に即したものとはいえず、救済法の趣旨にも合致しないのである。
 ハンター・ラッセル症候群は、水俣病の原因が不明の段階で原因追究の手がかりとして役立ち、それなりに有用であったが、水俣病の本来の病像は、その実態に即した調査・研究の拡大によって独自に構築されるべきでものであった。

エ 52年判断条件の運用における不当性
 仮に、上記のような問題点がある52年判断条件によって認定手続における判断を行うとしても、水俣病の症候を見逃さないように、その運用は、慎重に行わなければならない。
 ところが、審査会では、水俣病が末梢神経を傷害するとの理解(末梢神経傷害説)の下に、52年判断条件を硬直的に運用しており、本来水俣病と認められるべき申請者が申請を棄却されるという事態になっている。
 運用においても不当といわざるを得ない。

(被控訴人らの主張)

 水俣病にかかっているか否かの判断は、52年判断条件によるべきであり、救済法上の認定制度は、これに従って構築されている。すなわち、52年判断条件は、水俣病の診断基準として合理的であり、医学的に正当である。これに対し、控訴人の主張する基準(メチル水銀のばく露があるものについて四肢末端優位の感覚障害が認められれば水俣病と認定すべきであるとするもの)は医学的に認められない。

ア 52年判断条件の意味

(ア) 52年判断条件は、46年事務次官通知を具体化したもので、その内容に変化はない。

(イ) 46年事務次官通知は、救済法の趣旨を周知することにより円滑なその運用を図るため発せられたものであり、医学的知見を基礎とするものではあったが、当時の医学的知見として、同通知第一(1)(イ)のいずれか一つの症状でもあれば水俣病と診断することができるというものではなかったにもかかわらず、@第一(2)に「前記(1)の症状のうちいずれかの症状がある場合」と記載されていたため同通知第一(1)(イ)掲記のいずれか一つの症状でもあれば認定すべきとしているかのように誤解されたこと、A第一(3)の「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」というのが具体的にどのような場合であるのかが不明確であって、僅かの可能性でもあれば、上記事由に当たると誤解されたことから、問題が生じた。
 そこで、環境庁(当時)が昭和50年に設置した水俣病認定検討会は、臨床上の診断基準に当たる具体的な水俣病の判断条件として、52年判断条件を定めた。

イ 52年判断条件の正当性
 52年判断条件は、症候群的な診断をせざるを得ない水俣病の診断において、医学的に裏付けられた、最も適合しているものである上、我が国における救済制度全体の前提となっており、正当なものである。

(ア) 前提に誤りのないこと
 52年判断条件は、中枢神経傷害説・末梢神経傷害説のいずれの傷害に起因する感覚障害であるかを区別することなく感覚障害を捉えており、これらの学説の優位によって変更する必要のない医学的正当性を有する。なお、控訴人は、メチル水銀の経口摂取により、中枢神経のみが傷害されると主張するが、病理学的には、中枢神経障害が著しく、末梢神経障害は軽いとされているように、両方が傷害されるもの(中枢神経・末梢神経傷害説)であるから誤りである。

(イ) 組合せに根拠があること−症侯群的診断

a 臨床医学における診断の過程においては、ある疾患に特異な所見が見られるならば、その所見を検出する客観的な検査のみで診断が可能となるが、疾患によっては、特異な所見がもともと存在しない場合があり、そのような場合には、各種の組合せによる症侯群的診断によらざるを得ない。その組合せの中でも診断上の価値の最も高い組合せが診断基準と呼ばれるものである。

b 水俣病における障害部位は、大脳や小脳を始めとする神経系であるため、患者の生存中にこれらの組織を生検し、メチル水銀による障害が生じているか否かを確認することは困難である。また、上記の主要症侯は、それぞれ単独では非特異的であり、他の疾患によってもそれらの症侯を来す場合がある。このような事情から、水俣病の診断は、必然的に、複数の症候の存在を確認し、そこから病巣、ひいてはその病巣が生じた原因を推定する症侯群的診断によらざるを得ない。

c そして、救済法上の水俣病の認定は、それが行政処分としてされるものである以上、判断の公平性、連続性、統―性が求められるから、水俣病に関する研究の状況、医学界における研究結果の評価についての定説的な医学的知見に基づいて、できる限り具体的かつ明確な統一的判断条件をあらかじめ設け、その条件を満たすか否かという観点から判断することが要請されている。

d 上記救済法の趣旨に照らすと、行政庁としては、水俣病に関する研究の状況、医学界における研究結果の評価についての定説的な医学的知見に基づいて、できる限り具体的かつ明確な統一的判断条件をあらかじめ設け、その条件を満たすか否かという観点から判断することになる。
 52年判断条件は、環境庁が昭和60年に設けた「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議」(以下「専門家会議」という。)において、「現時点では現行の判断条件により判断するのが妥当である」と結論づけているように、水俣病に関する学識経験豊かな医師による検討を経て成立したものであって、医学的知見に基礎を置き、適切かつ妥当であることは医学の専門家の間でコンセンサスが得られている。

(ウ) 52年判断条件は、メチル水銀ばく露に係る多様な被害に対する各種の救済の前提となっていること
 メチル水銀ばく露に係る多様な被害に対する各種の救済は、52年判断条件の医学的合理性を前提として、それぞれの趣旨・目的をもって組み立てられている。すなわち、メチル水銀に起因するとして訴えられる各種の多様な健康被害が、当初のハンター・ラッセル症候群に該当する被害から次第に多様化した今日の状況下では、救済法による救済と、その他の行政的、立法的救済策が全体として、我が国におけるメチル水銀に起因する健康被害に係る多様な被害に応じた救済を実現しているものといえる。

ウ 控訴人の主張する基準について
 四肢末端優位の感覚障害だけで水俣病にかかっていると判断できるとする医学的知見は存在しない。四肢末端優位の感覚障害の存否だけで水俣病にかかっているか否かを判断できるとする二宮意見及び津田意見は、誤りである。

(ア) 二宮意見の考察の不適切なこと
 二宮意見は、メチル水銀汚染地区で四肢末端優位の感覚障害を呈していればメチル水銀の影響だと考えることが適切であるとするが、メチル水銀ばく露以外の条件の全く異なる集団を比較して、結論を導こうとしているのであり、疫学的にも到底意味あるものとはいえない。

(イ) 津田意見が適切ではないこと
 津田意見は、学会のコンセンサスを得たものではない。その内容も常識的な疫学の定義に反する上、判断条件、誤差(バイアス)が全く考盧されていないなど致命的な誤りがある。
 そもそも、疫学は、「人間集団における健康集団の頻度と分布を規定する諸要因を研究する医学の一分野」とされており、疫学は、個体差を一切考慮せず、集団の統計的特徴に基づいて健康障害の要因を推定していく学問的方法論であるから、個人を観察の対象とし、個体差を常に考慮する臨床医学において、この疫学的手法を利用することにはおのずから限界がある。

(3) 争点(3)(チエは救済法上の水俣病と認定されるべきか)について

(控訴人の主張)

 チエは、メチル水銀ばく露歴等があり、四肢末端優位の感覚障害があったのであるから、「メチル水銀のばく露歴及び四肢末端優位の感覚障害とがあれば水俣病と認められる」との基準によって、救済法上の水俣病にかかっていたと認められる。
 仮に、52年判断条件を前提としても、個別的具体的事情を総合して判断すれば、チエが救済法上の水俣病にかかっていたと認められる。
 また、チエのように、認定申請後、検診が未了のうちに死亡し、解剖検査も実施されなかった者(以下「未検診死亡者」という。)については、生前の資料等の有無を補充的に調査して診断すべきであって、これによれば、救済法上の水俣病にかかっていたと認められたはずであった。特に、本件認定申請から本件処分まで約21年を要した本件認定手続においては、本来、調査すべき時期にこれを行っていれば資料も整い、これによれば認定も容易だったのであるが、被控訴人知事は、調査をせずに本件認定申請を放置していたのであり、この行為は、証明妨害でもある。

ア チエの症状について

(ア) 四肢末端優位の感覚障害
 チエが、本件認定申請時に添付したS医師(以下「S医師」という。)の診断書(甲2、以下「本件診断書」という。)には、「自覚的には四肢のしびれ感」、同医師の客観的診断として「四肢末端に知覚鈍麻を認める」と記載されており、また、昭和46年10月頃熊本大学医学部により行われた調査の回答である健康状態調査票(乙94の4)には、「(ア)健康状態、(9)しびれ(ビリビリ、ジンジン、ピリピリ、ジカジカ)を今までに感じたことがある、(10)しびれを現在も感じる、(11)手足をにぎったり、長い間物をもったりすると手や指にしびれが出やすい、(13)疲れたときや寒いときだけ手足がひどくしびれる、(15)しびれが感じられたのは、両側にみられた」との調査結果が記されているが、これらは四肢末端に優位の感覚障害の自覚症状であると考えられる。

(イ) 口周囲の感覚障害
 チエは、控訴人が婚姻した昭和34年のしばらく後から、よだれを垂らすようになり、昭和47年頃には庭の前でひなたぼっこしながら、ボヤーッとして、よだれを垂らすなどし、控訴人の妻がチエの首にタオルを掛けてこれで拭きなさいと言ってあげないとよだれがダラッと垂れたままの状態であった。
 チエには顔面の麻痺等の病歴は見当たらず、かつ家族の話からも顔のゆがみや、脳卒中の既往もなく、意識障害は認められていないのであるから、チエが流涎を拭おうとしなかったことは、大脳皮質中心後回の障害による口の感覚の低下や、障害に対する自覚の低下によるものと判断され、チエには口周囲の感覚障害があったものである。

イ チエの症状とメチル水銀汚染の影響(因果関係)
 チエの体調の変遷、溝口家の生活状況、なかんずく海産物に注目した場合の食生活状況、家畜の斃死状況、家族のばく露状況、近隣の患者発生状況及び地域のばく露状況等からすれば、チエの体調異変はチッソ水俣工場の排水中のメチル水銀ばく露の結果であると見なすのが、経験則上も妥当である。

(ア) チエ本人のメチル水銀ばく露歴
 チエは、明治32年8月15日、熊本県水俣市袋地区神ノ川で出生し、大正9年の結婚後も、同地区の1701番地に居住し続けた。同地区は、水俣湾の内湾である袋湾に面しており(現在は、一部埋め立てられているが、埋立前の海岸からは1キロ以内の位置にある。)、最初に水俣病が発見された月浦、湯堂地区に隣接しており、昭和34年頃から猫の狂死が相次ぎ、住民の水俣病発病も頻発した。チエが死亡するまで居住し続けた地域は、メチル水銀に濃厚にばく露された地域である。
 そして、同地区では、住民が自分たちで海産物を調達し、多く取れたときには近所同士で分け合うなどしていたのであり、食生活は都市に比べてはるかに均一化しているという事情がうかがわれる。溝口家を含む海浜の集落においては、都市住民に比較すれば、海産物の摂取が格段に多いということができる。
 ―方、昭和32年の熊本県水産試験場による水俣湾周辺の生物、水質、底質の調査によると(甲242)、チッソ水俣工場排水口近くではカキの斃死率は100パーセント、チエがカキを採取していた袋湾奥部の地域では50ないし60パーセントの斃死率が記録され、底層にすむ貝類等は汚染度が高いと考えられるところ、これら貝類等を常時摂食していた溝口家を含む水俣湾周辺住民のばく露度も高いものであったと認められる。

(イ) チエの家族のメチル水銀ばく露歴
 平成7年の政府解決策により、水俣病総合対策医療事業による医療手帳の交付が開始されたが、同手帳交付の対象となるには、過去に通常のレベルを超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性があり、かつ四肢末端優位の感覚障害を有すると認められる者という要件を充足することが必要なところ、チエの家族については、控訴人を含む6人の子供及びチエの孫に当たる、控訴人の次男であるT(以下「T」という。)の合計7名が同手帳の交付を受けている(甲17、19)。また、医療手帳の交付対象者には該当しないが、何らかの神経症状を有する者に交付される保健手帳を控訴人の妻であるNが保持している(甲18)。なお、Tについては、胎児性水俣病である蓋然性が高い(甲20、111)。このように、チエの家族には確実なメチル水銀ばく露歴が見られる。

(ウ) チエの感覚障害が、慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症候としての末梢神経障害ではないこと
 チエに見られる四肢末端優位の感覚障害は、慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症侯としての末梢神経障害ではない。このことは、本件診断書の作成時期及びその内容とチエの症状とを照らし合わせてみれば明らかである。
 被控訴人らは、チエの四肢末端優位の感覚障害が、尿毒性の慢性症候であると主張する。慢性・急性を問わず、腎不全に至れば、尿毒症の急性症侯を生ずるが、尿毒症慢性症侯は、GFR(糸球体濾過値〔glomerular filtration rateの略〕)値が15から29までの「ステージ4(GFR高度低下)」、同15未満の「ステージ5(腎不全)」などと病気のステージが分類されているところ、慢性腎臓病のステージ4で出現し、ここを経て腎不全に至ると尿毒症の急性症侯を生ずるというのである。
 しかし、チエの神経症状が腎臓の慢性症候の一つとするならば、足の置き所のない、絶え間ない、夜間の高度のしびれ感、灼熱感、脱力、筋痙攣の症状が見られるはずであるのに(乙172)、これはなく、かえって、本件診断書によれば、「しびれ」にとどまるのである。
 また、腎不全の他の症侯、たとえば、尿症状の変化、心不全・消化器症状、皮膚変化、慢性貧血腎性骨異栄養症等を示さねばならないが(乙172)、これらは見られていない。  加えて、チエの当時の症状が、尿毒症・腎臓病末期ではなくとも、GFR値が5ml/分ではなく、30m1/分以下であることを示すなど、それよりも以前の症状であることが確認できなければならない。ところが、当審証人中村政明は、チエの腎臓病がステージ4か5かは、明確に断定することができないというのであり、他に、これを認めるに足りる証拠はない。結局、被控訴人らは、抽象的な可能性を指摘するのみであり、その主張は具体性に欠くものである。

ウ チエに対する判断

 チエは救済法上の水俣病と認められるべきである。

(ア) 新たな基準による判断
 救済法の趣旨からすれば、メチル水銀のばく露歴及び四肢末端優位の感覚障害のある者は水俣病と認定されるべきであるところ、チエには上記のとおり、確実なメチル水銀ばく露歴及び四肢末端優位の感覚障害が確認できるのであるから、チエは救済法上の水俣病にかかっていると認められる。

(イ) 52年判断条件の適切な運用による判断
 仮に、52年判断条件によって判断されるとしても、チエについては、津田意見及び二宮意見のとおり、水俣湾周辺に居住して四肢末端優位の感覚障害を有する者については水俣病にかかっている蓋然性は90パーセントを超えるとの疫学的因果関係を適用すればもとより、そもそも臨床的に検討しても、チエの四肢末端優位の感覚障害が他の疾病によるものとは認められないのであるから、チエは救済法上の水俣病にかかっていると認められる。

(ウ) 存在すべきはずの資料に基づく判断(証明妨害)
 52年判断条件は、認定申請者の症状を把握する調査が完了したことを前提として、確認された症状が52年判断条件に示された症状の組合せに該当するか否かという観点に基づき、当該申請者が水俣病であるか否かを判断するために設定されたものである。
 ところが、未検診死亡者については、生前に受診していた病院のカルテがなければ、審査において判断するための資料が決定的に不足しており、そのままでは申請者に不利な処分が出される。このような場合は、52年判断条件を適用する上での前提条件を欠くというべきである。
 このような場合、被控訴人知事としては、資料を補充すべく、調査を行うべきところ、認定申請から長期にわたり、これを怠っていたのであれば、被控訴人知事の対応は、証明妨害ともいうべきであって、資料がないことを認定申請者に不利に判断することは許されないというべきである。
 チエの場合も、未検診死亡者であって、症状把握が完了していないままであり、52年判断条件をそのまま適用すること自体失当であるし、本件認定申請から本件処分までの約21年にわたって、本来行うべき調査を怠った被控訴人知事の対応は、証明妨害でもあり、資料がないことを理由に、認定できないとすることは許されない。

(被控訴人らの主張)

 チエには、水俣病であることを示す症侯(四肢末端優位の感覚障害)が認められず、仮に認められたとしても、それは水俣病以外の疾病に起因するものである上、そもそも52年判断条件に合致しないのであるから、救済法上の水俣病にかかっていたものということはできない。

ア チエの症状について
 チエには、以下のとおり水俣病であることを示す症候が認められない。

(ア) チエについては、「四肢末端に知覚鈍麻を認める」と記載された本件診断書等、自覚的な神経症状に関する資料は存在するものの、それらは、いずれもチエの自覚症状を聴取して録取されたものにすぎず、客観的な検診に基づくものとはいえない。したがって、医学的に客観性のある認定資料は不十分であり、チエに四肢末端優位の感覚障害は認められない。

(イ) 審査会は、チエについて得られた疫学的調査結果、検診結果を基に、眼球運動で滑動性追従運動に軽度異常、衝動性運動には異常なしとの所見を得ているが、これによっては、求心性視野狭窄及び後迷路性難聴は認められず、平衡機能障害は確認できない上、感覚障害及び運動失調については資料が得られていないことから、被控訴人知事に対し「判断するための資料がそろっていないため判断できない」旨の答申を行ったのである。

イ チエの症状とメチル水銀汚染の影響(因果関係)
 仮に、チエにおいて、四肢末端優位の感覚障害が認められるとしても、それは、メチル水銀ばく露に起因するものとはいえない。

(ア) チエの症状の発症時期
 チエの認定申請書によれば、チエに「手足のしびれ」、「歩行の不自由」、「よだれが出る」、「味がよくわからない」という症状が出現し始めたのは、昭和49年1月末頃であるとされている。
 しかし、昭和49年当時は、水俣湾周辺地域に濃厚な汚染のあった昭和33、4年から約15年も経過し、かつ、頭髪水銀濃度の調査対象集団における一般住民や漁業関係者の同濃度の最大値が発症閾値を大きく下回った昭和43、4年から約5年を経過しているのであるから、この頃になって初めて症状が出現したということは、その症伏が水俣湾におけるメチル水銀汚染の影響によるものである可能性に乏しい。

(イ) 疫学は、個体差を一切考盧せず、集団の統計的特徴に基づいて健康障害の要因を推定していく学問的方法論であるから、個人を観察の対象とし、個体差を常に考慮する臨床医学において、この疫学的手法を利用することにはおのずから限界があり、疫学研究のみの結果に基づいて病気の原因を決定することは不可能であるといえる。したがって、疫学による因果関係の立証をいう控訴人の主張は妥当性を欠く。

(ウ) チエの症候が他の原因に基づくものであること
 仮に、チエが四肢末端優位の感覚障害の症侯を実際に有していたとしても、この症候は単独では非特異的であり、他の疾患によってもその症侯を来たす場合がある。特に、チエの場合、慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症候としての末梢神経障害であって、メチル水銀のばく露によるものではないと考えられる。
 チエには、昭和22年頃に腎臓病の既往症があり昭和47年の住民健康調査では、「要観察 腎障害」とされており、昭和50年6月に足のむくみのために水俣市立病院に通院して腎臓病と診断され、その後間もない同年8月に意識消失発作により入院し、昭和52年7月1日に腎不全等で死亡したことが認められることからすれば、チエの死亡原因となった腎不全は、昭和50年6月に急性に生じたものではなく、それ以前から存在し、緩徐に進行してきたと考えるのが自然である。すなわち、チエの腎不全は、長期間にわたって緩徐に進行してきた慢性腎不全の末期であったと考えられる。したがって、チエについて、本件診断書が作成された昭和49年5月23日当時、感覚障害が存在したとすれば、これは慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症候としての末梢神経障害であって、メチル水銀のばく露によるものということはできない。

ウ チエに対する判断

(ア) 上記ア、イのとおり、チエが救済法上の水俣病にかかっているものと認めることはできない。

(イ) なお、本件認定手続は、水俣病にかかっているか否かの判定手続であるから、医学的に、水俣病にかかっていないとされるチエについて、本件処分が本件認定申請から約21年を要していること、あるいは調査が遅れて資料が得られなかったこと(なお、後記(4)のとおり、これらの対応は、やむを得ないものであって違法とはいえないものである。)を考慮して、水俣病にかかっていると認めることはできない。

(4) 争点(4)(本件処分についての手続上の瑕疵の有無)について

(控訴人の主張)

 本件処分は、その手続に瑕疵があることから、取り消されるべきである。すなわち、被控訴人知事は、チエが昭和49年に行った水俣病の認定申請(本件認定申請)に対して、平成7年にこれを棄却する処分(本件処分)を行うまで21年間を要しており、これが被控訴人知事の意図的な不作為によるものであって、救済法の求める迅速なる救済に違背するものであるだけではなく、司法による救済を受ける権利を実質的に否定するものであって、本件認定手続の極度の遅延は、それ自体違法というほかなく、内容においても、被控訴人知事は、チエにかかる病院調査について、チエの死後17年間にわたり放置し、あるいは適切な措置を執らなかったため、チエの資料が収集できず、この結果につき被控訴人知事を免責する事由ないし正当化する事由は存在しない。しかも、その瑕疵は、本件認定手続に関するのみならず、未検診死亡者全体について共通するもので、被控訴人知事の認定手続全体に関する構造的な対応といわざるを得ず、被控訴人知事の対応は極めて悪質かつ重大なものであり、被害者救済を根本趣旨とする認定制度の根幹に関わる手続違反であって、その瑕疵を許したのでは制度自体の根本意義を喪失せしめるという意味で、結果のいかんにかかわらず、処分の取消原因に当たるというベきである。

ア 資料収集義務違反について
 未検診死亡者について病院調査を行い、カルテなどの資料を収集することは、被控訴人知事に課せられた義務であるところ、被控訴人知事は、水俣病認定業務に不可欠な資料を故意に隠滅したか、意図的に病院調査を放置した。これは手続上の重大な誤りである。なお、被控訴人知事は、認定申請者に対し、処分をする義務を負っているところ、これに対応せずに、膨大な未処分者を発生させたのであるから、チエの死亡から病院調査に着手するまでに17年が経過したことについて、免責される根拠とはならない。

(ア) 資料収集義務の存在
 52年判断条件によっても、「認定申請後、審査に必要な検診が未了のうち死亡し、剖検も実施されなかった場合などは、水俣病であるか否かの判断が困難であるが、その場合も、ばく露状況、既往歴、現疾患の経過及びその他の臨床医学的知見についての資料を広く集めることとし、総合的な判断を行うこと」と明示されているように、生前に受診していた病院のカルテは認定審査にとって重要で有益な医学的データとされているところ、水俣病の認定審査業務において、病院を調査し、カルテを収集することは、被控訴人知事の権限であり、義務である。

(イ) 調査結果等

a 被控訴人知事の対応等
 熊本県水俣病相談所は、控訴人が、チエの死亡後、毎年チエの命日前後に進捗状況を問い合わせ、審査を進めるよう求めていたのに対し、「検討中」と答えるのみであり、被控訴人知事は、審査の進捗状況の説明や審査を促進する具体的措置をしていない。

b S医院及びI医院への調査等
 被控訴人知事は、平成6年6月に、本件認定手続に関して、病院調査を行っているが、当時、S医院では、廃院後ではあったが、院長のS医師の自宅倉庫にカルテ等を保管していたのであるから、被控訴人知事が調査を打ち切らず追跡調査を行っていれば、カルテを収集できた可能性は極めて高い。
 また、I医院についても、廃院となってはいたが(平成5年9月23日廃院)、S医院と同様に、チエのカルテが保存されていた可能性がなかったとはいえない。

c 水俣市立病院の調査
 被控訴人県では、昭和59年8月に、水俣市立病院への調査が熊本県公害部長の決裁まで得られて計画されていたが、これが実施されたか否かは定かではない。しかし、病院調査が実施されているとすれば、水俣市立病院には、チエの生前の症状、臨床経過を記したカルテなどの資料が保存されていた可能性が高いから、被控訴人県としても、資料を作成したであろうし、これらが保存されているはずであるところ、これがないことは、被控訴人県が作成しなかったか、廃棄処分にしたものと推測せざるを得ない。病院調査が実施されていないとすれば、極めて異例の事態であり、これは被控訴人知事に都合の悪い事情があったことを理由とするものであると考えるのが合理的である。

イ 長期間にわたる処分の遅れについて

(ア) 処分の遅れの実態
 チエは、昭和49年8月、本件認定申請を行ったが、被控訴人知事がこれに対して棄却処分を行ったのは、これから21年が経過した平成7年8月であり、この手続は、極めて異常な事態であって、他に例を見ない行政の怠慢によってもたらされた処分の遅れというべきである。

(イ) 上記遅滞は、認定手続全体においても同様であり、昭和47年12月から昭和52年5月にかけて、救済法等に基づく認定申請者らが原告となり、被控訴人知事の水俣病認定業務の遅延の状況は違法であることを確認する訴えを提起し、熊本地方裁判所において昭和51年12月15日、被控訴人県が認定処分につき必要とする期間を2年と想定したと認定している点に照らせば、きわめて異常な事態であり、他に例を見ない行政の怠慢によってもたらされたもので被控訴人知事の不作為は違法であることを確認する判決がなされた(同判決は確定した。)ことからも、それ以降、本件処分が行われた平成7年8月までの19年間にわたり、被控訴人知事の不作為が違法であった状態が継続していたというべきである。

(ウ) 被控訴人知事は、昭和63年11月の時点において、チエを含む未検診死亡者の審査を棚上げにして処分を先延ばしにするとの明確な方針を表明していたから、上記違法状態は、被控訴人知事の故意により継続されたと見るべきである。

(被控訴人らの主張)

 本件認定手続に瑕疵はない。仮に、瑕疵があったとしても、これによって本件処分が違法となり、取り消されるべきものとはいえない。

ア 未検診死亡者に対する処分は、被控訴人知事は、昭和56年以降、審査会に対して諮問すること自体、中断せざるを得ず、その後平成6年度に至るまでの間、未検診死亡者の処分に着手できないこととなったのであり、これが保留されたことについては、やむを得ない事情があった。

(ア) 本件認定申請当時の状況(未処分者の滞留)

a 水俣病の発生当初、水俣病にかかっているか否かの医学的判断は比較的容易であるとされていたが、第1期審査会発足(昭和45年1月)の頃には、認定申請者の示す症候が水俣病であるか否かの医学的判断は、困難となってきており、昭和46年に、46年事務次官通知が発出されてからも、同通知に示された症状があるといえるか、当該症状の発現又は経過にメチル水銀の経口摂取の影響が認められるといえるかについては、なお、その判断が困難な場合が少なくなく、審査会の委員の間においても意見の一致を見ないことがままあった。このことは,昭和52年に、52年判断条件が発出されてからも同様であった。

b 被控訴人県においては、諸般の事情から、審査の前提となる検診を行う専門医の供給は熊本大学医学部に求めるしかなく、その確保はもともと容易でなく、昭和48年3月、熊本地方裁判所においてチッソの水俣病患者に対する損害賠償責任を認める判決(熊本水俣病第一次訴訟判決)が言い渡されたこと、同年7月に水俣病患者東京本社交渉団とチッソとの間で補償協定が締結されたことなどから、認定申請者の数が急増したため、処分の遅れは一層深刻になった。

c そこで、被控訴人知事は、環境庁の提案を受けて、昭和49年、未処分件数滞留の事態を打開するため、熊本大学のほか、九州各県の大学、国立病院の医師を動員することにより、検診医の増加を図って検診の遅延を解消することとし、同年7月と8月に約400人の集中検診を実施した。しかし、認定申請患者協議会等の反対行動があり、集中検診に参加した医師らが紛争に巻き込まれたくないとして参加辞退の意向を示したことから、検診業務は一時停止せざるを得ず、再開時には大量の未検診数、未審査数を抱えるに至った。

d 検診、審査業務の再開後は、水俣病認定申請患者協議会等の認定申請者の団体の要望もあって、上記のような集中検診態勢を存続させることはできず、従来の熊本大学医学部中心の体制をとるほかなかったため、検診数の急激な増加を図るのは困難であった。そのような状況の下において、国と被控訴人県は、検診、審査に従事する専門医の確保に努めたが、昭和53年以降再申請者が増加したこともあって、未処分件数の滞留が続いた。

e 以上のように、被控訴人県において未処分者が膨大となり、その診査及び処分が一県では対応し得ない問題となったことから、昭和54年2月14日に施行された臨時措置法により、救済法に基づく認定申請者で認定に関する処分を受けていない者(チエを含む。)は、環境庁長官に対し認定に関する処分を求めることができることとなった。
 そこで、環境庁と被控訴人県は、臨時措置法に基づき環境庁長官に申請できる者全員に対し、文書により申請の手続をするよう何度も呼びかけた。

f このように、当時、国及び被控訴人県は、検診、審査態勢の充実のため、種々の施策を講じたが、これらの施策にもかかわらず、未処分件数の滞留を解消することはできなかったものである。ただし、認定の遅れによる不利益を可能な限り回避するため、申請者は、公健法10条により、応答処分がない間でも療養費を請求できるとされたことなどに見られるように、種々の施策が講じられていた。

(イ) 未検診死亡者の処分が保留された事情
 上記(ア)のような状況の下で、当時としては、未検診死亡者の処分よりも、認定を現に待っている生存者の処分を優先せざるを得なかった。
 また、本来、審査会が水俣病であるかどうかを医学的に判断するには、審査に足りる資料が必要であるから、未検診死亡者は本来審査に必要な資料の一部又は全部を欠いていることになる。そして、認定手統において検討される診断書や検診医でない他の医療機関の資料は、内容がまちまちであったり、所見の正確性に疑問があったり、必要な所見の記録が内容として乏しいなど、公平・公正性の点で問題があるものが少なくなく、にわかに重視できるものではないため、未検診死亡者に対する民間資料(民間の病院を受診した際の資料)の使用は、処分の公正さや、未検診死亡者と生存者の間の公平(特に、検診拒否運動、すなわち、審査のために必要な資料を得るための検診医による検診を拒否する運動が激しい中で、生存者との間の取扱いの公平さは大きな問題であった。)、未検診死亡者の中でも資料がある人とない人の間の公平等、水俣病認定審査制度の枠組み全体の問題と深くかかわることであった。したがって、未検診死亡者の処分は、それ自体極めて困難な問題であったのである。
 このような事情から、未検診死亡者に対する処分は進まず、被控訴人知事は、昭和56年以降、審査会に対して諮問すること自体、中断せざるを得ず、その後平成6年度に至るまでの間、未検診死亡者の処分に着手できないこととなったのであり、未検診死亡者の処分が保留されたことについては、やむを得ない事情があったのである。

(ウ) チエについて
 チエが本件認定申請をした昭和49年度末には、未処分者は2821人に上っていたが、その後も未処分者は増加の一途をたどり、チエが死亡した昭和52年度末には4731人を数え、その後、昭和53年度末、同54年度末、同59年度末、同60年度末には5000人を超えるに至った(乙51)。
 このような事情の中で、被控訴人知事は検診の促進に努め、チエの死亡までに眼科及び耳鼻咽喉科の予診及び本診は行われたが、神経内科及び精神科の検診は未了となった。しかし、上記(イ)で述べたとおり、生存者についての処分を優先せざるを得ず、また、未検診死亡者についての処分は、それ自体極めて困難であったことから、チエについては、昭和56年の未検診死亡者の諮問中断までの間に医療機関調査及び諮問が行われるに至らず、その後、平成6年度になるまでは、チエを含む未検診死亡者についての医療機関調査等に本格的に着手することができなかった。
 以上のとおり、チエについては、本件認定申請から死亡までの約3年の間に検診が完了せず、死亡から医療機関調査が行われるまでに約17年が経過しているが、これは、当時、被控訴人県が抱えていた未処分者数が膨大であったことや、未検診死亡者についての処分がそれ自体極めて困難であったという、やむを得ない事情によるものであったというべきであるから、このことから本件処分が違法であるなどということはできない。

イ 本件認定手続において、仮に、その遅滞が違法であるとされたとしても、その手続的瑕疵によって、本件処分が違法となり、取り消されるべきものとはいえない。
 救済法3条1項は、水俣病患者認定の要件を規定しているところ、これを受けた救済法施行令1条別表6が規定する水俣病認定の要件は、「水俣病にかかっている者」のみであり、しかも、「水俣病にかかっている者」に該当するか否かは、医学的知見に基づいて判断されるべき事柄なのであるから、「申請に対する処分の遅れ」が認定の要件となるものではない。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(救済法上の水俣病の意義及び要件)について

(1) 水俣病に関する基礎的事実関係
 水俣病に関する基礎的事実関係として、前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によって、認められる事実関係は以下のとおりである。

ア 水俣病の発見から救済法の制定まで(甲43、52、63、98、100、108ないし110、174、192、194、195、204、乙19、57、58、91、93)

(ア) 水俣病の発生状況等
 熊本県水俣市のうち不知火海沿岸の一部地域では、昭和28年以降原因不明の中枢神経疾患患者が散発していたが、昭和31年5月1日、水俣湾沿いの漁村である月浦、出月、湯堂に、脳症状を呈する患者が存在することが報告され、さらに同様の患者が散見されることが判明したので、同月28日、熊本県立水俣保健所等が中心となって「水俣奇病対策委員会」を設置し、患者の発見及び原因究明に当たることになった。その調査では、昭和32年2月20日までに死亡者及び疑わしい者を入れて患者は54名と報告されている。
 次いで、上記と類似の症状を呈した患者が発見されたことから、同年8月24日に熊本大学医学部において組織された熊大研究班は、昭和34年7月14日、中間報告として、文部省科学研究水俣病総合研究班会議において、上記脳症状を呈する原因として有機水銀が有力であるとの報告を行った。この報告を裏付ける所見として、患者の尿と解剖に付された遺体の諸臓器から多量の水銀が検出されたこと、自然発症した猫の臨床病理像は、人のそれに類似し、その臓器に多量の水銀が含まれていたこと、水俣湾産の魚介類からは、他海域に比し、多量の水銀が同定できたこと、水俣湾の海底泥に多量の水銀の含有が証明できたこと、さらに、多量の水銀を含む水俣湾産の魚介類、特にヒバリガイモドキ(ムラサキ貝)を猫に投与したところ、自然発症した猫と同様の症状を示したこと、前記症状を呈する患者の毛髪から多量の水銀が測定されたことなどがある。
 当初、上記症状の原因、発生機序が不明であったが、その発症のメカニズムの解明が次第に進み、チッソ水俣工場の排水との関係が問題とされるようになって、昭和34年12月30日には、チッソと上記患者らとの間で、本件見舞金契約が締結されたりした。

(イ) 救済法制定等
 救済法及び同法施行令制定に先立つ昭和44年、財団法人日本公衆衛生協会は、厚生省から公害の影響による疾病の範囲等に関する研究を委託され、同年8月、佐々貫之を委員長とする公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会(以下「佐々委員会」という。)を設置し、公害に係る健康被害の救済制度の確立と円滑な運用に資するため、制度の対象とする疾病の名称、続発症検査項目等の問題について検討を行った。そして、佐々委員会は、有機水銀関係について、政令に織り込む病名としては「水俣病」を採用するのが適当であること、水俣病の定義は、「魚貝類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」とすること、水俣湾沿岸における水俣病と阿賀野川沿岸における有機水銀中毒との相互関係については、疫学、臨床、病理及び分析等の所見から同一の疾病であり、同―病名で統括することができること、水俣病という病名は、我が国の学会ではもちろん、国際学会においても「Minamata Disease」として認められ、文献上もそのように取り扱われていること、有機水銀中毒、アルキル水銀中毒、メチル水銀中毒等は経気、経口、経皮等によっても惹起されるが、水俣病は上記定義のごとく魚貝類に蓄積されたメチル水銀を大量に経口摂取することにより起こる疾患であり、魚貝類への蓄積、その摂取という過程において公害的要素を含んでいること、このような過程は世界のどこにもみないものであり、この意味において水俣病という病名の特異性が存在すること、などの意見を取りまとめ、こうした佐々委員会の意見を受けて救済法施行令別表に救済法2条2項に規定する疾病として「水俣病」が規定されるに至った。
 なお、水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別楷置法(平成21年法律第81号)前文及び2条1項において、メチル水銀により水俣病が発生したとの認識が示されている。

イ 水俣病の病理等(甲47、48、52、56、216、 乙1ないし13、67、68、96、103、104、129、132、154、155、159、162の1・2、原審証人津田敏秀、当審証人原田正純)

(ア) 水俣病の病理
 経口摂取により人体内に侵入したメチル水銀は、主に腸管から体内に吸収され、全身の諸臓器組織にほぼ均等に分布するが、細胞の性質及び臓器の代謝機序がそれぞれ異なることから、蓄積残留しやすい組織とそうでない組織があり、特に神経細胞には蓄積されやすく、脳に侵入したメチル水銀は、中枢神経を中心とする神経系の特定部位を強く傷害する。人体中、神経系以外の諸臓器に対するメチル水銀の影響はほとんど認められない。人体内に摂取、蓄積されたメチル水銀は、ある期間を経過すると糞便等を経路として体外に排出され、人体内に残留する量が半減するが、体内のメチル水銀が半減する期間(生物学的半減期)は、人間においては39日ないし70日(平均50日)である。
 長期間にわたり継続してメチル水銀のばく露を受けた場合、ばく露が開始した当初には次第に体内蓄積量が増加していくが、体内蓄積量に比例して排出量も増加することから、ばく露が開始して一定の期間が経過すると、一日の平均摂取量と排泄量は均衡し、体内蓄積量は増加しなくなる。生物学的計算によれば、メチル水銀ばく露を開始してから約1年(350日)で一日平均摂取量の約100倍のメチル水銀が体内に蓄積され、平衡状態に達すると考えられる。
 メチル水銀が人体に作用し症状として発現するのは、メチル水銀の蓄積量がある限度を超える場合であり、その限度を超えた場合には、神経系の細胞が破壊され症状が発現する。標的臓器(メチル水銀の場合は神経系)に対して毒性作用を発現させる有害物質の臓器内濃度を発症閾値(標的臓器〔メチル水銀の場合は神経系〕に対して毒性作用を発現させる有害物質の臓器内濃度)は、生体の脳内のメチル水銀濃度を直接測定することはできないことから、様々な生体資料の値等で代用した場合、成人のうち最も感受性の高い人に最初の神経症状が現れるのは、頭髪水銀濃度では52ppmであるとされている。
 また、メチル水銀ばく露停止から水俣病が発症するまでの期間については、潜伏期が通常数か月にわたるが、特に高齢者について発症が遅延する例も見られ、過剰なメチル水銀ばく露が停止した後、数年の後に水俣病が発症する現象が臨床医学的には見られるが、これらは症状自体が遅発したものであるのか、以前から出現していた症状が軽症で非特異的なものであったため、水俣病と診断される時期が遅延したのか判然とせず、過剰なばく露の停止から数年以上も経過して初めて何らかの症状が出現してくる可能性は明らかではない。

(イ) 水俣病の病理所見
 450例に及ぶ水俣病患者の剖検例(乙132)によれば、成人における水俣病の病理所見の特微としては、@大脳においては、鳥距野の前位部、中心前回、中心後回及び横側頭回等の特定の部位に神経組織の変性が起こるが、その程度は、大脳皮質の領域のほとんどが強く傷害されてスポンジ状になるものから、脱落する細胞が30パーセントに満たないものまで多様である、A小脳では、小脳皮質において、プルキンエ細胞と顆粒細飽の2種類の神経細胞が組織から消失するが、比較的軽症の場合は特に顆粒細胞の脱落が目立つ、B末梢神経においては、感覚神経において、神経線維の減少と、発症後長期間を経た結果としての再生神経が認められる。これらの神経組織の変性から、後述する水俣病の臨床症状が発生すると考えられる。

ウ 水俣病の臨床症状(甲47、48、56、164、216、 乙1ないし13、155、159、乙132、137の1・2、原審証人津田敏秀、当審証人原田正純、弁論の全趣旨)
 これまでの水俣病に関する文献等においては、水俣病には以下に示すような多様な症候がみられるとされている。

(ア) 感覚障害
 人の感覚には、視覚、聴覚等の特殊感覚や内臓感覚を除くと、大きく分けて表在感覚(触覚、痛覚、温度覚等の皮膚あるいは粘膜の感覚)、深部感覚(関節位置覚、振動覚、圧痛覚等の骨膜、筋肉、関節等から伝えられる感覚)及び複合感覚(皮膚の2点を同時に触れて、これを識別できるという二点識別覚等)が存在する。水俣病においては、これらの感覚のいずれもが低下(鈍化)するものであり、障害は左右対称性で、四肢の末端部分ほど強く表れ、体幹に近づくにつれて次第に弱くなるいわゆる手袋靴下型であるが、障害の現れ方の程度は患者により様々である。
 口の周囲に感覚障害が出現することもある。患者は、感覚障害をしびれ感として表現することが最も多い。
 前記のとおり、体内に取り込まれたメチル水銀は、大脳皮質のうち後頭葉の中心後回を選択的に傷害するところ、この中心後回は、体性感覚の中枢であることからすれば、水俣病患者に見られる四肢末端優位の感覚障害は、中心後回の障害によるものであると考えられる。

(イ) 運動失調
 運動失調は、筋力や深部感覚には異常がないのに、協調(運動を円滑に行うために筋肉が調和を保って働くこと)が障害されるため随意運動がうまくできず、運動の方向や程度が変わってしまい、また、体位や姿勢を保持するめに必要な、随意的若しくは反射的な筋の収縮が損なわれている状態である。運動失調は体の片側にのみ生じることもあるが、両側性に現れることもある。

(ウ) 平衡機能障害
 人間の身体は、様々な動作を行う場合、どのような運動体位にあっても、身体の平衡を保つことのできる機能を有している。この機能は、主に、身体の位置に関する情報を感知し、その状態に対する反射運動を行うことで成り立っている。この平衡機能においては、深部知覚運動系と視運動系という2つの神経系、その間に介在する、位置や運動の感覚を鋭敏に感受する機械的受容器である前庭迷路を含むネットワーク、大脳、脳幹網様体及び小脳等が重要な役割を担っている。
 走る車の窓から外の景色を見ているときのように、連続的に眼前に現れては視野から去っていく対象を見ている場合、眼球は外界の移動につれてその方向にゆっくりと動いているが、眼球が一定の偏位を生ずると、自動的に急速に反対側に眺躍的に動いて元に戻り、再び外界を追ってゆっくり動くが、このような運動を視運動性眼振という。視運動性眼振の発現は、視運動系のうち、視覚系路と眼球運動経路によるものであり、この神経回路の中には、前庭迷路や小脳の影響も及んでいる。
 この平衡機能に生じる障害は、体幹の運動失調として認められる場合と、視運動眼振の検査により異常な眼球運動が見られる場合のように、神経耳科的な所見により認められる場合がある

(エ) 視野狭窄
 視野とは、視線を固定した状態で見える範囲であり、網膜から視中枢に至る経緯の投影であって、視路のどこかに障害があると、障害部位によって特徴的な視野の異常がみられる。眼の中心と周辺とでは、視覚の感度が異なり、中心は感度が良く、周辺部は悪い。水俣病においては、視野全体が狭くなる求心性視野狭窄及び視覚感度の低下が起きる視野沈下が見られる。

(オ) 眼球運動障害
 視線を右から左、上から下へ移動させると、左右の眼球はほぼ平行して同方向に移動する。水俣病においては、ゆっくりと移動する視覚対象を眼で追従する場合、眼球が視覚対象の動きにつれて滑らかに動くことができなくなったり、追従の部分的または完全な欠如が生ずる滑動性眼球運動障害と、急速に視覚対象を変えたときに、眼球が行き過ぎたりためらいながら動いたりする衝動性眼球運動障害が見られる。
 これら2種類の眼球運動障害は、両眼とも平行した乱れであるのが通常である。

(力) 難聴
 聴覚には、音を振動として伝える伝音系(外耳及び中耳部分)と、伝えられた振動を電気的な信号に換え、神経を介して聴覚中枢に伝える感音系(内耳、神経及び脳部分)が存在し、前者の障害を伝音性難聴、後者の障害を感音性難聴と称する。感音性難聴のうち、迷路(内耳部分)が傷害されることによって起こるものを迷路性難聴、内耳で変換された電気的な信号を伝達し、音として認識する聴神経から中枢(脳)までのいずれかの部位が傷害されることによって起こるものを後迷路性難聴という。水俣病においては後迷路性難聴が見られる。その他、構音障害(発声の障害等)、歩行障害、筋力低下、振戦等が見られる場合がある。

エ 障害部位と臨床症候との関係(乙129、 弁論の全趣旨)
 メチル水銀により脳で最も強く傷害を受ける部分は、大脳の後部に位置する後頭葉であるが、後頭葉には視覚に関する機能の中枢があり、視力や視野、眼球の運動をつかさどっている。そのうち、視力及び視野の中枢であるのは鳥距野と呼ばれる部分であるが、視野の周辺部分を司る鳥距野の前位部に病変が生じると、視野の周辺部分が見えなくなり、求心性視野狭窄が生じると考えられる。また、運動機能の中枢である大脳の中心前回の病変により、動作が緩慢になることや構音障害が、聴力機能の中枢である大脳の横側頭回の病変により難聴等の聴力障害が起こる。そして、身体のバランスを維持する機能を有する小脳の病変により、運動失調が生じる。

(2) 水俣病の意義について
 水俣病は、その原因からすれば、水俣湾又はその周辺海域の魚介類を多量に摂取したことによって起こる中毒性中枢神経疾患であるということができるが、その外部的徴候(病像)として、どのようなものであるかは、後記のとおり、水俣病が発見された後、長期間が経過した現在においても、医学者の間でも争いがあり、見解の一致を見ていない。  そうすると、格別の制約のない限り、水俣病すなわち中毒性中枢神経疾患であるか否かを決めるに当たっては、当該疾患が魚介類に蓄積されたメチル水銀の経口摂取によって招来されたものであるか否かということを、水俣病に係る医学的知見を踏まえ、証拠により認められる諸事情を総合的に考慮して、判断することを要するものというべきである。

(3) 救済法上の水俣病の意義等について

ア 救済法及び同法施行令は、救済の対象とすべき疾病としては「水俣病」とのみ規定しており、「水俣病」とはいかなる疾病であるかについて規定していないが、上記(1)で認定した水俣病の発見及び救済法施行令に水俣病が規定されるに至った経緯等によれば、救済法の下における「水俣病」とは、魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患をいうものと解するのが相当である。
 そして、救済法は、「水俣病」を対象疾病として、これに「かかっている」ものを救済対象としているところ、「水俣病にかかっている」か否かということは、医学的な判断対象ではなく、社会的事実であって、医学的研究の成果に応じた医学的知見を踏まえ、救済法の趣旨、目的に照らして判断することが求められているものと解される。

イ これに対し、被控訴人らは、「水俣病にかかっていると認められる」という認定要件は、それ自体が医学的概念を取り込んだ規範的要件であって、具体的には「定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると認められる」ことを意味すると主張する。
 なるほど、救済法は、「水俣病」がいかなる疾病であるかについては特段の規定を置いておらず、その意義については医学的概念として医学における知見にゆだねる趣旨と解され、「水俣病にかかっている」と認められるか否かを判断するに当たっては、水俣病に係る医学的知見を参照すべきことは当然である。
 しかし、「水俣病にかかっている」か否かの判断は、事実認定に属するものであり、医学的知見を含む経験則に照らして全証拠を総合検討して行うべきものである。そして、「定説的な医学的知見」がどのようなものかはさておき、それが、「水俣病にかかっている」か否かを判断する上で重要な意味を持つものとは認められるけれども、救済法は、公害問題の特殊性を背景とする社会的必要性から、民事責任とは切り離された行政上の救済措置を応急的に施すことを目的とし、より迅速かつ広い範囲にわたる救済を図ろうとするものであるから、「水俣病にかかっている」という範囲を、「定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると認められる」ことに限定しているものとは解されない。  したがって、被控訴人らの上記主張は採用することができない。

2 争点(2)(救済法上の水俣病の判断基準及び運用)について

(1) 上記1で検討した「水俣病にかかっている」か否かの判断基準に関し、まず、その基準とされている52年判断条件について、次いで、他の基準についてそれぞれ検討することとする。

(2) 昭和52年判断条件について

ア 52年判断条件発出に至る経緯等
 52年判断条件は、水俣病と認定するためには四肢末端優位の感覚障害のみでは足りないとし、ハンター・ラッセル症候群の他の症候との一定の組合せを要求するものであるところ、前記前提事実、証拠(甲6、7、26、31、37、43、193、194、202、204、209、212、乙59ないし61、169、170)及び弁論の全趣旨によると、52年判断条件の発出経緯として、次の事実を認めることができる。

(ア) 水俣病は、昭和31年にその発見が公表されたがその原因は不明とされ、その後、熊大研究班による研究等により、水俣湾周辺の魚介類を介しての何らかの中毒であることが強く疑われるに至り、さらに、その臨床所見がハンター及びラッセルが報告した有機水銀中毒のそれ(ハンター・ラッセル症候群)に類似していたことから、昭和34年7月、文部省科学研究水俣病総合研究班会議において、熊大研究班により水俣病の原因は、有機化合物、特に有機水銀が有力であるとの報告がなされ、その後、水俣病の原因物質はチッソ水俣工場からの排水中に含まれるメチル水銀であることが明らかとなって、昭和43年、水俣湾周辺を中心とする不知火海沿岸の地域において発生が報告された水俣病の原因は、メチル水銀であることが政府の統―見解として発表された。

(イ) 被控訴人県は、本件見舞金契約の締結に先立つ昭和34年12月25日、熊本県水俣周辺に発生している水俣病の真性患者の判定及びこれに関する必要な調査並びに水俣市立病院水俣病棟に対する入退院の適否等を診査するため、熊本県水俣病患者診査協議会を設置し、水俣病にかかっているか否かの判定を同協議会で行うこととした。
 なお、上記水俣病患者診査協議会は、昭和36年9月14日、厚生省により水俣病患者診査会に、昭和39年2月28日、被控訴人県において制定された水俣病患者審査会設置条例に基づく水俣病患者審査会にそれぞれ改組され、昭和44年の救済法の制定により、同法に基づく公害被害者認定審査会として熊本県が設置した熊本県公害被害者認定審査会に承継された(更に、その後、公健法が救済法の下における認定制度を引き継いだことに関連して、公害被害者認定審査会は、公害健康被害認定審査会として改組されている。)。
 他方、チッソは、昭和34年12月30日、水俣病患者との間で、本件見舞金契約を締結した。

(ウ) 熊本県公害被害者認定審査会は、昭和45年2月20日、水俣病審査認定基準を定めたが、そこでは、疫学的事項のほか、臨床所見として、「A 求心性視野狭窄、聴力障害、知覚障害、運動失調、B 知能障害、性格障害、C 構音障害、書字障害、歩行障害、企図振戦、D 不随意運動、流涎、病的反射、けいれん」を掲げ、臨床診断としては、(1)Aの4項目は最も重要であり、この4項目と疫学的条件がそろえば水俣病と診断する、(2)Aの4項目のない症例の判定には慎重を要する、(3)BはAに伴っていることが多いので、実際的には問題はないが、もしBのみの症状(Aを欠く)では、水俣病を診断するには慎重を要する、(4)Cは主として脳症状であり、Cのみを呈する場合には一応可能性ありとして要再検とする、(5)Dのみの症例は他の疾患の可能性が強い、(6)類似疾患を鑑別する必要があり、例えば、糖尿病等代謝性疾患に伴う神経障害、動脈硬化症、頸椎変性症等に伴う神経障害、心因性症状等を除外すること、などとされていた。

(エ) 熊本県公害被害者認定審査会は、上記基準にのっとり、昭和45年6月19日、認定申請者につき不認定処分をしたところ、同申請者の一部の者が、同年8月、行政不服審査法に基づき、環境庁長官に対して審査請求をした。
 環境庁長官は、昭和46年8月7日、上記水俣病不認定処分を取り消す裁決をするとともに、環境庁事務次官は、同裁決書を添付した上で関係各都道府県知事及び政令市市長に宛てて46年事務次官通知を発出した。
 46年事務次官通知は、要旨、水俣病の主要症状は、求心性視野狭窄、運動失調(言語障害、歩行障害も含む。)、難聴及び知覚障害であり、これらのいずれかの症状がある場合において、当該症状が明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まないが、当該症状の発現又は経過に関し魚介類に蓄積されたメチル水銀の経口摂取の影響が認められる場合には、他の原因がある場合であっても、これを水俣病の範囲に含むものであり、この場合において「影響」とは、当該症状の発現又は経過に、経口摂取したメチル水銀が原因の全部又は一部として関与していることをいい、認定申請者の示す現在の臨床症状、既往症、その者の生活史及び家族における同種疾患の有無等から判断して、当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては、救済法の趣旨に照らし、これを当該影響が認められる場合に含むものであるとしている。

(オ) その後、水俣病患者のチッソに対する損害賠償請求訴訟において、昭和48年3月20日、チッソに対し、損害賠償を、死者については1800万円、生存者のうち重症者については1700万円、軽症者については1600万円とするなど総額9億3730万円余りを支払うよう命じた判決(熊本水俣病第一次訴訟判決)が言い渡されて、同判決は控訴されることなく確定した。
 チッソは、上記判決を受けて、同年7月9日、水俣病患者団体との間で、同日以後水俣病認定を受けた者をもその対象とするものとして、本件補償協定を締結した。

(カ) 上記(エ)の46年事務次官通知の発出並びに上記(オ)の熊本水俣病第一次訴訟判決及び本件補償協定の締結を受け、被控訴人知事に対する認定申請者数は、それまで年間2桁であったのが、昭和46年には327名、昭和48年には1930名になるなど急増し、被控訴人県においては認定申請から検診、審査までの滞留期間が長期化し、多数の滞留認定申請者が生じる状況となった。このような状況の下、被控訴人県は、昭和52年2月、国会に対し、昭和48年の熊本水俣病第一次訴訟判決以降認定申請が急増しているところ、行政庁としては熊本大学医学部を中心とする認定検診は月約50人の対象者について実施するのが限度であり、認定審査会の審査も月約80人が限度である上、水俣病の病象が確立していない現在において、46年事務次官通知の「否定し得ない」ものまで含めた判断は極めて困難であり、結局、処分可能な答申は月20件から30件にすぎないことから、迅速な救済という法律の趣旨に対応できない状況にあるとして、現行制度の下においては不作為の違法状態を早急に解決することは不可能であることから、現行制度の抜本的な改正を速やかに行い、国において直接処理するよう配盧されたい旨の陳情を行うとともに、環境庁長官に宛てても、水俣病認定業務については国において直接処理する措置を講じられたい旨要望するが、それが実現されるまでの間の対策として、@現在における答申保留のような事例についても明確な判断を可能ならしめるような基準を明示されたい、A死亡者等であって「わからない」として答申された事例についてもその処分の基準を明確化されたい、B本件補償協定による加害企業の民事責任の履行に当たって、当該企業の経営状態等がその重大な障害となることのないよう、適切な措置を講じるとともに、今後、被控訴人県が水俣病問題を処理していくに当たって、いかなる財政負担を必要とする事態が生じた場合であっても、絶対に被控訴人県に対し過大な負担をかけない措置を執ることを確約されたい、等の要望を行った。
 また、チッソにおいても、上記水俣病申請者数の急増を受け、昭和52年9月末までの水俣病患者に対する補償金の総額が307億円にも及び、累積赤字が同月の中間決算時には312億円まで膨らんでいた。

(キ) 以上のような状況を受け、環境庁は、昭和50年6月、水俣病認定の考え方については既に46年事務次官通知で明らかにされ、「当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合には水俣病として救済する」ということになっているが、実際に水俣病の認定を行うに当たっては、種々の問題があることから、水俣病の専門家とされる医師らにこれらの問題点や水俣病の病像についての検討を依頼することにより、「有機水銀の影響が否定し得ない場合」とは具体的にいってどういう場合であるかについて、臨床、疫学両面から、具体的な判断条件の整理を行うことができれば、水俣病の認定及び関連業務を円滑に行うことに役立つものと考えられるとして、水俣病認定検討会を設置した。同検討会は、昭和52年2月18日、同検討会での議論の結論をまとめ、環境庁は、同年7月1日、これを環境庁企画調整局環境保健部長通知として発出した(52年判断条件)。

イ 52年判断条件の意義

(ア) 上記アの認定事実によれば、昭和44年12月に救済法が制定されて以降、審査会の意見に基づく水俣病の認定制度が整備されたが、昭和46年に46年事務次官通知が発出されて水俣病認定の要件が示されたほか、昭和48年には熊本地方裁判所が水俣病患者のチッソに対する損害賠償請求を認容する判決を言い渡した(熊本水俣病第一次訴訟判決)ことなどから、昭和46年ないし昭和48年頃から認定申請者の数が急増するとともに、その症侯につき、46年事務次官通知における「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」かどうかについての判断の準則が明示されていなかったことから、46年事務次官通知の基準によっては、水俣病にかかっているか否かの判断を直ちには行い難い事例が増加したこともあり、被控訴人県においては、その認定審査能力を大きく超過することとなり、認定申請から検診、診査までの滞留期間が長期化して保留扱いになる事例が増加するなど滞留認定申請者の増加が問題となった。そこで、被控訴人県は、国に対しても、46年事務次官通知の「否定し得ない」ものまで含めた判断は極めて困難であり、現行制度の下においては不作為の違法状態を早急に解決することは不可能であることから、現行制度の抜本的な改正を速やかに行い、国において直接処理する措置を講じられたい旨要望するとともに、それが実現されるまでの間の対策として、答申保留となっているような事例についても明確な判断を可能ならしめるような基準を明示されたい等の要望を行うなどした。環境庁は、こうした要望を受け、水俣病の専門家からなる水俣病認定検討会を設置し、同検討会において52年判断条件が取りまとめられたとの経緯が認められる。
 そして、46年事務次官通知は、臨床所見としてハンター・ラッセル症侯群のうちいずれかの症状が「経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」には、これが水俣病の範囲に含まれるものとしているが、「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」かどうかの判断の準則は明示しておらず、その判断に際しては、メチル水銀へのばく露歴等、諸般の事情を総合的に考慮し得るものとなっていたのに対し、52年判断条件は、水俣病の判断条件として、メチル水銀へのばく露歴の存在を前提とした上、四肢末端ほど強い両側性感覚障害を含む複数の症候の組合せを必要とするものとし、その症候について、これを「認められる」場合と「疑われる」場合とに分けた上で、水俣病であると判断することができる症候の組合せを列挙しており、46年事務次官通知に比して、より分類され、具体的に説明された判断基準となっているが、46年事務次官通知におけるよりも限定された水俣病像を採用しているということができる。
 このような事情に照らすと、52年判断条件は、水俣病にかかっているか否かをより明確かつ類型的に判断することができるようにすることにより迅速な審査を可能とし、水俣病にかかっているか否かという認定業務を促進して、急増する認定申請に対応するため、46年事務次官通知における認定要件に比してより客観的に把握し得る認定申請者の臨床所見を中心的な判断要素に据えた上、そのような症候のみから水俣病にかかっていると認めるに足りるだけの症侯の組合せを抽出し、列挙したものであると理解するのが相当である。

(イ) 控訴人は、52年判断条件は、専ら本件補償協定においてチッソからの補償金を受給する者を制限するために策定されたものであると主張する。
 前記認定のとおり、昭和48年にチッソと水俣病患者団体の間で締結された本件補償協定が、チッソが慰謝料等を支払うべき対象者を、救済法に基づく認定手続において水俣病と認定された者としたことから、その後、認定申請者が急増し、チッソが負担する補償金総額も急増してチッソの財政がひっ迫したため、被控訴人県においても、国に対してチッソが本件補償協定等による民事責任を履行するに当たってその経営状態等が重大な障害となることのないよう適切な措置を講じられたい旨要望していたというのであるから、水俣病認定検討会において水俣病の判断基準を取りまとめるに当たり、被控訴人県の職員あるいは各委員において、チッソによる本件補償協定に基づく補償金の支払能力の点を念頭においていた可能性を否定することはできない。すなわち、水俣病にかかっているか否かの判断基準をどめ程度の確度のものとして設定するかということ自体は、水俣病にかかっているか否か、あるいはその蓋然性に関する医学的知見のみによって定まるものではなく、当該判断基準を設定する趣旨ないし目的によって規定されるものであるところ、52年判断条件を策定するに当たり、上記の観点から、その判断基準がより確度の高いものとして設定され、あるいはチッソからの高額の補償金の支給を受けるに値するだけの深刻な健康被害が生じている場合に限定されるべきであるとの発想がその判断条件の策定に影響を与え、水俣病と判断される範囲が狭められている可能性を否定することができない。
 しかし、前判示のとおり、52年判断条件発出に至る経緯からは、当該検討会ないしこれを設置した環境庁自体において、判断基準の明確化による審査の迅速化及び認定業務の促進という趣旨を超えて、チッソの補償金負担軽減のために水俣病認定の判断基準を厳格化するという目的ないし意図を有していたことまで認めることは困難であって、52年判断条件が専らチッソからの補償金受給対象者の行政的線引きの観点から考案され策定されたものであるということはできない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

ウ 52年判断条件の妥当性

(ア) 次に、52年判断条件の内容を見ると、これを取りまとめた水俣病認定検討会の委員は、新潟市もしくは新潟県、熊本県又は鹿児島県における公害健康被害認定審査会の委員を務めていた医師であり、いずれも多数の水俣病患者の認定に関与してきたものと考えられることに加え、ハンター・ラッセル症侯群を参考に、認定手続における判定がされていた経過からすれば(甲176ないし179、182、当審証人原田正純)、52年判断条件は、各委員が水俣病に係る豊富な経験に基づいて協議し、それまでに水俣病と認定されてきた患者に多く見られる臨床所見の組合せを抽出するなどして、水俣病にかかっている蓋然性の高いものを列挙して策定した内容に基づくものであると推認される。
 そうであるとすれば、52年判断条件が、必ずしも科学的根拠を持つものではなく、水俣病である者を誤って水俣病ではないと判断する性質の誤りを有するものと批判することが可能であるとしても(甲26、58、64、214、原審証人津田敏秀、当審証人原田正純)、52年判断条件に規定する症侯の組合せが認められ、同条件を満たす者については、救済法にいう「水俣病にかかっている」と認めて差し支えないというべきであり、その限りにおいては、52年判断条件が水俣病にかかっているか否かの判断において意義を有することは否定することができず、一概にこれを軽視するのは相当ではない。
 しかし、他方、52年判断条件を満たさない場合にどのように対処するかについては、52年判断条件の2項において、各症侯は、「それぞれ単独では一般に非特異的であると考えられるので、水俣病であることを判断するに当たっては、高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要がある」とするのみであるから、なお、検討を要する。

(イ) そこで、水俣病における感覚障害の機序等について見ると、前記認定のとおり、体内に取り込まれたメチル水銀は、神経系の特定部位、すなわち、大脳においては、後頭葉の線野、特に鳥距野の前半部(周辺部視野の中枢)、頭頂葉の中心後回領域(感覚の高次中枢)、前頭葉の中心前回領域(随意運動の中枢)及び側頭葉の側脳溝に面する横回領域(聴覚の中枢)、小脳においては、虫部及び半球、末梢神経においては、感覚神経に作用し、それぞれこれを強く傷害するものであり、これらの障害の部位に応じて、ハンター・ラッセル症侯群の各症候が発現するところ、感覚障害以外の症侯については、その出現頻度に差はあるものの、その現れ方は様々であり、種々の症侯からなる多彩な水俣病患者が存するものということができ、神経系の各部位のメチル水銀に対する感受性は個人差があるもの(乙67、68、92、弁論の全趣旨)と認められる。
 さらに、証拠(甲59ないし61、147、176ないし178、187、188、189、229、265、乙67、当審証人原田正純、同中村政明)によれば、水俣病患者については、ハンター・ラッセル症侯群の全部の症侯が発現する場合のほか、中程度ないし軽度の患者については、その一部の症侯のみしか出現しない場合も多いとされているところ、熊本大学医学部の一員として水俣病の研究に取り組み、昭和49年から同57年2月まで審査会の委員をも経験した原田正純の調査結果によれば(甲189)、同人らを含む不知火海総合調査団が昭和51年に不知火海沿岸各地において行った一斉検診の結果、認定申請中の者413名のうち301名(73.1パーセント〔72.9パーセントの誤記か〕)の者に四肢末端の感覚障害が見られたこと、上記沿岸地域のうち、湯の口では全住民について、福浦では全住民の84.1パーセントについて検診することができたが、これらの検診においても、四肢末端の感覚障害は65.5パーセントと最も高い割合で認められたことが報告され、また、当時、熊本大学医学の神経医学教室に所属していた藤野糺の調査結果によれば(甲188)、出水市桂島の住民のうち若年者について行った検査の結果、感覚障害、聴力低下、共同運動障害などいずれも水俣病の特徴的症状が優位に見い出されたが、特徴的なこととしては、四肢末端優位の感覚障害が高頻度に見られるとともに、その感覚障害の程度が汚染の程度と関連しており、しかもその感覚障害を説明できる原因もなく、かつそれが集団的に発生していることなどから、メチル水銀影響によるものと考えてよいと思われ、そうであるとすれば四肢末端優位の感覚障害が最も初期あるいは軽症の症状であるといえるとされている。
 また、立津政順他による「水俣病の精神神経学的研究−水俣病の臨床疫学的並びに症候学的研究」と題する論文(甲187)においては、ハンター・ラッセル症侯群のうち感覚障害のみの場合については、水俣病であると決定するためには、さらに疫学的な事項、すなわち、家族内発病の有無や魚介類の摂取状況、他の疾患の合併の有無などについて検討されなければならないとし、このような感覚障害のみしかない水俣病も存在することが前提とされている上、水俣病と診断された患者には、ハンター・ラッセル症候群のうち、感覚障害のみを伴う例もあったことも報告されているところである。
 上記各報告は、臨床上把握し得る神経症侯が四肢末端優位の感覚障害のみである水俣病が存在することを直接裏付けるものではないが、四肢末端優位の感覚障害が水俣病における最も基礎的、中核的な症侯であることを示すものであり、軽症例においては、そうした四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病も存することをうかがわせるものであるということができる。
 そして、水俣病は魚介類を介してメチル水銀を経口摂取することにより生じる中毒性の神経疾患であるから、水俣病は、各人のメチル水銀に対するばく露の状況やメチル水銀に対する感受性に応じて死亡に至る重症例からその症状の程度が極めて軽度な軽症例まで不断に分布しているものと考えられるところ、上記のような水俣病における四肢末端優位の感覚障害の位置付けからすれば、そのような最も軽度の水俣病においては、臨床所見として把握し得る神経症候が四肢末端優位の感覚障害のみであるものも存在すると推認される。

(ウ) そうすると、52年判断条件における症侯の組合せは、あくまで汚染が直接的で濃厚である場合の典型的な症状であり(甲176、264、当審証人原田正純)、その意味で、判断基準としての意義は認められるものの、52年判断条件を満たさない各症侯についても、その内容や発現の経緯等により、水俣病と考えられる可能性の程度は様々であるから、特に、その原因がメチル水銀のばく露によるものであるとの蓋然性がそうでない場合を上回ることで足りるとされている救済法の下では、認定申請者のメチル水銀に対するばく露状況等の疫学的条件に係る個別具体的事情等を総合考盧することにより、水俣病にかかっているものと認める余地があるものというべきである。
 そうであれば、52年判断条件は、認定手続における認定判断の基準ないし条件としては、十分であるとはいい難い。

エ 52年判断条件の妥当性に関する当事者の主張について

(ア) 被控訴人らは、52年判断条件は、当時発表されていた論文や専門家の医学的知見等に基づき、水俣病について第一線で研究を行っていた専門家により策定されたものであるから、十分な医学的根拠を有することは明らかであると主張する。
 しかし、被控訴人らが指摘する当時の論文や学会報告も、52年判断条件の基準を満たさない場合に水俣病とは認められないことの医学的正当性を裏付けるものであるということはできない。

(イ) また、被控訴人らは、水俣病についての代表的な専門家のほか、水俣病研究に限定することなく様々な神経症状に精通する神経内科の代表的専門家らにより構成される「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議」(専門家会議)が、「現時点では、現行の判断条件により判断するのが妥当である。」と結論付けており、52年判断条件の医学的正当性が確認されていると主張する。
 しかし、52年判断条件に合致しない水俣病は存在しないとの実証的な調査、研究は存在しないのであるから、52年判断条件に対して向けられた批判がそのまま妥当するし(甲27、64)、52年判断条件が水俣病の専門家らによって取りまとめられたという一事をもって、被控訴人らの上記主張を採用することはできない。むしろ、52年判断条件を満たさない場合について、一律に「水俣病にかかっている」と認められないといえるかは、救済法の趣旨、目的に照らして判断されるべき認定事項であるところ、水俣病と考えられる可能性の程度が様々である各症候に対して、水俣病の可能性が50パーセントを超えるものであればその対象とするという救済法の趣旨からすれば、52年判断条件の基準を満たさない場合に水俣病とは認められないとする解釈が、これに適合しないものであることは明らかである。

(ウ) 被控訴人らは、水俣病においては、体内に取り込まれたメチル水銀が強く傷害する部位は特定されており、また、このような障害によって主に生じる症侯も特定されているが、上記症侯はいずれも当該症侯の一つがあれば水俣病にかかっていると判断できるような特異的な症侯ではなく、他の疾患によってもこれらの症候を来す場合が多いことから、水俣病の診断は、必然的に、各種の症候の組合せから水俣病であると推定する症侯群的診断によらざるを得ないと主張する。
 しかしながら、水俣病における主要な症侯がいずれも水俣病に非特異的なものであって、水俣病の診断において症侯群的診断が有用であるとしても、それに限られるとする根拠がないことは、前判示のとおりである。
 また、水俣病の主要症侯は、いずれも水俣病に特異的なものではなく、他の疾病によっても生じ得るものと認められ、それらの症侯のみからは、直ちに水俣病と診断することができないことは被控訴人らの主張するとおりであるとしても、認定申請者に存する症侯が、経口摂取したメチル水銀を原因とするものかどうかを判断するに当たっては、水俣病の原因物質であるメチル水銀に対するばく露の状況等の疫学的条件を検討することも可能である上、そもそも当該症候が他の原因によるものではないと鑑別することができるのであれば、これを水俣病と診断することができるものというべきである。
 このように、水俣病の診断に際して検討されるべき事柄は、症侯の組合せだけに限られるものではなく、認定申請者のメチル水銀へのばく露の状況や他疾患の可能性等、種々のものが考えられるのであるから、水俣病の主要な症候がいずれも水俣病に非特異的なものであって、他の疾病においても見られるものであるとしても、そのことから直ちに水俣病の診断において上記症侯の組合せのみが前提であるものとまでいうことはできない。
 そして、メチル水銀へのばく露歴を中心とする疫学的条件については、認定申請者の供述による部分が大きく、その客観的裏付けを欠く場合も少なくないものと考えられるが、認定申請者の供述その他の資料からこれを認定することができる場合にまで排除する理由はない。前記のとおり、水俣病の主要症侯はいずれも水俣病に非特異的なものであり、これのみから直ちに水俣病かどうかを判断することができないというのであるから、むしろ、メチル水銀に対するばく露状況等の疫学的条件を認定することができる場合には、そのような疫学的条件も症候の存否ないし組合せ等と併せて総合的に考慮するのが相当であるというべきである。

(エ) また、被控訴人らは、52年判断条件が、メチル水銀中毒患者に対する救済措置の制度の前提となっている旨主張する。しかし、その制度は「水俣病にかかった」といえるか否かを基礎として形成されているものというべきであって、水俣病にかかったと認められるときには救済法の適用により、水俣病にかかったと認められないときには所定の条件によって健康被害の救済を図る措置が執られているにすぎない。
 特に、認定申請者が、認定手続において水俣病の認定を受けることによって、救済法における医療手当等を受けるのではなく、本件補償協定によって、多額の慰謝料等を受領することができるようになるとしても、救済法それ自体は、幅広く、医療手当等の行政上の措置を執るべく定められたものであるから、上記事情によって、救済法の解釈が左右されるものとはいえない。

(オ) 控訴人は、52年判断条件が、メチル水銀のばく露により末梢神経が傷害されるとの見解に立脚したものであり、その前提に誤りがあるから採用することができない旨主張するが、52年判断条件は、専らハンター・ラッセル症侯群の規定する症侯を基礎にその組合せを検討して策定されたもので、当時、主流であったと思われる末梢神経傷害説に立って52年判断条件が適用されていたであろうことは否定できないものの、そうであるからといって、52年判断条件自体が中枢神経を傷害するとの見解を否定しているとまでいうことはできない。
 また、二宮意見は、52年判断条件には、水俣病の責任病巣がどこであるかを明確にした記載がなく、診断基準としては不備である旨指摘するが、責任病巣が明らかな場合であれば格別、水俣病は発生当初その機序が不明であったのであり、そのような中で判定基準を定めようとすれば、おのずと症候群的理解をせざるを得ないのであり、責任病巣が明確されていないからといって、その意義を否定することはできない。

オ 以上認定説示したところによれば、臨床上把握し得る神経症侯が四肢末端優位の感覚障害のみである者については、そうした感覚障害が水俣病に特異的なものではないことから、水俣病かどうかを判断するについては慎重を要するものではあるけれども、その一事をもって水俣病であることを否定するのは相当ではなく、メチル水銀に対するばく露歴等の疫学的条件のほか、当該感覚障害が水俣病に見られる感覚障害としての特徴を備えているか否かといった点(例えば、その発現部位や発現時期、あるいはその原因が中枢神経の障害にあることをうかがわせる事情の有無等)や当該感覚障害について水俣病以外の原因によるものであることを疑わせる事情が存するかどうかといった点等、認定申請者に係る具体的な事情を総合的に検討して水俣病にかかっていると認められるか否かを判断すべきである。

(3) 新たな判断基準の妥当性について
 控訴人は、52年判断条件は不当であるとし、メチル水銀のばく露歴があって四肢末端優位の感覚障害を有する者については水俣病と認められるとする新たな知見によるべきであるとの基準を提示するので、この点について検討しておく。

ア 控訴人がその主張の根拠として掲げる二宮意見について見る。

(ア) 二宮意見は、四肢末端優位の感覚障害は、大脳皮質中心後回(一次体性感覚野)の障害で生じるものと判断できるとする。
 また、二宮意見は、津田意見と併せて、熊本県天草郡御所浦町(現在の熊本県天草市御所浦町)では宮崎県東臼杵郡北浦町(現在の宮崎県延岡市北浦町)よりも四肢末端優位の感覚障害の相対危険度(四肢末端優位の感覚障害の発生のしやすさ)が208倍であり、御所浦町で四肢末端優位の感覚障害を呈する住民を水俣病患者と診断しても、間違える確率はばく露群寄与危険度割合が99.5パーセントであるからわずか0.5パーセントにすぎず、このことは、御所浦町の65人を全員水俣病と判断してもせいぜい11人(正確には0.3人)しか間違わないが、逆に65人全員水俣病でないと判断すると、少なくとも64人について間違いを犯すことになる、ばく露群寄与危険度割合は99.1であるから、ばく露群に観察される四肢末端優位の感覚障害の99.1パーセントはメチル水銀ばく露によるものである、などとして、メチル水銀に対するばく露歴が認められる者について、四肢末端優位の感覚障害が認められれば、それのみから直ちに水俣病であると判断することができるとする。

(イ) しかし、二宮意見は、メチル水銀の経口摂取により、中枢神経のみが傷害されるとの見解(中枢神経傷害説)をとり、@腱反射のみで中枢神経障害と末梢神経障害を鑑別できる、A口周囲の感覚障害であれば脳の異変(大脳皮質障害)を認め得るなどとするが、中枢神経のみを傷害するとの理解は、必ずしも一般的ではなく、中枢神経及び末梢神経をその程度はともかくとして両方を傷害すると理解されているのであって(乙106、107、129、130の1・2、133の1・2、弁論の全趣旨)、いまだ、定説として他の見解を排斥するまでには至っていない。また、証拠(乙129、132)によれば、@については、反射を誘発する末梢神経を減弱させる方向と、反射を抑制する中枢神経を減弱させる方向とは、その後の関係によって、正常、減弱ないし消失、亢進の反応が生じうるのであり、腱反射の減弱がないからといって、末梢神経障害を否定することはできないとの見解もあり、Aについては、口周囲の感覚障害は、なお、口周囲の皮膚から大脳皮質に至る間のいずれかの伝達経路に病変があれば顔面の感覚障害を生じうるという認識が欠如しているとの批判があるほか、四肢末端優位の感覚障害については例外的な事情が多いとされている点からも、直ちに、これを基準とすることはできないというべきである。
 もっとも、二宮意見は、従前、日本精神神経学会がその学会活動報告において、高度のメチル水銀ばく露を受けた者で、当該症侯(四肢末端優位の感覚障害)を有すれば、それだけで水俣病(メチル水銀中毒症)であると判断することができるとの仮説が科学的に妥当であるとの指摘(甲26)をしているように、一つの有力な基準として考えることが可能であり、各症侯の発生の蓋然性から、多発性ニューロパチーや頸椎症、変形性脊椎症を除外要素として個別鑑別すべきであることを指摘するものでもあって、水俣病にかかっているか否かを判断する枠組みとして、個別の判断を行う際、十分有用なものということができる。
 次に、疫学的結果は、個別的な事情と併せて総合考盧するに当たり十分考慮されるべきであり、事案に応じて強い証明力を持つ場合があることが想定されるところである。津田意見及び二宮意見は、疫学的見地から、水俣病の発症状況を分析したものであって、原因(メチル水銀のばく露歴)から結果(水俣病と訴えられる症侯)との因果関係を考察するに当たって、有力な一資料を提供するものであり、特に、水俣病ないしその発生が、水俣湾沿岸部を中心とする地域において発生したメチル水銀の経口摂取による集団食中毒という性格を持つことからすれば、水俣病にかかっているか否かという判断においては、疫学的思考はきわめて有用であり、メチル水銀のばく露状況等によっては、事実上、因果関係を推認することができる場合もあるものと考えられる。
 しかし、疫学は、本来、一定の人間集団を対象として、その中で出現する疾病その他の健康に係る種々の事象の頻度と分布及びそれらに影響を与える要因を明らかにすることを目的とするものであり(乙138)、それから得られた結果は判断の前提となる経験則の一つとなるものではあるが、個別的な判断においては、個別具体的に考盧すべき事情があるかを検討した上、その結果を踏まえて適用すべきものであり、これら個別の事情を捨象して、一般的、直接的に個々の事案における因果関係の有無等の判断に適用することは相当ではない。疫学的思考は、食中毒事件の性質を有する水俣病に対する行政上の救済措置として、どの程度の蓋然性で水俣病にかかっていると認めることができるかという判断において有用ではあるけれども、その認定基準は、政策的判断の余地の大きいものであり、後記のとおり、津田意見及び二宮意見の根拠となる調査結果等について正確性の問題が指摘されていることも併せ考えれば、控訴人の主張する基準が、救済法上、水俣病にかかっているか否かの判断基準として採用できるかは、なお検討の余地があるものというべきである。

(ウ) したがって、控訴人が主張する新たな基準を採用することはできない。

イ 被控訴人らは、控訴人の主張する基準に対して種々反論している。

(ア) 被控訴人らは、控訴人がその主張の根拠とする調査等について、感覚障害の検査には熟練が必要であるにもかかわらず、上記調査に参加した医師らについては、その専門分野も、また、上記調査の診断方法も不明であり、科学的・客観的な調査が行われているとはいい難い上、バイアスがかかった調査結果であり、こうしたデータを比較対照される非汚染地域の調査結果と単純に比較しても正確な結論を導き出せないと主張する。
 確かに、調査を行った医師団においては診察経験の豊富な者から未経験の者までいるため、その診察技術が問題となることもあったことが認められるが、そのことから上記調査結果が直ちに信用することができないということはできない。
 また、感覚障害の検診において、検者ないし被検者のバイアスが一定程度その結果に影響を及ぼすことがあるとしても、それが先に見たような上記調査の顕著な傾向を否定するほど大きなものであることをうかがわせる証拠もなく、被控訴人らが主張する事情を考慮しても、上記内容の信用性が直ちに全面的に否定されるものではないというべきである。
 さらに、疫学において問題となるバイアスや交絡因子について十分な検討がされていないとする点については、調査結果の具体的な数値から直ちに一定の結論を導くことについては慎重であるべきということはできるとしても、専門家の手により調査検討されたものである以上、その信用性を直ちに否定するのは相当ではない。

(イ) 被控訴人らは、四肢末端ほど強く現れる感覚障害としては、その原因との関係で主なものだけでも、急性感染症、栄養障害、内分泌障害(糖尿病等)、代謝障害(尿毒症)、重金属・有機溶剤中毒、薬剤の副作用及び悪性腫瘍に伴う感覚障害があるほか、原因不明のものも多いため、四肢末端優位の感覚障害のみから水俣病を診断することはできないと主張する。
 確かに、証拠(甲122、乙140)及び弁論の全趣旨によると、水俣病以外にも、四肢末端優位に感覚障害が見られるものとして多発性神経炎(多発性ニューロパチー)があるところ、その原因としては糖尿病や頸椎症、腎不全など種々のものが存在し、中には原因不明なものも含まれていることが認められる。
 しかしながら、四肢末端優位の感覚障害が、水俣病に特異的な症侯であるとはいえないことからすれば、臨床上把握し得る神経所見が四肢末端優位の感覚障害のみの場合にあっては、水俣病にかかっているか否かを判断するに当たって慎重を要することはもとより当然であるけれども、こうした四肢末端優位の感覚障害が水俣病の最も基礎的ないし中核的な症候であることは既に説示したとおりであり、また、四肢末端優位の感覚障害が他の疾病において容易に発症しうるものではないこと(甲117、当審証人原田正純)を併せ考えれば、これが水俣病を診断するに際して重要な判断要素となることは否定することができない。そして、メチル水銀に対するばく露歴等の疫学的条件を具備する者について、メチル水銀ばく露歴に相応する四肢末端優位の感覚障害が見られ、当該感覚障害が他の原因によるものであることを疑わせる事情が認められない場合には、当該感覚障害はメチル水銀の影響によるものである蓋然性が高いというべきである。

ウ 以上のとおり、メチル水銀に対するばく露歴が認められる者について四肢末端優位の感覚障害が認められれば直ちに水俣病と診断し得るものと認めるに足りる証拠はなく、控訴人の主張が上記の趣旨をいうのであれば採用することはできない。
 しかし、控訴人の主張が、疫学的調査結果を、因果関係を検討する上での重要な要素とすべきであると理解すれば、それは、受け止めるに足りるものということができる。

(4) 52年判断条件の運用について
 証拠(甲218、当審証人原田正純)及び弁諭の全趣旨によれば、救済法による水俣病の認定手続の運用においては、おおむね、52年判断条件を適用して、まずこれに該当するか否かを検討し、これが認められるときには水俣病にかかっていると認定するものの、所定の各症侯の組合せを満たさないときには、各症侯について、その内容や発現の経緯等により、申請者のメチル水銀に対するばく露状況等の疫学的条件に係る個別具体的事情等を総合考盧することなく、棄却の判断に至っていたものと認めることができる。
 加えて、証拠(甲169ないし173、乙101)によれば、水俣病が主に中枢神経を傷害するものであるにもかかわらず、審査会のカルテには、中枢神経に障害があるかを判断する上で必要な複合感覚の診断結果を記す欄がなく、検診でも、大脳中心後回の障害を示す複合感覚の検査は行われておらず、被控訴人県の職員あるいは委員の中には、水俣病が末梢神経を傷害するものであるとの理解の下に、四肢の感覚障害は、原因を特定できない特発性のものも少なくなく、それのみをもって認定し得ないものと判断していた可能性も否定し難い。
 このように、52年判断条件が、メチル水銀の経口摂取により末梢神経の障害を来すものと理解されて運用されたことなどにより、中枢神経傷害説により認定されるべき申請者が除外されていた可能性は否定できず、このことは、52年判断条件を硬直的に適用した結果、水俣病の重症者のみを認定し、軽症者を除外しているとの指摘(甲214、218、津田意見)を裏付けるものである。
 そうすると、上記のような認定手統の運用は、52年判断条件の運用として、適切でなかったというほかない。

3 争点(3)(チエは救済法上の水俣病に認定されるべきか)について

(1) チエの生活状況等について認められる事実関係は以下のとおりである。

ア 生活状況(甲3、29、52、95、123、264、原審控訴人本人)
 チエは、明治32年8月15日、熊本県水俣市袋地区神ノ川に出生し、大正9年に結婚し、その頃から昭和52年に死亡するまでの間、同地区に居住し、農業に従事していた。同地区は、メチル水銀の濃厚なばく露地区とされる月浦及び湯堂地区に隣接しており、地区住民の水俣病発病も頻発している。チエは、魚介類を好んでおり、2日に1回程度摂食しており、昭和48年4月頃まで袋湾でカキやビナを採取したり、神ノ川地区の実家等から魚介類を入手して食べていた。チエは、昭和47年頃から味覚鈍麻や足の痛みを訴えるようになり、この頃からぼんやりと座っている日が多くなり、昭和47年ないし48年頃には長年従事していた農業も行わなくなった。

イ 調査、診断時における症状の記載等(甲1、乙94の4)

(ア) チエは、昭和46年10月に実施された住民健康調査において、しびれを今までに感じたことがあり、しびれを現在も感じることがあるなどの質問に対して「軽」と回答している。

(イ) チエが昭和49年8月1日に認定申請を行った際の認定申請書の「健康状態の概要」欄には、「手足のしびれ、歩行の不自由、よだれが出る、味が良くわからない」と記載されている。

(ウ) 本件認定申請の際に提出されたS医師作成の本件診断書の「傷病名」欄には、「病名不詳 自覚的には四肢のしびれ感、歩行のゆらつき、流涎があり、血圧162〜80粍水銀柱。四肢末端に知覚鈍麻を認める。水俣湾の魚介類を多食していたとの訴えから精査を必要と考える。」と記載されている。

ウ チエについての検診等及び死亡の状況(乙8、20ないし23、28の2、98の4)

(ア) チエは、昭和50年6月頃、水俣市立病院を受診したところ、腎臓に異常が発見された。同年8月30日の朝、チエは意識を消失して倒れ、同病院に入院した。

(イ) 同年9月9日及び昭和52年6月9日に行った耳鼻咽喉科検診によれば、純音聴力検査の結果は、感音性難聴のパターンが得られているが、聴覚疲労現象は認められず、語音聴力は正常範囲であった。

(ウ) 昭和50年10月17日に行った眼科予診(器械検査)によれば、視力については右0.9、左1.2であり、視野についてはゴールドマン視野計による検査を行ったところ、左右ともに視野狭窄及び視野沈下の所見は得られなかった。同日実施された眼球運動検査によれば、滑動性追従運動には軽度の異常があるものの、衝動性運動については異常は認められず、前庭動眼反射の検査は行われていない。

(エ) 昭和52年3月の水俣湾周辺地区住民健康調査の2次検診において、心臓疾患、腎障害及び高血圧について要観察との結果が出ている。

(オ) 昭和52年6月9日に実施された、平衡障害に関する視運動性眼振検査の結果は、水平方向についてはデータ不良であり、垂直方向については、チエが頭がフラフラして気分が悪いと訴えたため、検査が続行できず、検査結果は得られなかった。

(カ) 昭和52年7月1日、上記病院にて、腸閉塞、腹膜炎及び腎不全により死亡した。

エ 控訴人の供述等(甲3、95、乙24)

(ア) 熊本県が昭和52年7月13日にチエの控訴人及びその妻に対して実施した疫学調査の記録(乙24)には、「チエはS47年頃から味がしなくなったと訴えだし、足が痛い為、米ノ津のマッサージに通っていた。この頃から毎日、ボヤーッとして座っている日が多くなりだす。」と記載されている。

(イ) 環境庁特殊疾病審査室が平成8年11月8日に控訴人らを審尋した際の審尋録取書(甲3)には、「亡溝口チエの症状等」として、「よだれを垂らしながらボヤーッとしていることがあった。」、「食事を自分でつくっていたので、味をみせてもらったところ、ものすごい味付けになっていた。聞いてみたところ、辛いのかあまいもわからない、口の中が何も感じないといっていた。」、「耳は遠く目も悪かった。」、「歩き方もおかしかった。」と記載されている。

(2)ア 上記事実関係を踏まえ、チエに四肢末端優位の感覚障害があるかを見ると、証拠(甲2、40、152、259、270、277、279、284、285、乙94の4、当審証人原田正純)によれば、本件診断書を作成したS医師は、医師として、昭和34年から同39年12月まで水俣保健所に、同40年1月から同44年3月まで水俣市立病院(内科)にそれぞれ勤め、同年4月から水俣市内でS医院を開設、開業しているが、水俣病に関しては、水俣市立病院勤務時における臨床経験、医師会等の勉強会などで知識等を得て、昭和49年当時、来院した患者に対し、居住歴、職歴、既往歴、魚介類の摂食歴、自宅や近隣等での異変の有無等の疫学的事項について問診し、筆で触覚の、針で痛覚の所見を得るよう、患者の身体各部を筆でなでたり針で突いたりして、反応の有無、強弱、反応の種類、部位、範囲などを確認して感覚障害の有無を判断する中で、本件診断書を作成したものと認められる。そして、S医師は、大勢の水俣病の症候を訴える患者を診察しているところ、診断書を作成するに当たって、当初、患者の愁訴を取り上げ、血圧を測った後、他覚的所見について述べている例が多く、本件診断書の記載もこれにならうものであって、感覚的な手法も含め、習熟していたS医師が、四肢のしびれ感を訴えるチエに対し、上記同様の検査を行い、歩行のゆらつき、四肢末端に知覚鈍麻を認めたものと認めることができる。
 また、本件診断書には、「流涎があり」との記載があって、S医師は、これを確認した旨述べているが、これが、仮に、チエの申し出によるものであったとしても、控訴人はチエは流涎を拭うことなく放置していたことを述べるなどしていることからすれば、チエには口周囲の感覚障害があったものと認めるのが相当である(甲95、原審控訴人本人)。

イ 被控訴人らは、本件診断書はチエの訴えを記載しただけであり、客観的な裏付けのないものである上、感覚検査は、神経疾患の検査の中でも難易度が高く、患者の主観に頼るもので、正確な検査ができないなどと主張するが、S医師は、その経歴から多くの患者を診ているのであり、感覚検査等にも習熟したものというべきであり(甲281ないし287、当審証人原田正純)、そのほかに、その検査の精度を疑うべき事情は認められない。
 また、被控訴人らは、控訴人が主張するチエの四肢末端優位の感覚障害の発症は、チッソ水俣工場からのメチル水銀の排出が止まってから十数年後のことであり、メチル水銀ばく露歴との関係では考えられない旨主張する。なるほど、水俣湾周辺地域におけるメチル水銀汚染濃度は昭和35年以降低下の傾向を示し、昭和44年以降は、非汚染地域とさほど差がなくなってきていることが認められるが(乙96、145、154)、前記1(1)イにおいて判示するとおり、メチル水銀のばく露と症状の発生の関係は明らかではなく、発症の時期とそれが判明しあるいは診断される時期とが一致するわけではないことや、チエの四肢末端優位の感覚障害のように、いわゆる慢性の症状に分類されるものであり、本人が自覚しにくいものであること、そして、それらの時期に関する認識が正確なものかも定かではない場合があること(甲264、原審証人津田敏秀、当審証人原田正純)などを併せ考えると、チエの四肢末端優位の感覚障害の発症が、メチル水銀のばく露との関係で矛盾があるということはできない。

(3) 次に、チエのメチル水銀ばく露歴について見ると、前記前提事実、証拠(甲3、29、53、95、242、264、乙94の4、当審証人原田正純)及び弁論の全趣旨によれば、チエが出生以来居住していた熊本県水俣市袋地区では、昭和34年ころから猫の狂死が相次ぎ、住民の水俣病発病も頻発したこと、昭和32年の熊本県水産試験場による水俣湾周辺の生物、水質、底質の調査によると、水俣湾内のチッソ水俣工場排水口近くではカキの斃死率は100パーセントを示しており、袋湾奥部の、チエがカキを採取していた地域では50ないし60パーセントの斃死率が記録されていること、表層と底層との斃死率を比較してみると明らかに底層の斃死率が高いとされており、底層にすむ貝類等は汚染度が高いと考えられるが、これら貝類等をチエを含む家族は常時摂食していたことが認められ、これらの事情によれば、チエについてはメチル水銀のばく露歴を有すると推認するのが相当である。
 被控訴人らは、メチル水銀のばく露歴としては、それほど重いものではない旨主張するが、証拠(甲17ないし21、38、95、111、123、264、266ないし269、273)によれば、同地区は、メチル水銀による汚染度が高いとされる湯堂、月浦地区に隣接しており、地区内に、水俣病の認定がされた家庭が多く存在する上、チエ自身、水俣湾で採取された魚介類を多食していたのであり、食生活を共にしていた、控訴人自身が水俣病の疑いがあるとされ、同じくチエの孫であるTについて、その胎毛の水銀値が16.1μg/gとされるなど胎児性水俣病の疑いが強いとの診断がされていることからすれば、上記感覚障害を導き得る程度のメチル水銀のばく露を否定することはできない。

(4) そうすると、チエについては、四肢末端優位の感覚障害が認められ、メチル水銀のばく露歴があるところ、四肢末端優位の感覚障害は、水俣病に特異なものではないことから、進んで、チエの四肢末端優位の感覚障害がメチル水銀のばく露によるものであるかを検討する。

ア 慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症侯としての末梢神経障害に関する医学的知見として、証拠(甲122、290ないし293、295、296、298の1・2、302、乙99、100、101、131、140ないし142、163ないし166、168、171ないし173、原審証人津田敏秀、当審証人原田正純、同中村政明)によれば、腎不全は、腎そのもの、あるいは腎以外の原因により、排泄、代謝、分泌などの腎固有の機能に障害を来し、体液の量的・質的な恒常性が失われるために生じた種々の病態の総称であり、その臨床症状は、急性症侯と慢性症候に分けられるが、急性腎不全が数日以内に急速に発症して数週間持続するのに対して、慢性腎不全は数か月から数年にかけて徐々に発症し、多くは不可逆的であること、多発性神経炎(多発性ニューロパチー)は、全身の末梢神経障害の総称であり、上肢よりも下肢に初発する例が多く、高齢者では原因不明の多発性ニューロパチーが40パーセントを占めるとされていること、腎不全のときに生じる代謝異常によって尿毒症性神経障害が起こるが、慢性尿毒症性症候は、GFRが30ml/分以下に低下した状態から発現し、尿毒症性ニューロパチーは、腎疾患の末期あるいは透析中の患者に出現するとされていること、より具体的には慢性腎臓病のステージ1やステージ2では、通常は、GFR減少による症状はなく、ステージ3やステージ4になると、臨床症状や検査値異常が顕性化し、ステージ5に進行すると、尿毒素が蓄積し、日常生活動作、生活の充足感、栄養状態、体液・電解質のホメオスターシスが障害され、最終的に尿毒症性症侯群となり、この状態では、透析や腎移植といった腎代替療法を受けなければ致死的となること、尿毒症性ニューロパチーは、感覚優位の多発性ニューロパチーが多く、通常、両側対称性で下肢に高度で、遠位部優位で手袋靴下型を示し、上行性であるとされているが、知覚異常、知覚鈍麻は上肢にも見られるが比較的少ないとされていること、自覚的には指趾先の異常感覚、灼熱感、足底の疼痛などを伴い、足底部の灼熱感、しびれから始まって下肢全体に及ぶことが認められる。

イ 上記医学的知見に照らしてチエの症状等を見ると、チエは、昭和22年頃慢性腎臓病にかかったが、昭和47年の一斉検診の際には要観察とされ、昭和49年にS医師の診察を受けた際には、腎臓に関する異常は認められていないこと、昭和50年6月に腎臓病を指摘され、同年8月に意識を消失して倒れたものの、同年9月から10月にかけて検診において各種検査を受けていたこと、昭和52年3月には検診において腎障害及び高血圧が認められたことが明らかであるところ、49年にS医師の診断を受けた際、チエが腎不全にかかり、これに起因する尿毒症の慢性症侯として末梢神経障害を有していたものとは認められない。

ウ 被控訴人らは、チエの四肢末端優位の感覚障害がメチル水銀のばく露によるものではなく、他の疾病による可能性、特に、慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症候としての末梢神経障害であると主張する。
 しかし、上記医学的知見からすれば、慢性腎識病に起因する尿毒症の慢性症侯としての末梢神経障害については、尿毒症が進行性であること、腎不全が一定程度進行して各種症侯が発現すること、発現する際には、高血圧等他の多くの症侯を伴うことが認められるところ、上記チエの症状等、特に、昭和50年8月に意識消失した後、検診において各種検査を受けていることなどのチエの健康状態は、腎不全を発症していたものとは考え難く、被控訴人らの主張が抽象的なものにとどまることを併せ考えると、本件診断書作成時に、チエが腎不全であって、これにより感覚障害を発症していたものとは認めることはできない。

エ したがって、チエの四肢末端優位の感覚障害は、疫学的に見ても、臨床的に見ても、メチル水銀のばく露によるものと認めることができる。

(5) 上記でみたように、チエは救済法上の水俣病にかかっているものということができるところ、本件処分は、平成7年にされたものであるが、四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病があり得るとする有力な医学的見解があり、審査会の委員がこれを認識していたことは明らかであること(甲61、64、82、146、218、229、乙157、原審証人河野慶三)、チエについては、上記2で検討したように、52年判断条件には該当しないものの、メチル水銀のばく露歴のあるチエには、他の疾病によるものとは認められない四肢末端優位の感覚障害が認められるのであるから。本件処分当時、ばく露歴や生活環境、身体の状況及び既往歴等から、慎重に検討することによって、水俣病と認定することができたものというべきであり、また、慎重な検討を加えることによって、補充的に資料を集め、これを参考とすることもできたものということができるのであるから、本件認定手続においても、水俣病にかかっていると認定することができたものということができる。

4 争点(4)(本件処分についての手続上の瑕疵の有無)について
 上記3のとおり、チエが水俣病にかかっていることが認められるから、これを看過して行われた本件処分は違法であって、本件処分につき手続上の瑕疵があるか否かについて判断するまでもなく取り消されるべきである。
 なお、付言するに、本件処分は、本件申請時から本件処分時まで長期間を要しているところ、そのこと自体によっては、これからチエが水俣病にかかっていると認定すべきものとはいえず、本件処分を取り消すべき手続の瑕疵があるものということはできない。

5 水俣病であることの認定を義務付ける訴訟について
 上記のとおり、本件処分の取消しを求める控訴人の被控訴人知事に対する請求は理由があるとごろ、救済法3条1項は、同項に規定する者に対して同項に規定する認定についての申請権を認めたものと解されるから、控訴人の被控訴人県に対する水俣病認定の義務付け請求に係る部分は、行政事件訴訟法3条6項2号に規定する申請型義務付け訴訟に該当するものと解される。
 そして、申請型義務付け訴訟については、併合提起された取消訴訟の訴えに係る請求に理由があると認められ、かつ、その義務付けの訴えに係る処分につき、行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが、その認容の要件となる(行訴法37条の3第5項)。
 そこで、本件を見ると、水俣病における感覚障害は治癒し難いものと認められるところ、チエについて本件認定申請後に感覚障害が治癒したといった事情は何らうかがわれないから、現時点においても、救済法3条1項の要件を満たしているものと認められるから、被控訴人県がチエにつき救済法3条1項に基づく認定処分をすべきことは明らかである。
 したがって、被控訴人県に対して水俣病認定の義務付けを求める控訴人の請求は理由がある。

第4 以上によれば、被控訴人知事に対する本件処分の取消請求を棄却し、被控訴人県に対する義務付けの訴えを却下した原判決は矢当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、控訴人の請求をいずれも認容することとして、主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官 西謙二
裁判官    足立正佳
裁判官    石山仁朗

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