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平成24年2月27日判決言渡
平成20年(行コ)第6号 水俣病認定申請棄却処分取消、水俣病認定義務付け請求控訴事件(原審熊本地方裁判所平成13年(行ウ)第18号水俣病認定申請棄却処分取消請求事件〔第1事件〕、同平成17年(行ウ)第11号水俣病認定義務付け請求事件〔第2事件〕)

 控訴人 溝口秋生
 第1事件被控訴人 熊本県知事 蒲島郁夫
 第2事件彼控訴人 熊本県

判決要旨

【事案の概要】

 本件は、亡溝口チエ(チエ)が水俣病にかかったと主張して昭和49年8月に(旧)公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(救済法)3条1項の規定に基づき熊本県知事に対して行った水俣病認定申請(本件認定申請)に関し、その子である控訴人(チエが昭和52年7月1日に死亡したため、その申請者としての地位を控訴人が承継した。)が、平成7年8月18日に上記申請を棄却する処分(本件処分)を行った第1事件被控訴人熊本県知事(被控訴人知事)に対し、本件処分を不服として、その取消しを求めるとともに(第1事件)、第2事件被控訴人熊本県(披控訴人県)に対し、同条項に基づきチエがかかっていた疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務付けを求めた(第2事件)事案である。
 原審は、第1事件について、チエに水俣病の症候(四肢末端優位の感覚障害)があると認められないから、チエが水俣病にかかっていたとはいえず、また、本件処分は、その判断が遅れてはいるもののやむを得ない事情によるものであって、本件処分を取り消す事由とはならないとして、本件処分の取消請求を棄却し、第2事件について、本件認定申請を認めることの義務付けを求める訴えは、本件処分の取消請求が認容されることを訴訟要件とするから、これが認められない以上は、その要件を欠き不適法であるとして、これを却下した。そこで、控訴人がこれを不服として控訴をした。

【当裁判所の判断】

1 救済法上の水俣病について

(1) 水俣病は、水俣湾又はその周辺海域の魚介類を多量に摂取したことによって起こる中毒性中枢神経疾患であるところ、格別の制約のない限り、水俣病であるか否かについては、当該疾患がメチル水銀の経口摂取によって招来されたものか否かということを、医学的知見を踏まえ、証拠により認められる諸事情を総合的に考慮して、判断することを要するものというべきである。

(2) 救済法及び救済法施行令は、救済の対象としての「水俣病」とはいかなる疾病であるかについて規定していないが、水俣病の発見及び救済法施行令に水俣病が規定されるに至った経緯等からすれば、救済法上における「水俣病」も、上記同様のものをいうと解するのが相当である。
 そして、「水俣病にかかっている」か否かということは、医学的研究の成果に応じた医学的知見を踏まえ、救済法の趣旨、目的に照らして判断することが求められているものと解される。

2 救済法上の水俣病の判断基準及び運用について

(1) 52年判断条件は、水俣病にかかっているか否かの判断をより明確かつ類型的に行うことができるようにすることにより、迅速な審査を可能とし、水俣病にかかっているか否かの認定業務を促進して、急増する水俣病認定申請に対応することができるようにするため、46年事務次官通知における認定要件に比してより客観的に把握し得る認定申請者の臨床所見を中心的な判断要素に据えた上、そのような症候のみから水俣病にかかっていると認めるに足りるだけの症候の組合せを抽出し、列挙したものであると理解するのか相当であり、水俣病の認定判断に関し、一定の意義を有するものである。

(2) しかし、52年判断条件における症候の組合せは、飽くまで汚染が直接的かつ濃厚である場合の典型的な症状であり、これを満たさない各症候についても、その内容や発現の経緯等により、水俣病と考えられる可能性の程度は様々であるから、認定申請者のメチル水銀に対するばく露状況等を総合考慮することにより、水俣病にかかっているものと認める余地があるものというべきである。
 そうであれば、52年判断条件は、それのみをもっては、水俣病認定申請手続における認定の基準として十分であるとはいい難い。

(3) そして、52年判断条件が、メチル水銀の経口摂取により末梢神経の障害を来すものとの理解の下に、唯一の基準として運用されたことにより、本来認定されるべき申請者が除外されていた可能性を否定することができず、その運用は、適切であったとはいい難い。

3 チエは救済法上の水俣病と認定されるべきか否か

(1) チエに四肢末端優位の感覚障害があったか否かについては、本件認定申請の際添付された診断書(本件診断書)の作成経緯等、チエの生活状況等から、四肢末端に知覚鈍麻、口周囲の感覚障害があったものと認めるのが相当である。

(2) チエにメチル水銀のばく露歴があったか否かについては、チエが生活していた地区の住民の水俣病発病状況、水俣湾内のチッソ水俣工場排水口近くでのカキの斃死率、これら貝類等の摂食状況、チエの家族のばく露歴、生活状況等からすれば、チエも、四肢末端優位の感覚障害を発症しうる程度のメチル水銀のばく露歴を有すると推認するのが相当である。

(3) そして、チエの四肢末端優位の感覚障害がメチル水銀のばく露によるものであるかどうかの点については、慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症候の発現形態等、チエの症状、生活状況からすれば、チエが、本件診断書作成当時、腎不全を発症していたものとは考え難く、チエの四肢末端優位の感覚障害が慢性腎臓病に起因する尿毒症の慢性症候としての末梢神経障害によるものであるとは認められない。

(4) 本件処分がされた平成7年当時、その責任病巣か末梢神経ではなく中枢神経にあり、四肢末梢優位の感覚障害のみの水俣病があり得るとの有力な医学的見解があって、メチル水銀のばく露歴のあるチエには、他の疾病によるものとは認められない四肢末端優位の感覚障害が認められるから、本件処分当時、ばく露歴や生活環境、身体の状況及び既往歴等から、慎重に検討することによって、水俣病と認定することができたものというべきであり、また、より慎重な検討を加えることによって、チエが水俣病にかかっていると認定することができたものということができる。

(5) 以上からすれば、チエは、救済法上の水俣病にかかっているものということができる。

4 本件処分についての手続上の瑕疵の有無

 上記3のとおり、チエが水俣病にかかっていることが認められるから、これを看過して行われた本件処分は違法であって、本件処分につき手続上の瑕疵があるか否かについて判断するまでもなく取り消されるべきである。
 なお、本件処分は、本件申請時から本件処分時まで長期間を要しているところ、そのこと自体によっては、これからチエが水俣病にかかっていると認定すべきものとはいえず、本件処分を取り消すべき手続の瑕疵があるものということはできない。

5 水俣病認定の義務付けについて

 本件処分の取消請求に理由があると認められることは上記4のとおりであるから、同様の理由で被控訴人県に対して水俣病認定の義務付けを求める控訴人の請求は理由がある。

6 以上によれば、被控訴人知事に対する本件処分の取消請求を棄却し、被控訴人県に対する義務付けの訴えを却下した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから。原判決を政り消し、控訴人の請求をいずれも認容する。

福岡高等裁判所第5民本部

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