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溝口訴訟弁護団東京事務局ニュース 2009/10/17

チエの話 (ちえのわ ) (その26)

○次回 第8回口頭弁論・二宮正証人・被控訴人側反対尋問
 2010年1月18日(月)13:30〜16:00 福岡高裁
 門前集会13:00〜 福岡高裁前 法廷後の報告集会も予定

○第7回口頭弁論報告   鈴村多賀志

*メチル水銀の曝露歴がある人に四肢に同時期の感覚障害があれば、まずメチル水銀中毒症(水俣病)を疑うべき
 控訴人(原告)側は、10月5日に二宮正医師(鹿児島徳洲会病院)に対する主尋問を行いました。
 まず、不知火海沿岸住民に多発する四肢(手足)の感覚障害について、ここで大事なのは、「水俣病にみられる」「しびれ」とは、四肢と口周囲のしびれが同時期に起きるというパターンであること。「右手がしびれる」とか「左足先がしびれる」といった一般の「しびれ」とは異なることを指摘しました。また、患者はみな「しびれ」と表現しますが、医者は自覚症状の「しびれ」と、検査を行っての他覚所見である「感覚障害(感覚の低下)」とは明確に区別していることを確認しました。
(本紙でも「四肢の感覚障害」とは両手足に同時期に発症している場合を指します)
 次に二宮証人たちがメチル水銀曝露地区(御所浦)と非曝露地区(宮崎県北浦)とを比較調査した結果、御所浦では明らかに四肢の感覚障害が多発していること。この両地区はいずれも漁村で、住民構成すなわち年齢構成、男女比もほぼ同条件であり、唯一異なるのはメチル水銀に汚染された魚を食べていたかどうか(曝露の有無)であることを証言しました。
 この調査結果は同時に、四肢の感覚障害の発症は年齢や性別とは関係のないこと。年をとったからといって四肢の感覚障害が起きるわけではないことを示しました。
 さらに水俣病認定患者も加えて定量的な検査をした結果、実は四肢末梢(手先、足先)のみの感覚障害ではなく全身の感覚が低下していたこと。それまでの感覚障害の検査は、同一被験者の胸を基準(正常)として四肢の検査をしていたため、「四肢末梢優位」の多発神経炎と誤解(誤診)されてきたこと。全身性(中枢性)の感覚障害の場合には、正常者との比較をしなければ感覚障害が起きているのかどうかは分からないこと、を証言しました。
 また識別覚の検査をした結果、その原因は大脳皮質がメチル水銀によって広く傷害されたことに由来し、末梢(手足)の神経は傷害されていないことが証明されたことを証言しました。そしてこのような症状はメチル水銀中毒症以外ではまず起きないこと。つまり従来の検査方法で「四肢末梢の感覚障害」と言われてきたものは、メチル水銀中毒症に特有な症状であることを証言しました。

*チエさんは水俣病
 チエさんが高濃度のメチル水銀に曝露されていたのは明らかです。曝露歴については熊本地裁判決も熊本県も認めています。チエさんと同居していた家族にも水俣病の症状が確認されています。
 メチル水銀曝露地区で四肢の感覚障害が発症した人がいたら、まずメチル水銀中毒症を疑うのは常識(例えば、日本で熱が出たからと言ってデング熱を最初に疑う人はいない。その地域での発生頻度が問題)です。
 では他の病気の影響・「たの疾患の可能性」ではないのか、と言うのが次の問題になります。被控訴人(被告・熊本県)が主張したのが腎障害(尿毒症)でした。
 この問題について二宮証人は、尿毒症のように末梢神経を傷害する病気の場合には、感覚障害は長い神経の先端から症状が発生する。具体的には足先から始まって順次身体の上部に昇っていく。感覚障害が両手足、口周囲にまで広がるのは、透析を受けるほどの重症の場合であること、また感覚神経だけでなく運動神経の両方が傷害されることを指摘しました。
 チエさんには口周囲の感覚障害(無自覚のよだれ)も確認されていますが、透析もしていなかったし、運動障害もありませんでした。
 また、頸椎・脊髄(首・背骨)の変形や脳血管障害の影響も検討されましたが、これらの原因でも左右対称に症状が現れることは、現実的にはないことを指摘しました。
 発症時期の問題(被控訴人の主張「チエさんが認定申請をしたのはチッソがメチル水銀の垂れ流しを終了した後である」)についても検討がなされました。以前に原田正純証人も証言をしていましたが、急性症状でもない限り、慢性的な自覚症状は本人でも何時それが発症したかなど分りません。二宮証人は、肝心なのは、少なくとも申請時には、医者が四肢の感覚障害を確認していること(メチル水銀による大脳皮質障害は年月を経ても改善しません)。チエさんには、過去に長期にわたってメチル水銀によって大脳皮質が傷害された証拠(後遺症の所見)が得られていることが重要なのだ、と証言をしました。
 今回の証言によって、チエさんをメチル水銀中毒症すなわち水俣病と診断してよいと結論づけられたのではないかと私たちは考えます。

*水俣病認定審査会は、中枢神経疾患の典型的な臨床所見の特徴を示していた患者こそ棄却してきた
 では、水俣病認定審査会は今まで何をしてきたのでしょう。二宮証人は、審査会の委員達が水俣病と判断せず、保留・棄却処分としていた「判断困難事例の研究」の全症例についても解析しています。そこに示されていたのは、国や県は末梢神経も中枢神経(脳・脊髄)も認めていると口では言ってきましたが、実際は大脳皮質障害の臨床症状を示す患者を保留・棄却してきたことでした。例えば、全身性の感覚障害。また、症状が変動する場合には「心因性」などとの詐病(仮病)扱いをされていたことも明らかにされました。

*「権威」の正体
 国・県が末梢神経障害説(多発神経炎説)の根拠としてあげている衞藤光明氏(病理学)の論文についても、同一人物の感覚神経と運動神経という全く異なる神経を比較して、感覚神経が傷害されていると主張していたこと。正常人と水俣病患者の感覚神経を比較することはしていなかったことを明らかにしました。
 そして、衞藤氏は同一の写真(神経の顕微鏡写真)を裏返しまたはひっくり返して、片方は水俣病に特徴的な症例と説明をしておきながら、もう片方は他の病気の症例として、論文で使い回しをしていたことも明らかにしました。

*次回、被控訴人側反対尋問(2010.1.18)では傍聴席を埋めよう
 これまでの水俣病裁判を見ると、国・県は証人の「権威」を問うてくるのが常套戦術です。「権威」ではなく、証拠と合理的判断に基づく議論、審理が行われるよう、傍聴席全体からの監視をお願いします。

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