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溝口訴訟弁護団東京事務局ニュース 2013/05/11

チエの話 (ちえのわ ) (その39)

*2013年4月16日(火)15時 最高裁判決
 第3小法廷は裁判官全員一致の意見で、福岡高裁の判断を支持し、溝口チエさんを水俣病と認めました。

○最高裁判決のポイント 平郡真也

 4月16日の最高裁判決は、1月17日付の県側の受理申立てを決定する段階で、上告理由を総論に関する論点に絞ったため(チエさんの各論は除外した)、総論についてのみ判示しました。その内容は、原判決(福岡高裁判決)の判示を妥当だとするものであり、結論において、県側の上告を棄却しました。
 最高裁判決のポイントは、次の3点に整理できると思われます。

<認定制度の基礎概念の定式化・統一化>

 第1に、水俣病認定制度の基礎概念(基本となる考え方)について定式化し、統一的な解釈を示したことです。
 判決はまず、救済法上の水俣病とは、「魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患をいう」「水俣病は客観的事象」と定義します。あわせて、県側が、「メチル水銀がなければそれにかかることはないものとして他の疾病と鑑別診断することができる病像を有する疾病」と主張したのに対し、判決は、そのように狭い意味に解釈すべきではないと批判しました。
 判決の定義は常識に沿い、また、「客観的事象」という判示の意味は、水俣病とは客観的に認識できる1つの事実であることを明確にしたとみるべきでしょう。
 次に、判決は、認定審査の対象は、「水俣病罹患の有無という客観的事実」であり、この水俣病罹患の有無とは、「申請者が有する個々の症候と原因物質(メチル水銀)との間に因果関係が有るか無いかである」とします。県側が、認定審査の対象(=認定要件)は、「もっぱら水俣病にかかっていると医学的に診断できるか否かである」と主張したのに対し、判決は、そのように狭い意味に解釈すべきではないと排斥しました。
 つまり、水俣病罹患の有無は客観的事実ですから、その事実を認定するに際し、医学的診断は1つの要素・材料にすぎないことになります。
 したがって、判決は、水俣病の認定(=水俣病罹患の有無という客観的事実の確認)に当たり、個々の申請者の「病状等についての医学的判断」のみならず、「曝露歴や生活歴および疫学的知見や調査結果等」を十分考慮した上で、総合的、多角的見地からの検討が必要である、と判示しました。
 この認定のあり方につき、原判決(福岡高裁)は、「『水俣病にかかっている』か否かということは、医学的な判断対象ではなく、社会的事実であって、医学的研究の成果に応じた医学的知見を踏まえ、救済法の趣旨、目的に照らして判断することが求められている」と、最高裁判決と同旨の判示をしています。
 さらに、上告審での主要な争点である「行政庁の判断に関する裁判所の審査のあり方」について、判決は、県側の「認定審査会の調査審議・判断に過誤・欠落があるか否かという観点から行なわれるべき」という主張をしりぞけ、「個々の症候と原因物質との因果関係の有無を対象とし、申請者の水俣病罹患の有無を判断すべき」という手法を採用しました。
 つまり、裁判所は、行政の裁量を認めて消極的な審査をするのではなく、積極的に実体判断に踏み込むべきだという審査のあり方を明示しました。

<認定制度という建物全体を建て直すべき>

 以上の論点は、いずれも認定制度の根本にかかわるものであり、最高裁が初めて統一的な解釈を示した意義は極めて重要です。と同時に、最高裁は、これらの論点に関する県側の理解が誤っていると厳しく批判したわけですから、認定制度という建物の土台が誤っている、当然その上に建てられた認定基準も間違いだということになります。
 要するに、最高裁は、行政に対し、認定制度という建物全体を、判決の趣旨に従い改めて建て直すよう強く求めているのです。最高裁判決を分析するに当たり、この最高裁の断固たる意思を前提にしなければなりません。

<四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病>

 第2のポイントは、判決が「四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病」の存在を認めたことです。
 判決は、一般論として、四肢の感覚障害のみの水俣病が存在しないという「科学的な実証はない」と判断し、また、四肢の感覚障害のみしか確認できないチエさんを水俣病と認定することができるとした原判決を維持しています。

<52年判断条件に対する評価>

 第3は、法律的にはもとより、社会的に最も注目を集めた52年判断条件に対する評価です。
 判決は、52年判断条件につき、まず、症候の組合せが認められる場合に認定するとしているのは、多くの申請に対し迅速に判断する基準だという意味で、その限度での合理性を有すること、しかし他方で、症候の組合せが認められない場合も、総合的に検討した上で、個々の症候と原因物質との間に因果関係があるかないかという個別具体的な判断により、水俣病と認定する余地を排除するものとはいえないことを判示しました。
 判決の趣旨は、症候の組合せによる認定は、「迅速な救済」という限度で合理的だが、他方、「幅広い救済」という観点からは、症候の組合せに該当しない場合(その典型例が四肢の感覚障害のみの場合です)に、因果関係に関する個別具体的な判断が必要不可欠だとするもので、両者の認定手法が相まって52年判断条件を構成するものと理解すべきでしょう。
 そうだとすれば、判決は、52年判断条件の内容および運用の両者につき、注文を付けていることになります。
 まず、内容に関し、52年判断条件は、症候の組合せが認められない場合に、総合的な検討を行うべきであることや、総合的な検討のあり方を全く規定していません。四肢の感覚障害のみの水俣病が存在することにも言及していません。ですから、こうした内容を盛り込んだ新しい認定基準を策定するよう求めているのです。
 さらに、運用に関しては、原判決が「症候の組合せに該当するときには水俣病と認定するものの、該当しないときには、個別具体的な事情を総合考慮することなく棄却していた」「52年判断条件を硬直的に適用した結果、重症者のみを認定し、軽症者を除外している」旨判示するとおり、最高裁判決が示した運用のあり方に反する実態であるのは明らかです。最高裁は、ただちに52年判断条件の運用をあらためるよう求めているのです。

<判断条件を違法と断言しない問題>

 ただし、残念ながら判決は、52年判断条件が違法・無効であるから撤廃すべきだと言い切ることはしませんでした。
 判決は、四肢の感覚障害のみの水俣病の存在を認めた以上、四肢の感覚障害は「水俣病における最も基礎的、中核的な症候」(原判決)であり、現在の大多数の患者に見られる典型的な症候であるのは証明されているのですから、「法の趣旨に適合する認定基準として、四肢の感覚障害のみで十分であり、症候の組合せを要件にしてはならない。したがって、症候の組合せを求める52年判断条件は違法・無効である。」と結論づけるべきでした。判決の論理を推し進めると、これが必然的な結論です。
 しかし、行政の立場を尊重する判断が働いたのでしょう、そこまで断言しませんでした。別稿で指摘する通り、この不徹底さが、環境省をして、「判決は52年判断条件を否定していない」といわしめる口実を与えてしまっています。
 この点は、最高裁判決のもつ最大の問題点だといわなければなりません。


○4月16日 環境省交渉 鈴村多賀志

判決同日に行われた環境省交渉は、21時という非常識な時間から開始されました。これは、環境省側が、判決文を読み込む時間が欲しい、と要求したためでした。しかも出席するのは直接担当部署の特殊疾病対策室職員のみ、という最初から不誠実なものでした。
 冒頭に延び延びになっていた上告取下署名を提出して、改めて上告を続けた環境省の不正・非道を指摘し、謝罪を求めました。
 しかし、小林秀幸室長は「直接の被告は熊本県」「長い間裁判が続いてきたご苦労は、お察しします」と、全く当事者意識のない返答をしました。支援者から「行政不服審査請求でチエさんの水俣病申請を棄却したのは環境省ではないか」「控訴審の中村意見書の原案を書いたのは環境省職員ではないか」と指摘されても、全く意に介しません。あまつさえ「上告したことについては謝らない」というイイノ室長補佐のメモが支援者に見つかり、会場が怒りに包まれる場面もありました。
 行政不服を闘い認定を勝ち取った緒方正実さんが「ごめんなさい、の言葉が欲しいだけです。謝ったからと言って、そこにつけ入って、あなたたちを個人的に責めようなどとは思っていません」と諭しましたが、彼らの態度は最後まで頑なでした。
 交渉では原告への謝罪以外に、@住民の悉皆健康調査、A52年判断条件の撤回、適切な認定基準の策定、B過去の棄却者や未検診死亡者の再審査を申し入れました。
 しかし、環境省側は「まだ判決文を熟読していない」が「52年判断条件が否定されたという認識はない」と回答するのみで、全く患者や支援者の意見を聞く耳を持ちません。
 Fさん訴訟の弁護士から「以前から“総合的判断”をしていたと言うが、今回初めて言い出したことではないか」と詰め寄られても、小林室長は「52年判断条件にそう明記されている」と答えるのみで、実際には何の根拠もなく、その場しのぎで対応していることが、次々に明白になっていきました。
 23時を過ぎて議論が堂々巡りの様相になり、原告の体調も心配されたため、5月1日に石原伸晃環境大臣が、直接原告宅に謝罪に来るよう申し入れて交渉を終えました。
 この交渉で明らかになったことは、室長以下職員5人全員が着任から1年未満、室長にいたっては4月1日着任で僅か16日目、つまり溝口訴訟の上告を判断した職員さえ1人も残っていないという、環境省の無責任人事です。特殊疾病対策室は毎年職員が交代するという、猫の目人事が続いていおり、これでは責任ある仕事や対応ができるはずがありません。これも環境省の水俣病に対する姿勢がよく分かる事例です。


○4月17日 熊本県交渉 鈴村多賀志

 翌17日は15時から、熊本県庁新庁舎201号室にて、県交渉が行われました。熊本県側は、蒲島郁夫知事以下、村田信一副知事等6人の担当職員が出席しました。
 冒頭に、Fさん訴訟、溝口訴訟の弁護士が、原告への謝罪、52年判断条件の改定、住民悉皆調査の実施、第三者委員会の設置、等を要求する申入書を提出しました。
 最初に蒲島知事は「私の責任において、審査会を通さずにチエさんを認定します」と発言しました。しかし、最高裁判決で認定の義務付けが命令されたのですから、恩着せがましく言われる筋合いはありません。その台詞は、最高裁判決の前に発言されていてこそ、意味を持ったはずです。
 そして、判決が確定した溝口秋生さんにこそ謝罪をしましたが、差し戻しとなったFさんに対しては、まだ裁判継続中だとして、謝罪はしませんでした。(なお5月2日に熊本県は、Fさん訴訟の取り下げを決定しました)
 認定基準の見直しについては「県は法定受託事務の執行者、基準は国が決める」と否定し、その運用改善についても「運用についても白紙委任されているわけではない」と繰り返し、自ら進んで問題を解決しようとする意志を、全く見せませんでした。
 過去の審査実態についても、全申請者について「総合的な検討」をしていたとウソをつきましたが、「総合的な検討」がなされていれば、チエさんもFさんも、とうに認定されていたはずです。実際には、病院調査を17年間放置して必要な資料を集めず、機械的に棄却できるようになったので1994年の認定審査会に諮問したことが、裁判で熊本県が提出した証拠(乙120)で明らかになっています。
 「このまま認定審査を続けるのか」「認定棄却された人が裁判を起こしたら、また同じような応訴対応をするのか」「チエさんと同じ未検診死亡者の再審はしないのか」等、熊本県の姿勢を問う質問が相次ぎましたが、全て「環境省と検討をしなければ答えられない」と答え、まともに応えた問題はありませんでいた。
 たまらず、胎児性患者の坂本しのぶさんが「何べんも同じ事ばかり言っている。きちっとして欲しい」と抗議の声を上げましたが、何の返答もありませんでした。
 交渉は3時間に及びましたが、県民の生命・健康に直接責任を持つ自治体職員であることを自覚した発言は、最後までありませんでした。


○5月1日 水俣 鈴村多賀志

 水俣湾埋立地での水俣病慰霊式に、石原環境大臣も出席すると聞き、原告・溝口秋生さんへの謝罪や4月16日の環境省交渉で積み残した問題への回答を求めて、秋生さんと支援者は、会場へ出向きました。
 環境大臣との面会については、4月16日の交渉と同月26日付けの申入書で、事前に要請していました。当日改めて式の主催者である水俣市に面会時間を設定して欲しいと要請したところ、大臣と連絡を取るので待っていて欲しいと言われ、会場の入口前で待機をしていました。
 ところが、2時間以上も何の連絡もないまま、石原環境大臣は、何と別口から会場入りしてしまいました。怒った私たちは、申入書を掲げた山口弁護士を先頭に、大臣のもとへ直接行こうとしましたが、SPや水俣市職員等に阻まれ、目的は叶いませんでした。
 やむを得ず、会場の外から渾身の力を込めて、抗議の声を届けました。
 慰霊式後の水俣病情報センターでの患者10団体との意見交換会でも、複数の団体から溝口さんへの謝罪が要請されましたが、石原大臣は話題をはぐらかし、まともに答えませでした。
 また、別口から会場入りしたことについて、「逃げたのではない、職員の誘導に従っただけだ」と述べ、出席者を呆れさせました。

<問題は何も解決していません>

 最高裁判決から僅か2日後の18日には、南川秀樹環境省事務次官が「判決で52年判断条件は否定されていない」という環境省見解を示し、判断基準を見直さない考えを表明しました。
 石原大臣は、最高裁に指摘された「総合的検討」の内容を具体化するよう指示しましたが、このままでは、52年判断条件に小手先の第5のパターンを付け加えて終わり、依然として未認定問題は継続することは必定です。
 また、Fさんも行政認定されますが、Fさんがチッソ水俣病関西訴訟の勝訴原告であることから、加害企業チッソが「損害賠償請求訴訟で補償は完遂済み」と主張して、補償協定の締結を拒否することが予測されます。チッソとの協定締結を求めたIさん訴訟が、2011年から最高裁第2小法廷で審理中ですが、未だ何の動きもありません。
 チッソ水俣病関西訴訟の勝訴原告で、判決後に行政認定された方は、これで6人になりますが、同じ理由で公健法に基づく補償給付さえも保留の状態です。
 溝口訴訟、Fさん訴訟が問うた課題の解決は、まだスタートに立った段階なのです。これからも多くのご支援、ご注目をお願いします。

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