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溝口訴訟弁護団東京事務局ニュース 2013/08/16

チエの話 (ちえのわ ) (その40)

*最高裁判決をも曲解して患者切り捨てを続ける環境省・熊本県

○交渉を拒否する環境省 鈴村多賀志

 最高裁判決をも曲解して患者切り捨てを続ける環境省・熊本県溝口訴訟とFさん訴訟において最高裁判決は、環境省・熊本県が主張してきた水俣病施策のあり方について、基本となる水俣病の定義から、その主張を全て否定しました。52年判断条件については、きわめて限定的な範囲でのみでしか合理性を認めませんでした。この判決を正しく読むならば、環境省には現行の水俣病施策を根本的に改める責務があることは明かです。
 しかし、環境省は最高裁判決から僅か2日後の18日に、南川秀樹環境省事務次官(当時)が「判決で52年判断条件は否定されていない」という見解を示して、判断基準も見直さず、過去に処分を行った未検診死亡者の再調査、棄却者の再審査を拒否しています。
 私たちは、この環境省の姿勢は最高裁判決を踏みにじるものだとして、正しい施策をなすための交渉を再三にわたって申し入れていますが、環境省は頑として応じません。
 環境省は、その理由を「溝口訴訟は裁判が終結し、チエさんも認定されたから、もう弁護団と会う必要はない」と言っています。これは溝口訴訟の経過や、勝ち取った最高裁判決の意義を矮小化し、実質的に否定するものです。
 原告の溝口さんや私たちが、この裁判を通じて追求してきたのは、ひとりチエさんの認定のみではありません。過去57年間にわたってチエさんと同じように、違法に放置・切り捨てられてきた未検診死亡者・棄却者への、あるべき補償を求めてきたのです。
 しかもこの間に、小林秀幸特殊疾病対策室長が、弁護団に隠れて秋生さんに会い、交渉には応じられない旨を伝えていたのでした。
 環境省は「職員が認定患者家族と会うことに何の問題があるのか」とうそぶいていますが、これは明らかに間違っています。
 これはなにも水俣病に限ったことではありません。例えば交通事故などで、被害者が代理人を立てて交渉をしている時に、加害企業の課長が、代理人との交渉を拒否しておいて直接被害者に会いに行くことが許されるでしょうか。
 国は水俣病患者に対して加害者である(2004年最高裁判決)にもかかわらず、原告個人に対しては権力を背景にした圧倒的に強い立場にあります。代理人を無視した小林室長の行動は、極めて不当な行動と言うことができます。

 私たちは、この小林室長の行動に対して抗議するとともに、具体的な要求をまとめ(添付資料@ 7月5日付要求書)、環境省の違法な水俣病施策を改めさせる行動を続けていきます。


○7/22 熊本県交渉 鈴村多賀志

 私たちは熊本県に対しても、最高裁判決を踏まえて、@認定基準、審査方法の見直し、Aそのための不知火海沿岸住民の悉皆調査、B過去に棄却した申請者に対する再審査、および未検診死亡者の再調査、C現在、環境省と熊本県が密室で進めている「52年判断条件における総合的検討の具体化」の即時停止、D公開討論会、等を要求しています。

<中山課長への謝罪要求>

 22日熊本県庁では、まず中山広海熊本県水俣病審査課課長の5月17日発言「溝口さんへの謝罪は長く待たせたことであって、棄却が誤っていたわけではない。資料が揃わなかったから仕方がなかった」の撤回と謝罪を要求しました。
 中山課長は、初めにチエさんを棄却したこと自体が誤っていたことを認め謝罪をしました。しかし、資料が揃わなかった原因について、それは当時申請者数が多く生存者を優先していたと、まるで熊本県は努力していたが不可抗力だったかのような説明をしました。
 この説明には、誰も納得はしませんでした。 私たちは、実際にチエさんと同時期の他の未検診死亡者では病院調査を実施しており、当時の申請者の数は理由とはならなかったこと、さらに1988年には環境庁(当時)と熊本県で、病院調査を「棚上げする」合意をしていたこと、その理由は民間資料を活用すると認定率が8割になることを、熊本県自身が試算していたこと、等の事実を突きつけ、中山課長の説明はウソであることを追及しました。
 1時間もの問答の末にようやく、環境庁との「棚上げ」合意は、県の施策として「不適切だった」と認めたのでした。しかしそれでも中山課長は、他の未検診死亡者については「個々の事例について、不適切であった適切であったとは言えない」と、再調査を拒否し続けています。

<過去の棄却処分の再審査を拒否>

 過去の棄却処分の再審査、再調査を拒否する理由として熊本県は、「最高裁判決では52年判断条件は否定されていない。過去の見直しについても言及されていない」という環境省見解に従っているのだと、回答しています。
 これは、全く的外れな説明です。この最高裁判決で是認された福岡高裁判決には、本来公健法上の水俣病患者として認められるべき人が棄却されていた可能性があることを、はっきり指摘しています。
 最高裁判決のそれもほんの数行のみを、自分たちに都合良く曲解する。これは行政の司法に対する侮辱でしかありません。

<由らしむべし知らしむべからず>

 環境省と熊本県が密室で画策している「52年判断条件における総合的検討の具体化」についても、熊本県は「実務者としての立場から関わっている」とのみ答え、議論の内容や進行状況について、一切明らかにしようとしません。
 これに対して会場からは、「なぜ当事者の水俣病患者に経過説明ができないのか」「県は説明する義務がある」という抗議が湧き起こりましたが、中山課長は全く応じようとしませんでした。“由らしむべし知らしむべからず”という前時代的な意識でしか県民に対面できない県職員に、悲しみの声を上げる被害者もいました。

<認定審査は従来どおりに続ける>

 最高裁判決を受けて、熊本県の認定作業は休止状態となっています。既に認定審査会の答申が出ていながら、知事の処分が出ないまま宙に浮いている人も出てきています。
 この点について「今は審査会は再開できる状況ではない、審査を行う条件ができていない、と言う理解で良いか」という質問がありました。
 これに対して中山課長は「これまで通りの審査をお願いしたいが、『総合的検討』がどうなるか分からないので慎重になっている」と、根本的な見直しはしないことを明言しました。
 最高裁判決について、審査会の医師には個々に口頭でポイントを説明したのみであり、その経過・内容については、全く記録を残していないということであり、ここでも最高裁判決をないがしろにしている姿勢が如実に現れています。
 既に3訴訟において、最高裁で自らの主張が全て排斥されているにもかかわらず、「裁判所の審理においては裁判所が判断を行う。行政の認定は環境省が定めた基準で行う」という違法な基準を堅持する環境省・熊本県に対して、私たちはこれを許すことなく、闘い続けます。


○不当なI氏訴訟の最高裁判決

 7月29日付で最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)は、突然I氏がチッソに補償協定の締結を求めていた訴えを斥ける決定を行いました。
 この決定は、水俣病患者が命がけで闘い取った協定書の約束を無に帰するものであり、極めて不当で正義に反するものです。添付資料Aに、I氏弁護団の声明を掲載しました。私たちもI氏弁護団と連帯して闘って行きたいと思います。(文責 鈴村)

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