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チエの話 (ちえのわ ) (その40)添付資料

○チエ話40添付資料@

2013年7月5日

環境大臣 石原 伸晃 殿

水俣病溝口訴訟原告     溝口秋生
上記訴訟弁護団 代表 弁護士 山口紀洋

要 求 書

 2013年5月31日付で環境省総合環境政策局環境保健部企画課特殊疾病対策室名で、私どもの申入書(2013年4月16日付、同年4月26日付)に対する回答書が送られてきました。
 しかし、その内容は、私どもの要求に対して正面からの回答となっていない上に、とうてい認められる内容でもありません。
 よって、私どもは再度の申し入れと交渉を要求します。

1.石原伸晃環境大臣による溝口秋生への直接謝罪を要求します。

 回答では「水俣病の被害の拡大を防止できなかったという行政の責任があるという点において、亡くなられた溝口チエさん並びにご遺族の方々に対しては、お詫びしなければならない(中略)行政の長としては、水俣病の被害に苦しむ全ての方々に対して等しく責任を負う立場にありますので難しい」と、まるで環境省は、溝口訴訟には直接責任がないような見解を示しています。
 しかし、下記のように数例を挙げただけでも、環境省は溝口秋生に謝罪する立場にある直接の当事者です。

@ 行政不服審査請求(1995年10月から2001年10月)において、熊本県の棄却処分を追認して、チエさんの水俣病罹患を否定しました。

A 福岡高裁での審理において、中村政明国立水俣病総合研究センター総合臨床室長の意見書の原案を環境省職員が作成しています。
 この中で、地域の水銀曝露状況やチエさん一家の生活状況も全く知らないまま「溝口家は農業であり、チエさんは老人だから汚染魚を多食していない」と机上の空論を展開し、またなんの根拠もなく憶測だけで「チエさんの四肢の感覚障害は腎疾患によるもの」などと、チエさんの水俣病罹患を否定し、その名誉を著しく傷つけました。

B 2012年2月の福岡高裁判決に対して、これを確定すべきという患者や市民の声を無視して、熊本県は最高裁に上告をしました。

 この上告は、熊本県が独自になしたものではなく、環境省と協議した結果であることは、環境省も認めるところです。

 裁判勝訴の個々の原告に対して環境大臣が直接謝罪したことは、過去に2004年10月のチッソ水俣病関西訴訟の原告に対して、当時の小池百合子環境大臣が原告と直接対面して謝罪をしています。
 よって、石原環境大臣の上記回答の「行政の長としては難しい」は、理由になりません。
 早急に溝口秋生宅を訪れ、故チエさんおよび遺族に直接謝罪することを要求します。

2.2013年4月18日付環境省見解の撤回を要求します。

 環境省は、最高裁判決において52年判断条件は否定されていない、との見解を示しました。環境省のこの見解は、最高裁判決を完全に曲解しています。
 なぜなら最高裁判決は、52年判断条件について「多くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとしてその限度での合理性を有する」と判示しており、その合理性は極めて限定的なものであるから、制度全体としては不適切であり改革をする必要があると、指摘しているのです。
 環境省が主張していた水俣病の定義、認定にかかる基礎的な考え方についての、「(水俣病とは)一般的定説的な医学的知見からしてメチル水銀がなければそれにかかることはないものとして他の疾病と鑑別診断することができるような病像を有する疾病」「一般的定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると医学的に診断することの可否が専ら処分行政庁の審査の対象となり、そのような医学的な診断が得られない場合における個々の具体的な症候と原因物質との個別的な因果関係の有無の詳細な検討まではその審査の対象となるものではない」などという言い分を、最高裁判決はことごとく否定しました。

 そして、最高裁判決は、水俣病とは「魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」であり、認定審査するにあたっては「個々の患者の病状等についての医学的判断のみならず、患者の原因物質に対するばく露歴や生活歴及び種々の疫学的な知見や調査の結果等の十分な考慮をした上で総合的に行われる必要がある」と判示しています。
 しかも最高裁判決は、認定とは「客観的事象としての水俣病のり患の有無という現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為であって、この点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではない」とも断じています。
 このように最高裁が環境省の主張していた水俣病の定義を完全に否定したのですから、環境省は52年判断条件を撤廃して、法に適合する新たな認定基準を策定しなければならないのは、自明のことです。
 判決文の一部のみを恣意的に取り上げ、その前提、趣旨を無視することは、環境省が最高裁判決そのものを否定することです。
 よって、4月18日付環境省見解は、直ちに撤回することを再度要求します。

3.日本弁護士連合会の会長談話、および緊急提言の履行を要求します。

 今回の最高裁判決を受けて、日弁連は4月16日に会長談話、6月27日には緊急提言を発表し、環境省と関係各県へ送っています。
 この提言で日弁連は、最高裁判決は52年判断条件を実質的に否定しているという見解を明白に表明しています。
 そのうえで、現行の判断条件を撤廃し改定すること、水俣病の被害実態を把握するための住民健康調査を早急に実施すること、等の提言をしています。
 もはや環境省が「52年判断条件は否定されていない」などと主張することが、社会では許されぬことは明かです。
 環境省は、日弁連の会長談話および緊急提言についても否定する考えなのか、明確な回答を求めます。

4.「52年判断条件における総合的な検討の具体化」作業の中止を要求します。

 現在、環境省と熊本県は、患者や識者を排除した密室で「52年判断条件における総合的な検討の具体化」を進めています。しかし、この画策は、先にも引用した最高裁判決が「この点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではない」と判示して、行政が勝手に要件を策定して恣意的な線引きをしてはならない、と判示したことに真っ向から反しています。
 よって、環境省と熊本県は、この密室での画策を直ちに中止するよう要求します。
 そして、認定制度全体の改革をするのであれば、今後は患者や識者も加えた開かれた場で、実態調査のデータに基づき、透明化された議論を進めることを要求します。
 合わせて、現在「52年判断条件における総合的な検討の具体化」を進めている環境省と熊本県の担当部署と氏名、およびこれまでの議事録を開示することを要求します。

5.過去に棄却処分とされた人、未検診死亡者に対する再審査、再調査を要求します。

 福岡高裁判決では「四肢末端優位の感覚障害が水俣病の最も基礎的ないし中核的な症候である」ことが確認され、最高裁でもこの高裁判決を踏まえて「四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病の存在」が認められました。
 さらに福岡高裁判決では「所定の各症候の組合せ(編者注:52年判断条件)を満たさないときには、個別具体的事情を総合考慮することなく棄却の判断に至っていた」「認定されるべき申請者が除外されていた可能性は否定できず」と、過去の認定審査では、本来認定されるべき人が棄却されていたことを指摘しています。
 そして、裁判に提出された複数の証拠(例えば「水俣病認定審査にかかる判断困難な事例の類型的考察に関する研究」「原田正純医師認定審査会資料手控え書」)で、申請者の8割に四肢の感覚障害があったことが明らかになっています。
 これらの事実を前にしてなお、環境省が「再審査の必要はない」というのは全く理由がなく、水俣病患者の切り捨てを今後も強行することであり、とうてい許すことはできません。
 直ちに、関係各県へ過去の棄却者、未検診死亡者について再審査、再調査することを命ずるよう要求します。

6.住民悉皆調査を要求します。

 私どもの申入書に対して環境省は、特措法の規定に則り健康に係る調査研究を実施するための手法の開発を行っている、と回答しています。
 しかし特措法に規定している調査研究は、私どもが要求する内容とはなっておらず、調査地域も最初から「指定地域及びその周辺」と狭く限定しています。
 私どもの要求しているのは、57年間放置された患者全員を救済するために、公健法に基づく認定を医学的・社会的に適正にすることに必要不可欠な、広範囲な住民健康のデータです。
 公健法の適正な認定基準を作成するための目的を、明示・明文化した上で、執行の公正を保証するために第三者を参加、監修させる住民悉皆調査の実施を要求します。

 このような住民悉皆調査の必要性は、政府関係機関においても、過去に繰り返し提言されてきました。
 試しに数例を挙げれば、

@中央公害対策審議会「今後の水俣病対策のあり方について(答申)」1991年11月26日

A水俣病に関する社会科学的研究会「水俣病の悲劇を繰り返さないために」1999年12月

B水俣病問題に係る懇談会「提言書」2006年9月

 等。

 水俣病の被害実態を科学的、疫学的に確認しなければ、適正な施策は不可能です。
 そもそも、水俣病はメチル水銀による集団食中毒事件です。集団食中毒の実態調査方法として、既に法的に確立されており、広汎に利用され実績もある食品衛生法に規定している調査手法を、水俣病の実態把握の手法として活用すべきです。
 食品衛生法に規定する調査方法を活用することに、どのような不具合があるのか、具体的に示して頂きたい。

7.チッソ水俣病関西訴訟の勝訴原告で行政認定された患者に対する、公健法による補償給付を要求します。

 最高裁判決後に行政認定された患者のなかには、公健法による補償給付を要求している方がいます。しかし、熊本県は、環境省の見解が得られないとして、補償給付をしていません。
 この問題に対して環境省は「公健法や補償協定の趣旨、規定に基づき判断されるべきものと理解している」と回答しました。
 しかし、何の経過説明もないまま、申請から既に1年半以上も放置されています。
 法の趣旨、規定について判断することに、1年半もの時間がかかる理由は全くなく、これはひとえに前任の特殊疾病対策室長だった桐生康生氏および大坪寛子氏の職務怠慢によるものです。
 直ちに、公健法の補償給付を望む患者に対しては、補償給付がなされる旨の見解を熊本県に示すよう要求します。

8.特殊疾病対策室長等の業務開示等を要求します。

 環境省は人事は「適切にされている」と回答していますが、57年間の違法行政の放置がある水俣病事件において、わずか1〜2年程度の任期で、事件を正しく認識し水俣病に関する業務を行うことは、物理的に不可能です。
 そこで、2010年3月から本年3月まで3年間の間に、下記4人の室長が就任していますが、各室長時代になした業務を具体的に列挙するよう求めます。

椎葉茂樹 氏
冨澤一郎 氏
桐生康生 氏
大坪寛子 氏

9.南川秀樹氏の2002年国会環境委員会(当時環境保健部長)での答弁の履行を要求します。

 南川秀樹前事務次官が、なすべき事をなさず、国会での約束を放置したままであるのに、環境省が同氏を他部署へ移動させることは、あまりにも無責任な人事です。
 私どもは水俣病溝口訴訟で、1991年中央公害対策審議会水俣病問題専門委員会議事速記録(以下「中公審速記録」)を証拠として提出しています。
 この中公審速記録では、環境省(当時は環境庁)事務局自ら、52年判断条件は「100%医学的な診断基準ではない」と認めているのみならず、委員長の井形昭弘氏自身も「(感覚障害のみの水俣病が)私はあり得ると思うのですが、今までの裁判での主張は、あり得ないと。この報告書にも、あり得ないと書いてあるのです。」「裁判で言われても、私たちは、水俣病と公的には認めない方がいいと思っているのは、水俣病と認めますと、医療費をチッソないし国が持たなければいけなくなりますね。その額はものすごい大きな額になるんです。」と、水俣病患者の救済よりも、自分たちのメンツやチッソや国に負担をかけないことの方を優先していたことを白状しています。
 この中公審速記録について、金子哲夫議員(当時社会党)が2002年11月8日の衆議院環境委員会で質問したのに対して、南川秀樹環境保健部長(当時)は、当人たちに連絡を取り発言内容の確認をとる、と答弁しています。この約束を直ちに履行してください。
 この中公審速記録は、水俣病事件における中公審の果たした患者切り捨てと、環境省がこのお膳立てをしてきたことを明確に示しており、今後も水俣病裁判や歴史検証の中で使用される重要な資料ですので、南川答弁の即刻の履行、その結果の公表を要求します。

以上


○チエ話40添付資料A

2013年8月2日 I氏訴訟弁護団声明

 2013年7月29目付で最高裁第二小法廷は、I氏のチッソに対する補償協定上の地位確認請求を認めず、上告棄却及び上告不受理決定を行った。
 本件を審理した裁判所は、我々が求めたI氏本人はもちろん補償協定立会人である馬場昇氏の証人尋問を一切採用せず、水俣病事件史の実態にあえで目をそむけ、形式的な法令解釈に終始したもので、極めて不当であり、弁護団はこのような決定に強く抗議する。
 本件の原審及び第一審の判決は、いわゆる水俣病関西訴訟においてー定の司法救済を受けた患者は、その後水俣病として行政認定されても、補償協定による補償を一切受けられないとしたものであるが、そうすると水俣病として同じく行政認定を受けた患者であっても、その認定時期によって患者の受給額に約1000万円もの隔たりが生じることになる。しかも、I氏を始め、水俣病関西訴訟の原告は、行政認定の遅れ、あるいは誤った水俣病行政により、行政救済の道が閉ざされていたことから損害賠償請求訴訟を提起せざるを得なかった患者である。認定時期によって水俣病患者が受給できる補償額にこれほど大きな隔たりが生じることを追認する上記最高裁決定が公平及び正義に反するのみならず、あまねく救済をはかった補償協定の歴史的意義に大きく反することは明らかである。
 また行政とチッソはー方で行政認定上の水俣病と司法認定上の水俣病は異なるとことさら差別しながら、本件では司法(関西訴訟判決)によって解決済みと恣意的に使い分けてきたものであり、本件決定はその強弁を是認するものである上、チッソの責任を免罪するものであり、断じて認めることが出来ない。
 今回の判決はあくまでI氏に係るものであるが、弁護団として引続きチッソの責任を追及すると共に、残された公健法上の補償給付請求等を求めて活動していく所存である。

2013年8月2日
 水俣病関西訴訟弁護団
  弁撮士 小野田 学
   同  大川 一夫
   同  田中 泰雄
   同  康 由美
   同  後藤 達哉
   同  佐伯 良祐

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