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溝口訴訟弁護団東京事務局ニュース 2013/11/13

チエの話 (ちえのわ ) (その41)

*認定問題が大きく揺れ動いています。

○下田良雄さんに認定相当の裁決

 国の公害健康被害補償不服審査会は10月25日、下田良雄さんに対する熊本県の認定棄却処分を取り消し、認定相当とする裁決を決定しました。
 下田さんは、現在熊本地裁で審理されている水俣病被害者互助会訴訟の原告でもあります。
 公害健康被害補償不服審査会とは、公健法に基づいて環境省内に設置された機関ですが、有識者による6人の委員からなり、独立性を持っています。大気汚染や水質汚濁、石綿等による公害患者認定に関する当該県の行政処分に、納得がいかない不服のある場合に、審査請求ができます。当事者双方による口頭審理が行われ、その審理は原則公開となっています。
 不服審査会は裁決の理由として、熊本県の認定審査は52年判断条件が挙げる症状の組合せしか考慮せず、四肢の感覚障害のみの水俣病を認めなかったことは、本年4月の最高裁判決の趣旨に反しているとしています。
 さらに県の審理実態に関して、検診録から審査会資料、弁明書への作成過程での転記ミスに触れて「極めて不透明かつ杜撰なものがあると言わざるを得ない」「係る疑念は、水俣病の他の症候の審査会資料等における記載に広がりかねない」と厳しく糾弾しています。
 今回の裁決内容は、1995年政治決着や特措法の対象者にも水俣病認定相当の人々がいることを示しています。また審査会資料に関する疑念に関しては、過去の他の棄却処分者にも指摘されているところです。
 環境省には、現行の認定基準・制度を改めるだけでなく、過去の認定棄却者・未検診死亡者に対する再審査・再調査を実施することが迫られていると言えます。
 しかし、早くも11月1日には谷津龍太郎・環境省事務次官は、裁決は個別事例の判断であり、今の認定基準を変える必要はない、という見解を発表しました。
 誰がなんと言おうと、何が起ころうと、現行の基準・制度を変えないという環境省の姿勢を許してはなりません。(文責:鈴村)


○川上さん夫妻に公健法の適用をせず

 2004年に最高裁勝利判決を勝ち取り、その後行政認定もされていた川上敏行夫妻に対して、熊本県は、公健法に基づく補償をしないことを決定していたことが分かりました。
 既に判決によって補償を受けている、という環境省の理屈(9月に見解を示していた)を受けた判断だという話ですが、裁判によって容認された補償内容が、川上夫妻が長年にわたって受けてきた水俣病による被害を、十分に補ったものでないことは明らかです。
 そもそも川上さん達が裁判を提訴せざるを得なかったのは、公健法の趣旨に反する不当・不適切な認定基準や認定業務運用によって、行政認定の道が閉ざされていたためです。行政の失政のツケを一方的に被害者に課すのは、あまりにも理不尽であり、不正義極まりありません。
 チッソ水俣病関西訴訟の原告で、勝訴確定後に行政認定された方は現在6人いますが、それぞれの立場から、公健法による補償給付か原因企業チッソとの補償協定締結を求めています。
 しかし、同様の理由によって、チッソも補償協定の締結を拒否しています。本年7月には、水俣病の歴史を顧みず、このチッソの主張を認めた最高裁判決が言い渡されました。
 川上さん夫妻は、熊本県に対して異議申立ての手続をしたそうです。今後、司法認定された方々の運動がどのように展開していくのかは、予断を許しませんが、連帯・協力し合って闘っていきたいと思います。(文責:鈴村)


○10.07熊本県交渉報告 鈴村多賀志

 去る10月7日に、最高裁判決後には3回目となる熊本県交渉を熊本県庁内にて行いました。
 今回の交渉では、溝口訴訟弁護団、水俣病被害者互助会、水俣病被害市民の会(水俣病申請者団体)の3団体連名で、論点を5項目に絞った申入書(添付資料)を事前に提出しておき、当日に臨みました。
 7日前後は、熊本県で開催されていた国際水銀条約会議への対応で、患者・市民団体側も多忙を極めていましたが、溝口秋生さんも含め各団体の患者・支援者等、約20名が参加しました。
 熊本県側は、中山・水俣病審査課長、田中・水俣病保健課長、田原・審査課が対応しましたが、発言したのはもっぱら中山課長でした。
 はじめに、今回申入書に対して熊本県側から一通りの回答がありましたが、いずれも、患者の意見は聞けない、肝心なところは環境省に従う、と言うものでした。

<環境省に丸投げの熊本県>

 最高裁判決から半年を経過して、いろいろな立場から、判決に対する解説・評論が発表されています。注目となっている52年判断条件についても、環境省に同情する法学者(例えば原島良成・熊本大大学院法曹養成研究科准教授)も含めて、これは事実上否定されていると解釈するものばかりです。
 この点について問われると中山課長は、判決の解釈については、別の法廷でも争点となっているので法廷外では言及できない、と直接の回答を逃げながら、環境省の見解を繰り返すのみでした。
 そのうえで、認定に関する実務実績の情報を環境省に提供しているが、具体的にどんな情報を上げているのかについては明らかにできない。環境省が「52年判断条件における総合的な検討の具体化」をすると言うから、ひたすら待っているが、環境省がどのようなプロセスで作業を進めているのかについては全く知らない、という、実務者としては全く無責任な返答に終始しました。

<過去の認定審査の実態検証はしない>

 チエさんと同じように、県による検診が終了しないまま死亡し、ろくに病院調査もされず審査された未検診死亡者は、約460人いました。
 7日の交渉では、最高裁判決を踏まえれば当然認定となると考えられる棄却者の事例を挙げ、過去の棄却者に対する再審査、再調査の必要性を訴えました。この中にはチエさんと全く同じ状況・条件の棄却者もいました。
 しかし、中山課長は「情報提供ありがとうございます」と答えるのみで、その先に踏み出す意志を全く見せません。中山課長は、最高裁判決は過去の処分の見直しを要求していないと言いますが、それは争点になっていなかったから触れていないだけです。
 現にチエさんFさんについて過去の処分が間違っていたと言われたのですから、誰から言われるまでもなく、他にも同様のことがなかったか検証するのが実務担当者の責任です。

<熊本県は二重基準を続ける>

 最高裁では、水俣病の認定に関する行政訴訟において、裁判所は、行政の作業過程に問題がなかったかどうかのみを審理するのか、具体的に原告患者が水俣病であるかどうかを審理するのか、が争点となっていました。
 環境省・熊本県は前者を主張していましたが、最高裁はこれを却け、裁判所も原告患者が水俣病か否か判断できるとしました。
 その理由として、水俣病の認定とは水俣病であるか否かという現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為であること、この判断について行政の裁量は認められないこと、を判決で明記しています。つまり最初に認定審査の在り方についても具体的に述べて、そこから今回の結論を導き出しているのです。
 しかし中山課長は、最高裁判決は、行政訴訟における裁判所の審査方法について判断しただけで、裁判所も水俣病の判断ができると言っているだけだと強弁し、熊本県は環境省の決める基準で認定作業を続けると明言しています。
 これは、最高裁判決を恣意的に曲解した上に、今回の2つの訴訟が、県が為した処分を取り消して認定を義務付けたことを無視する理屈です。

<私たちは交渉を粘り強く続ける>

 熊本県に対して、私たちは今後も交渉を続けることを告げて7日を終えました。


<チエの話41 添付資料>

○2013年9月13日付申入書の交渉議題

(1)4月16日最高裁判決の内容解釈
 熊本県は、52年判断条件は否定されていないので現行認定基準の見直しは迫られていない、と最高裁判決を解釈しています。
 しかし、このように最高裁判決を解釈するのは、熊本県と環境省のみであり、日本弁護士連合会緊急提言(6月27日)、日本精神学会声明(7月27日)など、最高裁判決は52年判断条件を実質的に否定していると認識するのが社会的な解釈です。
 そもそも、公健法を適用する水俣病の定義からはじまり、処分庁が認定審査をするときの対象に至るまで、最高裁判決は熊本県の主張をことごとく斥けているのですから、最高裁判決に適合する新たな認定基準の策定が迫られているのは自明のことです。
 問題の52年判断条件についても最高裁判決は、「上記症候の組合せが認められる場合には、通常水俣病と認められるとして個々の具体的な症侯と原因物質との間の個別的な因果関係についてそれ以上の立証の必要がないとするものであり」「多くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとしてその限度での合理性を有する(下線は編者)」と極めて限定された条件下でしか認めていません。
 8月11日発行の判例時報(2188号)でも「同説示は昭和52年判断条件の客観的内容を明らかにしたものであり、これに基づく認定実務自体を評価したものではないことは明らかである。」と解説されているように、最高裁判決における52年判断条件の評価は、福岡高裁判決判示の「52年判断条件は、認定手続における認定判断の基準ないし条件としては、十分であるとはいい難い。」と異なるものではありません。

(2)認定審査会委員への説明
 認定審査会委員へは、最高裁判決のポイントを個別に口頭で説明したのみであり、その日時や当該職員名に関して何の記録も残していない、と中山課長は、7月22日(以下、特に日付を記載しない場合には7月22日)に答弁しています。
 これほど認定審査に大きな影響を与える判決を受けながら、口頭のみでその記録も残さないというのは、最高裁判決を無視して何も見直すつもりはない、という考えを熊本県が最初から持っていたことの、表れ以外の何ものでもありません。
 中山課長が、審査会委員に対して「今までどおりの審査をお願いしたいと考えている」と発言したことにも、その姿勢が端的に表れています。
 これは、水俣病患者の切り捨てを、これからも強行することであり、とうてい許すことはできません。

 熊本県は、認定審査について「一般的定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると医学的に診断することの可否が専ら処分行政庁の審査の対象となり、そのような医学的な診断が得られない場合における個々の具体的な症候と原因物質との個別的な因果関係の有無の詳紬な検討まではその審査の対象となるものではない」という主張を掲げてきました。
 しかし、この主張に対して最高裁判決は、認定とは「客観的事象としての水俣病のり患の有無という現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為」であり、「個々の具体的な症候が水俣市及び葦北郡の区域において魚介類に蓄積されたメチル水銀という原因物質を経口摂取することにより起こる神経系疾患によるものであるという個別的な因果関係が諸般の事情と関係証拠によって証明され得るのであれば、当該症候を呈している申請者のかかっている疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響による特異的疾患である水俣病である旨の認定をすることが法令上妨げられるものではない」と判示して、認定審査のあり方についても、熊本県の主張を完全に否定しています。

 この最高裁判決や、後述の福岡高裁判決での指摘を重く受け止めるならば、認定審査会員に対して正式な説明会を開催し、判決の趣旨、意義を正しく説明、解説しなければならないのは、自明の理です。
 当然ながら、その説明会ついては、開催日時、開催場所、参加者、説明者、当日配付資料、質疑内容等を記載した議事録が作成されて、その議事録は被害者等に開示されるべきものです。

(3)過去の認定審査の実態検証。
 中山課長は、「最高裁判決では言及されていないから、する必要がないと思っている」と発言していますが、言及されていないからといって、熊本県の検証責任が免れている訳ではありません。
 福岡高裁判決では「所定の各症候の組合せを満たさないときには、個別具体的事情を総合考慮することなく棄却の判断に至っていた」「認定されるべき申請者が除外されていた可能性は否定できず」と判示して、過去の認定審査では52年判断条件の4パターンに合致しない申請者は機械的に棄却され、本来認定されるべき人が棄却されていたことを指摘しています。
 この点に関しては、熊本県の主張を全面的に受け入れたFさん訴訟大阪高裁判決でさえ、「このように、認定判断の実情として、52年判断基準が定める症候組合せが認められない場合の検討が十分にはなされてこなかった傾向がある」と判示しています。
 司法という第三者によって、これだけの疑義が出されているにもかかわらず、なんの検証もせず根拠も示さず、過去の認定審査実態には問題はなかったと答弁するのは、溝口チエさんFさんの熊本県の棄却処分を取り消した今回の判決を、重く受け止めている態度ではありません。
過去の認定審査が、公健法の目的・趣旨に照らして適切に実施されてきたか否かの検証を行うことは、法定受託事務の実務者の責務です。環境省の指示を仰ぐ筋のものではありません。

(4)過去の未検診死亡者、棄却者に対する再調査、再審査。
 最高裁判決が「四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はない」と判示したことは、大きな意味があります。
 溝口訴訟で提出された複数の証拠(例えば「水俣病認定審査にかかる判断困難な事例の類型的考察に関する研究」「原田正純医師認定審査会資料手控え書」)で、申請者の8割に四肢の感覚障害があったことが明らかになっています。
 中山課長は、「感覚障害があれば、あったとした」と説明しましたが、チエさんは感覚障害の所見がありながら「民間医の診断書は信用できない」と、熊本県はチエさんの感覚障害の存在自体を否定し続けてきたのであり、中山課長の説明は事実に反します。
 また、たとえ感覚障害が「公的検診」で認められても、「52年判断条件が、メチル水銀の経口摂取により末梢神経の障害を来すものと理解されて運用されたことなどにより、中枢神経傷害説により認定されるべき申請者が除外されていた可能性は否定できず」と、申請者の感覚障害所見が正しく評価されていなかったことを福岡高裁判決が判示しています。
 直ちに過去の未検診死亡者、棄却者に対する再調査、再審査を開始することを要求します。

(5)「52年判断条件における総合的な検討の具体化」作業の中止
 最高裁判決は、水俣病の認定に関して「この点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではない」と判示し、行政が勝手に要件を策定して恣意的な線引きをしてはならない、と断じています。
 直接の当事者である被害者には何の説明もせず、密室で画策を謀るのは、民主主義・法治主義の下における行政官の姿ではありません。

 以上

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