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溝口訴訟弁護団東京事務局ニュース 2013/12/19

チエの話 (ちえのわ ) (その42)

*環境省の抜き打ち通知に警戒と準備を

○11月12日環境省交渉報告  鈴村多賀志

 10月25日に国の公害健康被害補償不服審査会(以下「不服審査会」)は、下田良雄さんを水俣病認定相当とする裁決をしました。
 この裁決を受けて、下田さんの代理人、水俣病被害者互助会、水俣病互助会とともに溝口訴訟弁護団も参加して、環境省交渉を行いました。(別紙資料・要望書)
 環境省側は、小林秀幸・特殊疾病対策室長、飯野暁・企画課長補佐、長谷川学・室長補佐らが出てきました。

<不服審査会裁決は参考扱い>

 不服審査会は、52年判断条件に基づいて認定棄却とした熊本県の処分を取り消し、4月16日の最高裁判決に基づき認定相当と裁決しました。
 この裁決の中で、不服審査会もかつては、Fさん(4月最高裁の勝訴原告)について、52年判断条件に合致していないことを理由に棄却していたことに言及した上で、最高裁判決を受けて「従前の裁決を変更する」ことを委員全員一致の意見で裁決したことを明記しています。
 そして「認定相当」としたことで、熊本県の認定審査会に対しても、今後は最高裁判決に基づいた審査をすることを要求しているのです。
 環境省の52年判断条件固持の姿勢は、4月の最高裁判決に続き、自らが所轄する不服審査会からも否定されたことになります。
 しかし、小林室長は「不服審査会は環境省から独立した組織であり、その裁決は下田さん個別の認定審査についてのみ拘束力を持ち、制度一般やその後の処分庁の運用については拘束力を持たないと解されている。よって、今回の裁決も参考事例である」と発言しました。
 確かに公健法に基づく不服審査会の手続は、具体的には個別処分を扱うものです。しかし、小林室長の見解は、行政処分に対して不服審査会を設置することの根本の意義「国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。(行政不服審査法第1条 法律の趣旨)」を無視した不当な法解釈です。
 また、では最高裁判決と今回の裁決とでは異なるのか、との患者側の質問には、小林室長は明確な返答をすることができませんした。

<改まらない秘密主義>

 認定(判断)条件は、認定制度の根幹に関わるものです。しかし、この重要な事案について(室長の言葉によれば)医学者等を参加させるようなまともな検討会も開かず、環境省の職員のみで、検討過程も秘密にして進めています。
 小林室長は、言葉では「いろんな立場の方の意見も聞く」とは言いますが、少なくとも患者や支援者の意見を誠実に受け止める気がないことは、この間の環境省の対応を見れば明らかです。事実、熊本日日新聞(2013/09/13)の取材に対しては、小林室長は「公開の場で患者ら関係者の意見を聞く考えもない」と答えています。
 繰り返しますが、環境省のこの姿勢は、認定に関して「処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではない」と判示した最高裁判決に反するものです。
 小林室長は、最後まで作業実態やその進行状況を一切明らかにしませんでした。しかし、最近の新聞報道等を見ていると、環境省と関係各県とは、52年判断条件の微調整改定の最終段階に入っているものと考えられます。
 なお私は、これまで水俣病事件では、年末に突然動き出すことが多かった印象を持っていますので、抜き打ち的に通知が出される事態に対する警戒と対応の準備が必要です。

<52年判断条件の補足で済ます>

 メチル水銀曝露と四肢の感覚障害があり、その感覚障害の原因がメチル水銀であることが合理的に推測できるか否か(他疾患との鑑別)という審理を経て、チエさん、Fさん、下田さんは水俣病患者と判断されました。
 最高裁と不服審査会が、特に「52年判断条件に定める症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はない」ことを明言して、審理・判断したことは、環境省や熊本県認定審査会も、この手続を無視できないはずです。
 しかし、11月12日段階になっても小林室長は「一症状のみでは医学的な立証は難しい」、と従来の主張を繰り返し、結局何らかの症状を組み合わせた、第5のパターンを判断条件に付け加えて済ませることを示唆しました。
 小林室長は、52年判断条件の「改定」でなく、「補足」説明になると、明らかにしました。
 問題点を根本的に見直すことをせず、糊塗策の繰り返しでは何の解決にもならないことは、水俣病事件57年間の歴史が証明しています。
 その場さえしのげさえすれば、自分たちはやがて職から離れてしまうという、無責任さしか感じられない答弁が続きました。

<悉皆調査はやらない>

 水俣病被害の実情に合った認定制度を構築するためには、その実態を把握するための不知火海沿岸地域住民の悉皆調査が不可欠です。
 しかし、小林室長は「それができれば苦労はしません。今更やってもメチル水銀の曝露との因果関係はつかめない」と居直りました。
 それでいて、2004年のチッソ水俣病関西訴訟高裁判決後に、潮谷熊本知事(当時)が47万人の住民調査を検討・提案したときに、環境省が「これでは患者の掘り起こしになる」と潰したことについては、口をぬぐったままでした。

<再調査・再審査の必要はない>

 熊本県の認定審査が適切に行われていなかったことは、溝口訴訟福岡高裁判決や裁決書でも繰り返し指摘されています。裁決書では「極めて不透明かつ杜撰なものがある」とまで言われています。ところが、裁決書の指摘について問われた小林室長は「そこの結論に関してコメントする立場にない。我々の見解でもない」と、不服審査会の審理に対して極めて不誠実な返答をしました。
 そして何の根拠も示さず「熊本県認定審査会は、総合的な検討をやっていた」と述べ、「政策判断として再調査・再審査は必要ない、という判断だ」という見解を繰り返しました。
 この見解は明らかに事実に反しています。私たちは、チエさんや下田さんと同例の方々の事例を挙げて、再調査・再審査を一つ一つ迫っていこうと考えています。


○特措法受給者が、手帳を返上して公健法の申請をすることを認めず

 最高裁判決、不服審査会裁決を踏まえれば、1995年政治決着・2009年特措法の受給者に、公健法の対象者と認められる人々がいることは明らかです。このような人々には、改めて正当・適切な補償がされなければなりません。
 しかし、環境省は「特措法による被害者の救済は、地域における紛争の終結と表裏一体。既に受けた給付を返納した場合も、一度終結した紛争を再度起こすこと自体が排除されている」という、特措法の受給者が公健法に移ることを認めない通知を、12月4日付で出しました。
 最高裁判決や不服審査会裁決の影響が広がることを牽制した通知だと考えられます。
 しかし水俣病事件は、人の命にかかわる問題でありながら、原因企業チッソや行政が、一方的に被害実態を矮小化・無視し続けてきた歴史です。この過去の不当・不法な失策に対する責任を棚上げしたまま、まるで対等な企業同士が商権を争っていたかの如く「紛争終結」で幕引きをしようとする加害者たちを、私たちは決して逃がすことはしません。(文責:鈴村)


(チエの話42 添付資料)

要 望 書
環境大臣 石原 伸晃 殿

2013年11月12日
水俣病被害者互助会 会長 佐藤英樹
水俣病互助会    会長 上村好男

 去る10月25日公害健康被害補償不服審査会は下田良雄さんの熊本県の棄却処分を取り消し、認定相当との裁決をおこない、11月1日熊本県知事は下田さんを認定しました。
 4月16日の溝口訴訟及びFさん訴訟2つの最高裁判決を踏まえての今回の裁決は、環境省が棄却処分の根拠としてきた「52年判断条件」の完全な崩壊を意味するものです。15000人余の水俣病被害者を切り捨て続けてきた環境省、熊本県らの棄却処分の誤りであることが明白になりました。
 本来、被害者の速やかな救済のため施行された公害健康被害補償法は、被害者の増大に伴い、被害の全体像を見ることなく、水俣病認定審査会(専門家・医学者)を隠れ蓑にして、被害者切り捨てを続け、政治解決や特措法といったごまかしの処理策を持って、正当な補償を請求する被害者としての権利を奪ってきました。今回の裁決を契機として、私たちは以下の点を要望しますのでご検討ください。

1、52年判断条件を見直し、認定制度の抜本的改革をおこなうこと
 水俣湾・不知火海の汚染された魚介類を摂取したという暴露要件と四肢末梢優位の感覚障害によって、水俣病の認定がおこなえることは、この間の訴訟等で繰り返し指摘されてきましたし、今回の裁決でより明快になりました。医学的根拠のない「52年判断条件」を再度検証し、被害の事実を踏まえた認定審査の抜本的改革に着手してください。

2、最高裁判決及び今回の裁決に従い、認定審査を速やかに実施してください。
 最高裁判決から7か月、環境省は認定基準について「総合的検討」の内容を検討しているといっていますが、その経緯は何も明らかにされず、各県の認定行政はストップしたままです。速やかにその検討状況を明らかにしてください。
 また、認定申請から10年以上経過するのに、未だ審査が進んでいないケースがあります。速やかな検診・審査を実施してください。

3、水俣病認定審査会の責任と改編
 各県知事は水俣病認定にあたり、水俣病認定審査会の意見を聞き、認定の可否を決めています。この間の判決及び裁決では、この審査会の責任も重大です。審査会のありようを検証し、改編に取り組んでください。

4、今回の最高裁判決、裁決を踏まえて、過去の棄却者について処分の見直しをおこなってください。
 過去、水俣病認定審査では1万5千名を超える棄却処分が出されています。今回の最高裁判決、裁決を踏まえて、処分の見直しを検討してください。

5、水俣病審査における問題点について、以下の点を指摘しておきますので、検証をおこなってください。

(1) 小児期・胎児期暴露の被害者には感覚障害がないことがあることは、環境省作成の小児・胎児性の判断条件にも記載のとおりです。この世代の検診・審査の在り方をご検討ください。

(2) 「対象地域」は汚染された不知火海産魚介類が流通したすべての地域と考えるべきかと思います。海岸部の住民はもちろんのこと行商ルートを通じて多食したと思われる山間地域や不知火海沿岸全域についてその調査を求めます。

(3) 1970年以降の暴露についても、へその緒で1ppmを超えるものがあるとのことです。そのような汚染事実を踏まえ、認定業務に反映してください。

6、被害の全容解明・健康調査等の実施
 水俣病被害の全容は未だ解明されていません。問題の本質的解決のためには、全容解明は不可欠な作業です。被害者の意見を入れた不知火海全域の被害調査をおこなってください。

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