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熊本県 申入書 2013年4月24日

2013年4月24日

熊本県知事 蒲島郁夫 殿

水俣病溝口訴訟原告     溝口秋生
上記訴訟弁護団 代表 弁護士 山口紀洋

申 入 書

 4月16日の最高裁判決により、私・溝口秋生の勝訴が確定しましたが、これをもって、私の裁判の目的が達成されたとは考えません。なぜなら、この裁判は私だけのものではなく、すべての未検診死亡者、未認定患者を代表する裁判であり、患者の放置・切り棄てを続ける熊本県の責任を追及するとともに、認定行政を根本から改めさせるのが目的だからです。
 そこで、私は勝訴原告として、熊本県の違法な認定行政をただす責務があると考えますので、以下の申入れを行います。

 溝口訴訟上告審における、4月16日の最高裁判決は、熊本県及び熊本県知事に対して、これまでの水俣病認定行政の全面的・根本的な見直しを求めるものであり、判決の範囲は水俣病認定の法的性質および認定のあり方、さらには認定基準の内容および運用など、認定審査体制全般に及ぶものでした。

 すなわち、熊本県が溝口訴訟で、「救済法は、認定申請者が水俣病にかかっているか否かの判断を一般的定説的な知見に基づく医学的診断に委ねている」「処分行政庁の審査の対象は、一般的定説的な知見に基づいて水俣病にかかっていると医学的に診断することの可否である」旨主張したのに対し、最高裁判所は、「水俣病の認定は、水俣病り患の有無という客観的事実であり、これよりも狭義に限定して解釈すべきではない」と熊本県の主張を明確に否定した上で、「個々の症候と原因物質との因果関係が証明されれば、水俣病と認定すべきである」「水俣病の認定に当たり、病状等の医学的判断のみならず、患者の曝露歴や生活歴および疫学的知見や調査結果などを十分に考慮して総合的に検討すべきである」と判示し、最高裁判決は熊本県の水俣病認定制度に関する理解が根本的に誤っている、と批判しました。
 最高裁の判示の重大性は、いくら強調してもし過ぎることはありません。
何故なら、認定の法的性質、認定のあり方に関する理解は、水俣病認定業務の大前提であるところ、その大前提が誤っていると指弾されたのですから、その誤った前提の上で設定された52年判断条件も、その運用も、直ちに見直さなければならないのは理の必然だからです。

 最高裁判決は具体的に踏み込んで、感覚障害のみの水俣病患者の存在を明確に認めた上に、さらに52年判断条件について、「症候の組合せが認められる場合に水俣病と認定するものであるが、組合せが認められない場合についても、諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し、個々の症候と原因物質との間の因果関係の有無を判断することにより水俣病と認定すべきである」「症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的実証はない」と厳命しています。  従って最高裁判決の判示は、単に、52年判断条件の「運用」のあるべき姿を示し、それに沿った運用に改めるよう求めるものにとどまりません。
 最高裁判決は、水俣病患者のなかで最も多数を占める、従って水俣病の典型的な患者である感覚障害の症状のみを有する患者について、症候の組合せに該当しないから水俣病と認定しないとする52年判断条件が、制度基準として明確に間違っていることを論理的に判示したのです。
 従って、四肢末端優位の感覚障害のみの申請者を、水俣病と認定すべき規定が必要なのです。
 さらに、症候の組合せが認められない場合に、いかに「総合的な検討」を行うべきかについては、52年判断条件にはなんらの記載がないのですから、52年判断条件は明らかに基準として根本的な欠陥があり、従って判決が判示した「総合的な検討」の実施規定を具体的に盛り込んだ内容に改訂すべきであるという判示なのです。

 したがって、県は、最高裁判決に従い、水俣病認定の法的性質および認定のあり方に関する考え方を根本的に改めるべきです。
 そのためには、まず認定審査業務を遂行する認定審査体制の改組を実行しなければなりません。
 その上に立って、52年判断条件を廃止し、疫学のデータを根拠とした適正な基準と適正な運用方法を新たに策定すべきです。

 最高裁判決は以上のような重大問題を、熊本県と環境省とに突きつけているのですから、県知事は真摯にこの事態を認識し、環境省に責任を転嫁するのではなくて、熊本県自身が加害責任者であるという、独立した固有の責任をはたすべく、以下の点の実施をなすことを申し入れます。

1 水俣病事件解決委員会の設置

 熊本県は過去57年間も水俣病事件に関して違法行政を続け、特措法申請者6万5千人余をこれまで放置してきた末に、最高裁判決で断罪されたのです。
 この熊本県の事態は、無責任の極み、無法の極みで、県には自浄作用、自己解決能力がないことを満天下に暴露しました。
 そこで、水俣病に係る認定行政全般について、総合的多角的に問題点を検証し、課題と改善点を提言する機関として、疫学者、法学者、医学者、患者代表、有識者などからなる第三者が構成する水俣病解決委員会を設置すべきです。

2 行政担当者、審査会による説明会の開催

 最高裁判決は、水俣病認定のあり方、処分行政庁の審査の対象について、県側の理解が誤っていることを批判するとともに、52年判断条件の症候組合せに該当しない場合の「総合的な検討」の解釈運用のあり方を明示しました。
 そこでこれらの事態を抜本的に改革するためには、まず過去は何をやっていたのか、その問題点はなんであったのかを、明確にしなければなりません。
 そのために、これらの点につき、県側はいかなる理解をし、いかなる運用をしてきたのか、認定行政の担当者、認定審査会会長が説明すべきです。
 この説明こそが、最高裁判決を下された直接責任者の求められていることなのです。

3 公開討論会の開催

 前項2の説明会は、県の内部的な説明ですが、これに平行して、外部的な視点から、認定のあり方、審査の対象、52年判断条件の内容と運用、認定審査会の審査のあり方など、認定制度全般にわたる点について、熊本県、環境省、患者代表はもとより、医学者、法学者などを交えた公開討論会を開催することが必要です。
 ここでは、福岡高裁判決および最高裁判決について読み合わせによる共通の認識を持つこと、52年判断条件の運用、とくに「総合的な検討」の実態と検討内容の検証、これまでの全ての棄却処分の見直し、とりわけチエをはじめとする未検診死亡者に対する棄却処分の見直しなどをテーマとすべきです。

4 東京交渉の説明会の開催

 4月17日の県交渉で、県知事は、「県は法定受託事務の執行者である」「環境省と協議しなければ回答できない」「環境省の判断を仰ぎたい」と、責任逃れの答弁を繰り返すばかりで、県知事が主体的に判断・行動する姿勢を示しませんでした。
 熊本県は、水俣病事件における加害者の立場にある以上、被害者が加害者と相対で話し合いをして問題の解決を図るという、いわば自主交渉においては、加害者である県は、被害者に誠実に対応する義務を負っています。
 にもかかわらず、県知事が責任逃れの対応に終始する原因は、加害者である自覚が欠落していることに加え、1971〜73年の患者団体とチッソとの東京交渉および補償協定の意義を全く認識していないことにあります。
 そこで、当時立会人を務めた元衆議院議員馬場昇、元熊本県知事澤田一精水俣病市民会議会長日吉フミコらによる、東京交渉の説明会を開催し、県知事がこれら立会人から、直接に当時の事情を聞き、真の水俣病事件解決の要諦を聞き、県知事の水俣病事件認識を改めるべきです。

5 健康被害に係る悉皆調査の実施

 4月16日付の申入書で述べた通り、水俣病公式確認から56年以上を経た今日において、認定をめぐる県の不法がなされて来た根本原因は、環境省および熊本県が食中毒事件である不知火海沿岸住民の健康被害に係る、食品衛生法に基づく悉皆調査を実施しないことにあります。
 すでに、2004年10月の関西訴訟最高裁判決の直後に、当時の潮谷県知事が、環境省に対し、八代海地域に居住歴がある者47万人を対象とした網羅的な悉皆調査を提案しているのです。
 さらに、この問題に関して、前環境省特殊疾病対策室室長大坪寛子氏は、調査方法を57年間検討中である、などという明らかに虚偽違法の発言を続けていました。
 しかし悉皆調査の義務は食品衛生法に極めて具体的に規定されているところであり、調査方法も同法に極めて子細に規定されているところです。
 従って、熊本県および環境省がこれまで悉皆調査の実施を拒否していること事態が、明確に違法なのです。

以上

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