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熊本県 申入書 2013年9月13日

2013年9月13日

熊本県知事 蒲島郁夫 殿
熊本県環境生活部水俣病審査課 御中

水俣病溝口訴訟原告     溝口秋生
上記訴訟弁護団 代表 弁護士 山口紀洋
水俣病被害者互助会 代表  佐藤英樹
水俣病被害市民の会 代表  坂本龍虹
(連絡先)水俣病溝口訴訟弁護団東京事務局
               鈴村多賀志

申 入 書

 去る7月22日に、中山広海水俣病審査課課長出席のもと、溝口訴訟弁護団との交渉が持たれました。  しかしこの交渉によって、熊本県が、4月16日の最高裁判決やこれにより是認された福岡高裁判決を正解していないことが、明白になりました。
 このままでは、熊本県が水俣病を解決する方策を立案・実行することはできず、水俣病による被害がさらに未来に続くことは明らかです。
 よって下記の交渉を要求します。

1 日時:2013年10月7日(月) 15:00〜
2 対応を希望する役職:知事、副知事、環境生活部、関係担当者
3 申入議題

(1)4月16日最高裁判決の内容解釈
 熊本県は、52年判断条件は否定されていないので現行認定基準の見直しは迫られていない、と最高裁判決を解釈しています。
 しかし、このように最高裁判決を解釈するのは、熊本県と環境省のみであり、日本弁護士連合会緊急提言(6月27日)、日本精神学会声明(7月27日)など、最高裁判決は52年判断条件を実質的に否定していると認識するのが社会的な解釈です。
 そもそも、公健法を適用する水俣病の定義からはじまり、処分庁が認定審査をするときの対象に至るまで、最高裁判決は熊本県の主張をことごとく斥けているのですから、最高裁判決に適合する新たな認定基準の策定が迫られているのは自明のことです。
 問題の52年判断条件についても最高裁判決は、「上記症候の組合せが認められる場合には、通常水俣病と認められるとして個々の具体的な症侯と原因物質との間の個別的な因果関係についてそれ以上の立証の必要がないとするものであり」「多くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとしてその限度での合理性を有する(下線は編者)」と極めて限定された条件下でしか認めていません。
 8月11日発行の判例時報(2188号)でも「同説示は昭和52年判断条件の客観的内容を明らかにしたものであり、これに基づく認定実務自体を評価したものではないことは明らかである。」と解説されているように、最高裁判決における52年判断条件の評価は、福岡高裁判決判示の「52年判断条件は、認定手続における認定判断の基準ないし条件としては、十分であるとはいい難い。」と異なるものではありません。

(2)認定審査会委員への説明
 認定審査会委員へは、最高裁判決のポイントを個別に口頭で説明したのみであり、その日時や当該職員名に関して何の記録も残していない、と中山課長は、7月22日(以下、特に日付を記載しない場合には7月22日)に答弁しています。
 これほど認定審査に大きな影響を与える判決を受けながら、口頭のみでその記録も残さないというのは、最高裁判決を無視しして何も見直すつもりはない、という考えを熊本県が最初から持っていたことの、表れ以外の何ものでもありません。
 中山課長が、審査会委員に対して「今までどおりの審査をお願いしたいと考えている」と発言したことにも、その姿勢が端的に表れています。
 これは、水俣病患者の切り捨てを、これからも強行することであり、とうてい許すことはできません。

 熊本県は、認定審査について「一般的定説的な医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると医学的に診断することの可否が専ら処分行政庁の審査の対象となり、そのような医学的な診断が得られない場合における個々の具体的な症候と原因物質との個別的な因果関係の有無の詳紬な検討まではその審査の対象となるものではない」という主張を掲げてきました。
 しかし、この主張に対して最高裁判決は、認定とは「客観的事象としての水俣病のり患の有無という現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為」であり、「個々の具体的な症候が水俣市及び葦北郡の区域において魚介類に蓄積されたメチル水銀という原因物質を経口摂取することにより起こる神経系疾患によるものであるという個別的な因果関係が諸般の事情と関係証拠によって証明され得るのであれば、当該症候を呈している申請者のかかっている疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響による特異的疾患である水俣病である旨の認定をすることが法令上妨げられるものではない」と判示して、認定審査のあり方についても、熊本県の主張を完全に否定しています。

 この最高裁判決や、後述の福岡高裁判決での指摘を重く受け止めるならば、認定審査会員に対して正式な説明会を開催し、判決の趣旨、意義を正しく説明、解説しなければならないのは、自明の理です。
 当然ながら、その説明会ついては、開催日時、開催場所、参加者、説明者、当日配付資料、質疑内容等を記載した議事録が作成されて、その議事録は被害者等に開示されるべきものです。

(3)過去の認定審査の実態検証。
 中山課長は、「最高裁判決では言及されていないから、する必要がないと思っている」と発言していますが、言及されていないからといって、熊本県の検証責任が免れている訳ではありません。
 福岡高裁判決では「所定の各症候の組合せを満たさないときには、個別具体的事情を総合考慮することなく棄却の判断に至っていた」「認定されるべき申請者が除外されていた可能性は否定できず」と判示して、過去の認定審査では52年判断条件の4パターンに合致しない申請者は機械的に棄却され、本来認定されるべき人が棄却されていたことを指摘しています。
 この点に関しては、熊本県の主張を全面的に受け入れたFさん訴訟大阪高裁判決でさえ、「このように、認定判断の実情として、52年判断基準が定める症候組合せが認められない場合の検討が十分にはなされてこなかった傾向がある」と判示しています。
 司法という第三者によって、これだけの疑義が出されているにもかかわらず、なんの検証もせず根拠も示さず、過去の認定審査実態には問題はなかっと答弁するのは、溝口チエさんFさんの熊本県の棄却処分を取り消した今回の判決を、重く受け止めている態度ではありません。
 過去の認定審査が、公健法の目的・趣旨に照らして適切に実施されてきたか否かの検証を行うことは、法定受託事務の実務者の責務です。環境省の指示を仰ぐ筋のものではありません。

(4)過去の未検診死亡者、棄却者に対する再調査、再審査。
 最高裁判決が「四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はない」と判示したことは、大きな意味があります。
 溝口訴訟で提出された複数の証拠(例えば「水俣病認定審査にかかる判断困難な事例の類型的考察に関する研究」「原田正純医師認定審査会資料手控え書」)で、申請者の8割に四肢の感覚障害があったことが明らかになっています。
 中山課長は、「感覚障害があれば、あったとした」と説明しましたが、チエさんは感覚障害の所見がありながら「民間医の診断書は信用できない」と、熊本県はチエさんの感覚障害の存在自体を否定し続けてきたのであり、中山課長の説明は事実に反します。
 また、たとえ感覚障害が「公的検診」で認められても、「52年判断条件が、メチル水銀の経口摂取により末梢神経の障害を来すものと理解されて運用されたことなどにより、中枢神経傷害説により認定されるべき申請者が除外されていた可能性は否定できず」と、申請者の感覚障害所見が正しく評価されていなかったことを福岡高裁判決が判示しています。
 直ちに過去の未検診死亡者、棄却者に対する再調査、再審査を開始することを要求します。

 (5)「52年判断条件における総合的な検討の具体化」作業の中止
 最高裁判決は、水俣病の認定に関して「この点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではない」と判示し、行政が勝手に要件を策定して恣意的な線引きをしてはならない、と断じています。
 直接の当事者である被害者には何の説明もせず、密室で画策を謀るのは、民主主義・法治主義の下における行政官の姿ではありません。

以上

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