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環境省 抗議文 2014年3月28日

2013年3月28日

環境大臣 石原 伸晃 殿
環境省特殊疾病対策室 室長 小林 秀幸 殿

水俣病溝口訴訟原告     溝口秋生
上記訴訟弁護団 代表 弁護士 山口紀洋
(連絡先)水俣病溝口訴訟弁護団東京事務局 鈴村多賀志

抗 議 文

 去る3月7日付で発出された環境省「公害健康被害の補償等に関する法律に基づく水俣病の認定における総合的検討について(通知)」(以下「新通知」)の内容、およびその作成過程は、この新通知を発出するきっかけとなった溝口訴訟、Fさん訴訟の最高裁判決の趣旨を全面的に否定するものです。
 溝口訴訟の当事者として、この新通知に強く抗議し、速やかな撤回を要求します。

1. 3月7日に環境省内で行われたマスコミ記者に対するレクチャーの場において、飯野暁企画課長補佐は、この新通知を作成するにあたって参照した熊本県の認定審査に関する資料は、「総合的検討」によって認定された事例のみであり、棄却された事例は参照していないと、述べています。
 また、事前に熊本・鹿児島の認定審査委員の了承をえていたことを、3月11日の閣議後大臣会見で、小林秀幸特殊疾病対策室長が明らかにしています。
 つまり、新通知は故溝口チエさんを棄却処分にした認定審査の現状をまとめただけ、であることを表明しているのです。
 これは、昨年4月17日の2つの最高裁判決が、現行の認定審査によって認定棄却された申請者が逆転認定された訴訟の最高裁判決であることを、全く無視したものです。
 最高裁判決で、わざわざ「四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病」や、「総合的検討」に言及しているのは、感覚障害が水俣病の中核的な症状であり、認定審査において「総合的検討」が適切に行われていなかったこと、を示しています。
 それを飯野課長補佐は、参照した事例の数も把握せず、感覚障害にも注目せず、棄却された事例も見ずに、今回の新通知を作成したと説明しています。あまりにも杜撰な作業であり、到底、最高裁の趣旨を尊重した対応とは言えません。
 そもそも環境省が主張するように、認定条件に問題がなく、「総合的検討」が適切に行われていたならば、溝口訴訟もFさん訴訟も起きず、昨年10月の下田さん裁決もありません。新通知を作成する必要もなかったはずです。
 過去の認定審査でも「総合的検討」が十分に行われてきたというならば、故チエさん、故Fさん、下田良雄さん、そして御手洗鯛右さん(1997年行政訴訟)、緒方正実さん(2006年行政不服審査)は、何故、認定審査で棄却され、認定を勝ち取るまでに長く困難な闘いを続けなければならなかったのか、これらの方々に対する認定審査の検証と、棄却処分となった原因の究明を求めます。

2. 過去の認定審査の見直しについて、最高裁判決で要求されていない、と環境省は主張しています。
 しかし、認定審査の実態解明に関しては熊本県の上告受理申立て理由書でも、挙げられておらず、最初から最高裁での審理対象とはなっていません。審理対象となっていないことに、最高裁が言及していないのは当たり前のことです。
 また、熊本県は上告受理申立て理由書において、福岡高裁の具体的な事実認識(申請時診断書の信憑性やメチル水銀曝露の程度)に誤りがあり、判断をする前提が間違っていると主張していました。
 しかし、最高裁はこの主張を争点として取り上げませんでした。それは、福岡高裁の事実認定が前提(確定)となると理解するのが常識です。
 それとも小林室長は、判断の前提となる事実認定が間違った判決を下級審が出しても、その判決を是認する判決を最高裁が示すとでも言うのでしょうか。

3. 認定審査の実態について、具体的な証拠に基づいて審理をして判断を示したのは福岡高裁です。その審理結果の上で、福岡高裁は、過去の認定審査の運用が不適切であったと判示しています。
 小林室長も、福岡高裁の指摘を認識していることを表明しています。また、鹿児島県の認定審査についても批判されている(御手洗訴訟福岡高裁判決1997年3月11日確定)ことも環境省・熊本県は認識しているはずです。(例えば、溝口訴訟の第一審熊本県第2準備書面で、御手洗訴訟について「審査会資料を検討し、鹿児島県審査会が症侯のあてはめを誤って答申をしたとして処分が取り消されたのであり」と理解していると記載している。)
 これらの司法による指摘を認識しているのにもかかわらず、熊本・鹿児島両県の認定審査に問題がなかったと、あえて主張する小林室長は、福岡高裁の裁判官は判断を誤っている、ウソをついている、という認識なのでしょうか。
 過去の認定審査の実態については、今後も裁判等での争点となると考えられますので、環境省としての明確な回答を求めます。

4. 私たちは、既に故チエさんと同じ事例があることを示しています。小林室長も、2013年11月12日の交渉時に、この情報を熊本県から得ていることを認めていました。
 ならば、同じ条件の申請者について、何故、認定と棄却に分かれるのか、他にも故チエさんと同じような事例がなかったのか、棄却された事例についての再調査・検証をすることが、認定業務の委託者としての責任がある環境省職員が最初にする作業です。
 熊本県は「これが行政処分としてされるものである以上、判断の公平性、連続性、統一性が求められ、どの公務員が処理しても同様の事例については同一の結論に至る」(溝口訴訟第一審熊本県第6準備書面)と明言しています。
 飯野課長補佐が(総合検討をしてきたと)胸を張れるのならば、私たちが示した事例についても、故チエさんとの差異を説明できなければなりません。そうでなければ、環境省や熊本県が盛んに繰り返す「公平性、連続性、統一性」という言葉を信頼することはできず、納得できません。

5. 新通知の個別具体的内容についても抗議します。
 新通知では、申請者にメチル水銀曝露に関して、汚染当時の血中や尿、臍帯のメチル水銀値のデータなど「客観的資料」を申請者が示すことを要求しています。
 劇症型のみが水俣病と言われ、正しい水俣病像を知らされなかった当時に、自身の体内メチル水銀値を検査をした人がどのくらいいたでしょうか、また半世紀以上も前のデータが残っている人がどのくらいいると言うのでしょう。新通知は、申請者に不可能を要求しています。
 特に水俣病の初期症状である四肢の感覚障害は、いつ始まったのか本人でも自覚できず、また、地域全体でメチル水銀汚染を受けていた水俣では、周囲の人々も同様な症状であるため、それが病的なものであることを認識できなかったことを、多くの方が語っています。そんな中で、当時わざわざ、血中濃度を検査しに医療機関にいった人がいたと言うのでしょうか。
 本人でもはっきり自覚できない地域汚染の状況を把握し、本人の「客観的資料」を得るためには、食品衛生法に基づく悉皆調査をしなければ得られません。
 メチル水銀曝露に関する「客観的資料」が残っていないのは、国・熊本県が未だかつて、まともな住民調査をしたことがないことに、全ての原因があります。溝口訴訟でも、病院調査を放置し医学資料を散逸させた責任を、熊本県は故チエさんに押しつけようとしました。
 しかも、申請者がようやくの思いで、関係資料を集めてきても、今度はそれに難癖をつけて、「信用できない」「客観的」ではないと否定してきたのが、いままでの認定審査のやり方でした。

 この問題については、チッソ水俣病関西訴訟の大阪高裁判決(2001年4月27日)で、「曝露を受けた水銀量については、曝露直後の毛髪などが採取されていないから毛髪水銀量の検査によることはできないところ、そのことににつき原告らには何の責任もない。したがって、今となっては、住居期間、魚介類の摂取量などについては原告らの陳述(本人尋問、陳述書など)によるしかない。」と明記されて、確定しています。

6. 新通知では、申請者の暴露状況の指標として、地域や家族内での公健法による認定患者の存在状況を挙げていますが、1995年政治決着や2009年特措法の受給者の存在を無視しています。
 1995年政治決着や2009年特措法の対象者は、「通常起こり得る程度を超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性」があり、県が指定した医療機関により四肢の感覚障害など水俣病に見られる症状が認められ、かつ他の疾病によるものでないことが確認されている人々です。
 溝口訴訟、Fさん訴訟を踏まえれば、これらの人々は、本来公健法による水俣病の認定を受けるべき人々です。
 申請者のメチル水銀曝露の推定をするにあたって、申請者の居住地域や家族に、これらの人々の存在も公健法による認定患者と同等に扱われるようにしなければ、両訴訟の最高裁判決を尊重した、などと発言することは許されません。

7. また、漁業従事者が「魚を多食することになりやすい職業」と記述しており、言外に漁業関係者でなければ魚を多食しないとでも言いたげです。
 現に、故チエさん、故Fさん、下田さんは、当時漁業従事者ではなく、熊本県は、それを理由にメチル水銀曝露を否定してきました。
 では、環境省は、昭和30年代の不知火海沿岸住民の食卓には、何が並んでいたと言うのでしょうか。例えばチッソの職員だったら肉食が主体だったと言うのでしょうか。ちょっと常識を働かせれば分かる話です。
 豊かな漁場に恵まれていた不知火海沿岸の食文化について一顧だにしない、霞ヶ関の机上の空論以外の何ものでもありません。

8. 新通知では、水俣病が発症する時期はメチル水銀曝露から半年から1年程度であり、水俣湾周辺の高濃度汚染は1969年には終了しているとしています。つまり1970年以降に水俣病患者が発生することはない、と言うことになります。
 まず、新通知が根拠としている1991年の中央公害対策審議会答申は、環境省(当時環境庁)のお手盛りによる医学的根拠のないものであることが、情報開示された会議速記録で分かっています。

 なお、この会議速記録について、環境省はその信憑性について疑義を挟み、2002年の国会環境委員会において、当時環境保健部長だった南川秀樹氏が、中公審委員当人に確認をとる、と約束をしていますが、未だにその報告がありません。
 よい機会ですので、調査結果の報告を求めます。

 さらに発症時期の問題は、当の中公審答申でも数年後に発症が把握された事例があることが報告されており、さすがに新通知でも無視をすることはできなかったのか、「通知案」の時にはなかったものが、言い訳程度に触れています。
 法的には2004年の最高裁判決において、曝露停止から4年、ということが確定しています。
 なお、曝露の停止時期についても科学的な根拠があるわけではありません。1968年にチッソからの垂れ流しは止まりましたが、海に広がったメチル水銀が、不知火海やそこで生きる魚介類から撤去されたわけではありません。
 また実際には、地域全体、家族ぐるみで汚染されていた状況では、感覚障害について他人と比較し自覚することができず、その発症時期については本人でも分からないことが多く、福岡高裁判決でも「メチル水銀のばく露と症状の発生の関係は明らかではなく、発症の時期とそれが判明しあるいは診断される時期とが一致するわけではないことや、チエの四肢末端優位の感覚障害のように、いわゆる慢性の症状に分類されるものであり、本人が自覚しにくいものであること、そして、それらの時期に関する認識が正確なものかも定かではない場合があることなどを併せ考えると、チエの四肢末端優位の感覚障害の発症が、メチル水銀のばく露との関係で矛盾があるということはできない。」と正しく判示されています。

9. 未検診死亡者の民間医学資料の扱いについては、溝口訴訟でも最も重要な争点だったものであり、この問題に関して福岡高裁の判断を覆すような通知が作成されることは、信じられません。
 溝口訴訟では、診察の時期、回数にかかわらず、医師が責任をもって作成し、署名捺印をする診断書には、十分な信憑性があるとされました。
 現に、県の認定業務においては、主治医でもない検査者が数回の検診を行うのみで作成した資料を基に審査をしています。
 小林室長は、「主治医(民間)の診断書と、公的な法定検診との位置づけの違いがある」と発言しています。しかし、申請者の疫学条件を抜きして検査科目ごとに機械的な検診をして、各検査結果をバラバラに記載するのみで検査者の氏名さえも明らかにできない「公的な」検診資料などには、なんら信憑性が認められないと、27年も前から司法の糾弾を受けています。(1987年3月30日水俣病第3次訴訟熊本地裁判決)
 ちなみに、認定審査委員を務めた医師のとった所見(例えば三嶋功元認定審査会委員長)ならば、どういう位置づけになるのか、明快な回答を求めます。

10. 新通知の「留意事項」に関しては、冒頭に述べたように強く抗議し、撤回を要求します。
 もし「留意事項」を付けるならば、

1.過去の棄却処分者のなかにも、故チエさんや故Fさんと同様な申請者がいなかったのかの検証を、最後の一人についてまで行う。

2.政治決着、特措法の受給者も、申請時の資料を活用し、公健法に基づく認定審査を積極的に行う。

 という事項こそ加えるべきです。

 4月2日の水俣病被害者互助会との交渉には、溝口訴訟弁護団も同席し、新通知発出に対して抗議するとともに、環境省の福岡高裁判決に対する認識、南川氏の調査報告などに対する回答を求めます。

以上

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