国側意見書20140512
平成26年（行ス）第19号 仮の差止め申立却下決定に対する抗告事件
（本案：平成26年（行ウ）第49号 水俣病認定基準通知の差止め請求事件）
（原決定：東京地方裁判所平成26年（行ク）第31号）
抗告人 佐藤 英樹
相手方 国及び熊本県
平成26年５月12日
東京高等裁判所第２民事部 御中
相手方国及び同熊本県指定代理人
東京法務局訟務部行政訟務部門
副部長 鈴木 秀孝
部付 堤 正明
部付 中野 康典
部付 川﨑 慎介
部付 田野倉 真也
上席訟務官 中島 伸一郎
訟務官 下宮 浩幸
訟務官 曽我 寛
被告国指定代理人
環境省総合環境政策局環境保健部
企画課
課長 菊池 英弘
課長補佐 黒川 陽一郎
課長補佐 飯野 暁
企画課特殊疾病対策室
室長 小林 秀幸
室長補佐 井口 豪
室長補佐 長谷川 学
訴訟専門官 澤田 勝弘
主査 村松 悠子
被告熊本県訴訟代理人
弁護士 斉藤 修
弁護士 山野 史寛
被告熊本県指定代理人
熊本県
環境生活部
政策審議監 田代 裕信
首席審議員（兼水俣病審査課長） 中山 広海
環境生活部水俣病審査課
政策監 山口 喜久雄
審議員 田原 英介
課長補佐 津川 知博
課長補佐 坂本 誠也
主幹 右田 省二
主幹 高濱 信介
参事 野田 暢紀
主事 三藤 由佳
第１ 平成26年（2014年）３月13日付け即時抗告申立書の抗告の趣旨（ただし、同月27日付け即時抗告理由書（以下、「本件即時抗告理由書」という。）による変更後のもの）に対する答弁
１ 本件抗告を棄却する。
２ 抗告費用は抗告人の負担とする。
第２ はじめに
１ 事案の概要
本件は、いわゆる水俣病に罹患したとして、熊本県知事に対し公健法に基づき、水俣病の認定申請をした抗告人が、本件通知に基づいて水俣病の認定をした場合、抗告人が水俣病と認定される可能性がなくなるなどと主張し、相手方国に対しては、環境大臣が本件通知を取り消すことの義務付けを求め（以下「本件義務付けの訴え」という。）、相手方熊本県に対しては、熊本県知事が本件通知に基づく認定審査（以下「本件認定審査」という。）及び認定申請棄却処分（以下「本件棄却処分」という。）をすることの差止め（以下、本件認定審査の差止めを求める訴えを「本件認定審査の差止めの訴え」、本件棄却処分の差止めを求める訴えを「本件棄却処分の差止めの訴え」といい、両訴えを併せて「本件各差止めの訴え」という。）をそれぞれ本案（東京地裁平成26年（行ウ）第49号。以下「本件各本案訴訟」という。）として、行訴法37条の５第１項、第２項に基づき、本件通知の取消しにつき仮に義務付け、本件認定審査及び本件棄却処分につき仮に差し止めるとの決定を求める事案である（以下、本件通知の取消しを仮に求める部分を「本件仮の義務付けの申立て」、本件認定審査の差止めを仮に求める部分を「本件認定審査の仮の差止めの申立て」、本件棄却処分の差止めを仮に求める部分を「本件棄却処分の仮の差止めの申立てといい、これらの申立てを併せて「本件各申立て」という。）。
２ 相手方らの意見の要旨
仮の義務付け及び仮の差止めの申立てが認められるためには、手続的要件として、①適法な義務付けの訴えないし差止めの訴えが提起されたこと、②①の本案訴訟を提起した原告による申立てであり、本案訴訟の被告を相手方としていること、実体的要件として、③償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があること、④本案について理由があるとみえるときであること（以上につき、行訴法37条の５第１項、第２項）、⑤公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときではないこと（同法37条の５第３項）を要する。
しかしながら、本件通知の取消しは行訴法３条６項１号の「処分」に当たらず、本件認定審査も同条７項の「処分」に該当しないから、本案訴訟である本件義務付けの訴え及び本件認定審査の差止めの訴えはいずれも不適法であって上記要件①を満たしていない。また、本件各申立ては、いずれも上記要件③を満たさない。
したがって、本件各申立てが認められる余地はなく、本件申立てを却下した原決定は正当であるから、本件抗告は棄却されるべきである。
以下、詳述する。
第３ 本件義務付けの訴え及び本件認定審査の差止めの訴えはいずれも処分性のない行改庁の行為の義務付けないし差止めを求めるものであって不適法であり、本件仮の義務付けの申立て及び本件認定審査の仮の差止めの申立ても不適法であること
１ 本件通知を取り消す行為は「処分」に当たらないこと
抗告人は、本件通知は「処分」に当たるから、本件通知を取り消す行改庁の行為も「処分」に当たると主張するようである（本件即時抗告理由書第２の２(2)ア（７ページ）、本件各本案訴訟が係属する東京地方裁判所に抗告人が提出した平成26年（2014年）３月27日付け第２準備書面「以下「抗告人第２準備書面」という。）第２の１(2)（３ページ）、同様に抗告人が提出した同日付け第１準備書面（以下「抗告人第１準備書面」という。）第２（２ないし13ページ））。
しかしながら、相手方の原審における意見書第３の３(2)及び(3)（７ないし９ページ）で述べたとおり、本件通知は、公健法に基づく水俣病の認定事務について、所管行攻庁である環境省が関係各都道府県知事及び政令市市長に対して、同法の解釈、運用の指針を示したものであって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を何ら伴うものではないから、処必性は認められない（最高裁昭和43年12月24日第三小法廷判決（民集22巻13号3147ページ、最高裁平成24年２月９日第一小法廷判決・民集66巻２号183ページ参照）。また、環境大臣が本件通知を取り消す行為についても、行政機関相互における内部行為にすぎず、同様に処分性は認められない（最高裁昭和34年１月29日第一小法廷判決・民集13巻１号32ページほか参照）。
２ 本件認定審査は「処分」に当たらないこと
抗告人は、本件通知は処分に当たるから、本件認定審査も処分に当たると主張するようである（本件即時抗告理由書第２の３(2)ア（９ページ）、抗告人第２準備書面第３の１(2)（10ページ）、抗告人第１準備書面第２（２ないし13ページ））。
しかしながら、前記１で述べたとおり、本件通知が処分に当たらないことは明らかである。
この点をおいたとしても、公健法に基づく水俣病認定事務において都道府県知事が行う認定審査とは、認定申請に対する許否の判断に際して都道府県知事が行う公健法４条２項の要件充足性判断そのものを意味し、何ら国民の権利義務を形成したり、その範囲を確定するものではない。かかる理は、本件認定審査についても同様である（認定審棄を踏まえて行われる都道府県知事の認定処分ないし棄却処分が、国民の権利義務を形成し、その範囲を確定するものである。）。
したがって、本件認定審査は、「処分」に当たらない。
３ 小括
以上のとおり、本件義務付けめ訴え及び本件認定審査の差止めの訴えはいずれも処分性が認められない行攻庁の行為の義務付けないし差止めを求めるものであって不適法であるから、本件仮の義務付けの申立て及び本件認定審査の仮の差止めの申立てはいずれも不適法である。
第４ 償うことのできない損害を避けるための緊急の必要性がないこと
１ 償うことのできない損害の意義
仮の義務付け及び仮の差止めは、裁判所が、本案判決前に暫定的に行政庁が具体的な処分を命じたり具体的な処分をしてはならない旨を命じることによって、本案訴訟の結集と同じ内容を仮の裁判で実現するものである。そこで、行訴法37条の５第１項及び第２項は、仮の義務付け及び仮の差止めについて、本案訴訟である非申請型の義務付けないし差止めの要件である「重大な損害を生ずるおそれ」（行訴法37条の２第１項、同法37条の４第１項）よりも厳格な要件を定め、本案判決を持っていたのでは「償うことのできない損害」を生ずるおそれがあり、これを避けるために緊急の必要がある場合でることを要件としている。
そして、この「償うことのできない損害」とは、金銭賠償のみによって損害を甘受させることが社会通念上著しく不合理と評価される程度の損害である必要がある（南博方＝高檎滋編・条解行攻事件訴訟法〔第３版補正版〕676ぺージ、宇賀克也・改正行政事件訴訟法〔補訂版〕161ページ）。強制執行の停止の要件を定めた民事訴訟法403条１項１号及び２号でも、「償うことのできない損害」との用語が用いられているが、これは、単に賠償が困難であるにとどまらず、それが不能又はそれに近い状態をいい（齋藤秀夫ほか編・注解民事訴訟法(11)［第２版］201、208ページ）、金銭にて償うことができない損害、又は債権者の財産状態では償うことができない巨大な損害が生ずるような場合を指すとされており（石川明ほか編・注釈民事訴訟法(9)367ぺージ）、行訴法上の仮の差止めめ申立てにおいても同様に解されるべきである。
また、この「償うことのできない損害」については、本案訴訟による救済の可能性の有無及び程度、財産的なものか非財産的なものかなどといった損害の性質及び程度並びに対象となる処分の内容及び性質をも勘案して判断することとなるが、申立人以外の者が受ける損害を考盧することはできない（前掲条解行政事件訴訟法676ページ）。
なお、かかる損害は、「処分又は裁決がされないことにより生ずる」ものであること（行訴法37条の５第１項）、あるいは、「処分又は裁決がされることにより生ずる」ものであること（同条２項）を要する。
２ 本件各申立ての当ではめ
抗告人は、本件通知が取り消されないことにより、本件認定審査が行われ、本件棄却処分がされるところ、そめ後同処分の取消訴訟を提起したとしても、認定されるまでに時間がかかる上、その間に症状はますます悪化し、生命及び健康に関わる損害を被るなどとして、本件各申立てについて、いずれも償うことのできない損害を避けるため緊急の必要性があると主張するようである（本件即時抗告理由書第２の２(2)ウ及び第２の３(2)ウ（７及び９ページ））。
しかしながら、抗告人が主張する「生命又は健康に関わる損害」とは、抗告人の主張を前提としても、水俣病にり患していることを原因とするものであって、「処分又は裁決がされないことにより」、あるいは、「処分又は裁決がされることにより」生ずるものではない。また、抗告人の主張する損害は、要するに補償を受けられないということに尽きるのであって、かかる損害が、金銭賠償によって償うことが可能であることは明らかである。
したがって、本件各申立ては、行訴法37条の５第１項ないし第２項の「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることという要件も満たさないから、理由がない。
第４ 結語
以上によれば、本件仮の義務付けの申立て及び本件認定審査の仮の差止めの申立ては不適法であり、かつ、本件各申立てには理由がないから、本件申立てを却下した原決定は正当であって、本件抗告は棄却されるべきである。
以上