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東京地裁判決20140808

平成26年8月8日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成26年(行ウ)第49号 水俣病認定基準通知の差止め請求事件

判 決

当事者の表示  別紙当事者目録記載のとおり

主文

1 本件各訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

1 被告国(処分行政庁は環境大臣)は、環境省総合環境政策局環境保健部長が平成26年3月7日付けで発出した「公害健康被害の補償等に関する法律に基づく水俣病の認定における総合的検討について(通知)」(環保企発第1403072号。以下「本件通知」という。)を取り消せ。

2 被告熊本県(処分行政庁は熊本県知事)は、原告が平成17年5月2日付けで熊本県知事に対してした公害健康被害の補償等に関する法律(以下「公健法」という。)に基づく水俣病に係る認定申請について、本件通知に基づき認定審査及び処分を実施してはならない。

第2 事案の概要

 本件は、水俣病に罹患したとして平成17年5月2日付けで熊本県知事に対して公健法に基づく水俣病の認定申請(以下「本件認定申請」という。)をした原告が、本件通知は違法であって、本件通知に基づいて認定審査がされると原告が水俣病と認定される可能性がなくなるなどと主張して、@被告国に対し、行政事件訴訟法3条6項1号に基づき、環境大臣が本件通知を取り消すことの義務付けを求めるとともに(以下「本件義務付けの訴え」という。)、A被告熊本県に対し、行政事件訴訟法3条7項に基づき、熊本県知事が本件認定申請について本件通知に基づき認定審査をすること及び処分をすることの差止めを求める(以下「本件差止めの訴え」という。)事案である。

1 関係法令の定め

 公健法4条2項は、第二種地域(事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ、その影響により、当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり、かつ、当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域。同法2条2項)の全部又は一部を管轄する都道府県知事は、当該第二種地域につき同法2条3項の規定により政令で定められた疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき、公害健康被害認定審査会(以下「認定審査会」という。)の意見を聴いて、当該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行うと定めている。そして、同法の委任を受けた公健法施行令第1条及び別表第二が、公健法2条2項の政令で定める地域及び同項に規定する疾病を定めているところ、このうち、原告に関するものは、同表四欄の「熊本県の区域のうち、水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち、出水市の区域」における「水俣病」である。
 なお、公健法4条2項の規定により都道府県又は同条3項の政令で定める市が処理することとされている事務は、地方自治法2条9項1号に規定する第一号法定受託事務である(公健法143条の2)。

2 前提事実(後掲各証拠(提出予定の書証の写し)により容易に認定できる事実)

(1) 原告は、平成7年10月12日、熊本県知事に対し、公健法に基づく水俣病の認定申請(1回目)をしたが、平成8年9月17日。同申請は棄却された。
 原告は、平成11年10月4日、熊本県知事に対し、公健法に基づく水俣病の認定申請(2回目)をしたが、平成13年11月16日、同申請を取り下げた。
 原告は、平成17年5月2日、熊本県知事に対し、公健法に基づく水俣病の認定申請(3回目。本件認定申請)をしたが、同申請に対する処分はされていない。(甲1・4枚目)

(2) 環境省は、従前、公健法に基づく水俣病の認定審査の基準として「後天性水俣病の判断条件について」と題する通知(昭和52年環保業第262号環境庁企画調整局環境保健部長通知。以下「昭和52年判断条件」という。)を発出していた。昭和52年判断条件は、四肢末端の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害などの症候は、それぞれ単独では一般に非特異的であると考えられるので、水俣病であることを判断するに当たっては、高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが、有機水銀に対する一定のばく露歴を有する者であって、感覚樟害がありかつ運動失調が認められること等の特定の症候の組合せがある者については、通常、その者の症候は、水俣病の範囲に含めて考えられるとするものであり、水俣病の認定実務は、従前、この判断条件に従って行われてきた。(甲2、4)

(3) その後、水俣病の認定申請棄却処分の取消し及び認定の義務付けを求める2件の訴訟について、最高裁が平成25年4月16日に言い渡した判決(最高裁平成24年(行ヒ)第245号同25年4月16日第三小法廷判決・民集67巻4号1115頁、最高裁平成24年(行ヒ)第202号同25年4月16日第三小法廷判決・集民243号329頁)において、水俣病の認定審査における総合的検討の重要性が指摘されたことを受け、環境省は、これまでの認定審査の実務の蓄積等を踏まえて、昭和52年判断条件にいう総合的検討の在り方を整理した上、関係各都道府県知事及び政令市市長に対し、今後の公健法に基づく水俣病の認定審査における指針とするため、本件通知を作成し、平成26年3月7日、本件通知を発出した(甲4、10)。
 本件通知は、昭和52年判断条件に示された症候の組合せが認められない場合についても、同条件に基づき、認定申請者の有機水銀に対するばく露及び認定申請者の症候並びに両者の間の個別的な因果関係の有無等を総合的に検討することにより、水俣病と認定し得ることを述べた上で、総合的検討の内容として、個々の認定申請者の状況に応じて確認、判断等することが望ましい項目、総合的検討における資料の確認の在り方、留意事項を示すものである(甲10)。

3 争点

 被告は、答弁書を提出し、本件各訴えについて、いずれも不適法であると主張して却下を求めている。したがって、本件の主たる争点は、@本件義務付けの訴えの適法性、A本件差止めの訴えの適法性である(なお、争点に関する原告の主張の要旨は後記第3の1(1)ウ、2(1)ウ、(2)ウに記載のとおりである。)。

第3 当裁判所の判断

1 本件義務付けの訴えの適法性について

(1) 処分性の有無について

ア 行政事件訴訟法3条6項1号に基づく義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされない場合において、行政庁がその処分をすべき旨を命ずることを求めるものであるとされている。そして、義務付けの対象である「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。

イ 前記前提事実によれば、本件通知は、公健法の所管行政庁である環境省が、関係各都道府県知事及び政令市市長を名宛人として、第一号法定受託事務である公健法に基づく水俣病の認定事務について、公健法の解釈、運用の指針を示すためのものであり、その内容は、前記前提事実(3)の最高裁判決を受けて、昭和52年判断条件にいう総合的検討の具体的な内容等を整理して示すものである。そして、個々の認定申請者との関係では、関係各都道府県知事又は政令市市長が本件通知を踏まえてその水俣病認定申請に対する認定又は棄却処分をした場合に、その時点で初めて認定申請者の権利義務に直接影響を及ぼす行政処分がされるに至ると解される。そうすると、本件通知は、行政機関相互における内部行為にすぎず、直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定する効果を伴うものではないから、本件通知は処分には当たらないというべきであり、本件通知を取り消す行為もまた義務付けの対象である「処分」には当たらないというべきである(最高裁昭和43年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3147頁、最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁参照)。

ウ(ア)原告は、水俣病め認定制度は、個々の患者による認定申請、県による疫学調査・公的検診、県知事の認定審査会に対する諮問と認定審査会の県知事に対する認定審査結果の答申、答申を踏まえた県知事の処分という各種行政の行為の組み合わせにより一つのメカニズムが形成されているものであるから、本件通知の処分性の判断に当たっては、関連する仕組み全体を解釈し、行政活動がどのようなメカニズムにより形成されているかを把握した上で当該行為をそのメカニズムの中に位置付け、その意味と機能を把握することにより、当該行為が国民の法的地位にどのような効果を及ぼすかといういわゆるメカニズム解釈を適用して判断すべきであり、上記アのような従来の行政処分の定義を機械的に当てはめて判断することは最高裁平成17年7月15日第二小法廷判決・民集59巻6号1661頁、同年10月25日第三小法廷判決・集民218号91頁に違反する旨主張する(原告第1準備書面第2の2(1)及び(2)、原告第3準備書面第2の1)。
 しかしながら、上記の各判決は、医療法上は行政指導として規定されている病床数削減の勧告につき、その健康保険法の規定に基づく保健医療機関の指定に及ぼす効果等に着目して処分性を肯定したものであるところ、上記の各判決の事案と本件とでは、@上記勧告は、都道府県知事が病院を開設しようとする私人に対してしたものであるのに対し、本件通知は、環境省が関係各都道府県知事及び政令市市長を名宛人としてしたものである点、A上記勧告は、特定の私人に対して病院の開設自体の中止又は削減すべき病床数を具体的に指摘するものであるのに対し、本件通知は、水俣病の認定審査の基準を一般的に記載するものにすぎない点、B上記勧告は、後続する処分とは別に存在する行政指導であるのに対し、本件通知は、水俣病の認定に関する処分それ自体において用いられる内部基準を通知するものである点、C上記勧告は、これに従わない場合は、その運用の実情に照らし、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定自体が受けられないか、又は削減を勧告された病床を除いてしか保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものであるのに対し、本件通知は、それを受けてなされる審査の具体的な運用がいかなるものとなるかについては今後の問題である点において、事案を異にするものであって、本件において上記の各判決の考え方を適用することは適切ではないといわざるを得ない。したがって、上記原告の主張を採用することはできない。

(イ)また,原告は,本件通知の違法性を現時点で争うことができなければ、違法性が明確な本件通知を未然に排除することができず、本件通知により著しい損害を被り、迅速・適正な審査、認定及び補償を受ける法的利益の実効的な救済を図ることができないから、本件通知を取り消す行為には処分性が認められるべきである旨主張する(原告第1準備書面第2の3)。  しかしながら、原告は、仮に本件認定申請を棄却する処分がされたとしても、当該処分の取消訴訟を提起し、本件通知を踏まえた当該処分の適法性を争うことができるから、本件通知を取り消す行為が処分に当たらないと解したとしても、争訟方法の観点から権利利益の救済の実効性に欠けるところがあるとはいえない。したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

(2) 以上のとおりであるから、本件義務付けの訴えは不適法であり、かつ、その不備を補正することができないというべきである。

2 本件差止めの訴えの適法性について

(1) 処分性の有無について

ア 行政事件訴訟法3条7項に基づく差止めの訴えは、行政庁が一定の処分をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分をしてはならない旨を命ずることを求めるものであるところ、差止めの対象である「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(上記1(1)ア)。

イ 公健法に基づく水俣病の認定事務において、熊本県知事は、水俣病にかかっていると認められる者の申請に基づき、認定審査会の意見を聴いた上で認定審査を行い、当該疾病が第二種地域(熊本県の区域のうち、水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち、出水市の区域。同法2条2項、同法施行令1条、別表第二、四欄)に係る水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行うとされているところ(同法4条2項)、熊本県知事が行う上記認定は、国民の権利義務を形成し、その範囲を確定するものとして、処分に当たるというべきであるが、熊本県知事が行う認定審査は、上記認定をする前提としての審査検討を行うという事実行為であって、行政庁の意思決定過程における内部行為にとどまり、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではないから、差止めの対象である「処分」には当たらないというべきである。

ウ 原告は、県知事が行う認定審査のうち、認定審査会が県知事に対して認定審査結果(意見)を答申するという過程につき、認定審査会が行う認定審査は、県知事の処分内容を実質的に決定しており、県知事の処分内容は認定審査会の認定審査に拘束されるという関係にあるから、認定審査会が行う認定審査は、県知事の処分と一体のものとして処分に当たる旨主張する(原告第3準備書面第2の2(2))。
 しかしながら、県知事が、公健法4条2項の認定を行うに際し、認定審査会の意見を尊重することが多いとしても、公健法の規定上、県知事が行う上記認定が認定審査会の意見に拘束される関係にあるということはできないし、認定審査会の認定審査という事実行為も、県知事が行う上記認定の意思決定過程における内部行為にとどまり、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではないから、上記原告の主張を採用することはできない。

(2) 重大な損害を生ずるおそれの有無について

ア 差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することがでぎるとされている(同法37条の4第1項)。そして、行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずるのは、国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から、そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要性がある場合であることを要するものと解される。
 したがって、同項にいう「重大な損害を生ずるおそれ」とは、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分をされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である(最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁参照)。

イ 公健法4条2項に基づく認定がされた場合、被認定者は、その認定に係る被認定者の認定疾病について、療養の給付及び療養費、障害補償費等の健康被害に対する補償のため支給される公健法による給付(以下「補償給付」という。)を受けることができるとされているところ(同法3条、19条、25条等)、本件認定申請は、このような補償給付を受ける前提となる公健法4条2項に基づく認定という利益処分を求めるものであるから、仮に本件認定申請を棄却する処分がされた場合であっても、原告は、補償給付を受けることができないというにとどまり、これによって当該処分がされる前の状態に比して何らかの不利益を課されるものではない。そうすると、本件認定申請に対する処分については、当該処分がされた後に取消訴訟等を提起することなどにより容易に救済を受けることができず、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難であるものと認めるに足りない。

ウ 原告は、本件認定申請に対して本件通知に基づく処分(棄却処分)がされた場合、取消訴訟等を提起したとしても、認定がされるまでには長期間を要し、過大な負担を余儀なくされ、この間公健法あるいはチッソとの補償協定に基づく補償を受けることができないのに加え、症状がますます悪化し、生命及び健康にかかわる損害を被るから、重大な損害が生ずるおそれがある旨主張する(原告第2準備書面第3の1(4)、原告第3準備書面第2の3(2))。
 しかしながら、原告の主張を前提にしても、認定がされるまでに長期間を要し、過大な負担を余儀なくされること、あるいは補償給付を受けることができないことによる損害は、本件認定申請に対する認定がされない状況が継続することによって生じるものであるから、本件認定申請に対する処分の差止めにより本件認定申請に対する認定がされない状況を作出することによって救済を受けることができる性質のものではない。したがって、 原告の上記主張は採用することができない。

(3) 以上のとおり、本件差止めの訴えは、熊本県知事が、本件認定申請について、本件通知に基づく認定審査をすることの差止めを求める部分については、差止めの対象となる認定審査が処分に当たらないことから不適法であり、本件通知に基づく処分をすることの差止めを求める部分については、重大な損害を生ずるおそれがあるものと認めるに足りないから不適法であり、かつ、これらの不備を補正することができないというべきである。

3 結論

 よって、本件各訴えは、いずれも不適法であり、その不備を補正することができないから、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法140条を適用して、口頭弁論を経ることなく却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官 谷口 豊
裁判官    横田 典子
裁判官    下 和弘

当事者目録
原告        佐藤 英樹
同訴訟代理人弁護士 山口 紀洋

東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告       国
同代表者法務大臣 谷垣 禎一

熊本市中央区水前寺六丁目18番1号
被告     熊本県
同代表者知事 蒲島 郁夫

被告両名指定代理人 鈴木 秀孝
          堤 正明
          中野 康典
          川ア 慎介
          田野倉 真也
          中島 伸一郎
          下宮 浩幸
          曽我 寛

被告国指定代理人 菊池 英弘
         黒川 陽一郎
         飯野 暁
         小林 秀幸
         井口 豪
         長谷川 学
         澤田 勝弘
         村松 悠子

被告熊本県訴訟代理人弁護士  斉藤 修
               山野 史寛

被告熊本県指定代理人 田代 裕信
           中山 広海
           山口 喜久雄
           田原 英介
           津川 知博
           坂本 誠也
           右田 省二
           高濱 信介
           野田 暢紀
           三藤 由佳

 以上

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