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2014年5月16日

東京地方裁判所 御中

訴  状

事件名 食品衛生法に基づく水俣病の法定調査等の義務付け行政訴訟等請求事件

原告                佐藤 英樹
原告訴訟代理人兼書類受領所 弁護士 山口 紀洋
原告代理人補佐人 行政書士     平郡 真也

被告 国  代表者 法務大臣 谷垣 貞一
処分行政庁 厚生労働大臣 田村 憲久

被告 熊本県 代表者 熊本県知事 蒲島 郁夫
処分行政庁 熊本県知事      蒲島 郁夫
処分行政庁 水俣保健所長     児玉 修
処分行政庁 天草保健所長     池田 洋一郎

 原告は、食品衛生法58条及び同60条等に基づき、行政事件訴訟法37条の2で定める義務付けの訴え、同訴訟法第39条で定める当事者訴訟、国家賠償法に基づく訴え等の請求事件を、以下の通り提起する。

原告訴訟代理人 弁護士  山口 紀洋
同代理人補佐人 行政書士 平郡 真也

目次

第1節 請求の趣旨

第2節 請求の理由

第1 はじめに・・・請求の理由の骨子

第2 当事者の立場

第3 食品衛生法58条及び同60条に基づく被告らの調査、報告実施の義務

1 食品衛生法58条に基づく調査、報告の目的、内容、手続き

(1) 調査、報告の目的

(2) 届出、調査、報告の内容、手続き

2 食品衛生法60条に基づく国から都道府県知事への調査、報告実施の要請

3 食品衛生法58条及び60条に基づく食中毒事件の調査、報告の意義

(1) 調査による食中毒に関するデータの収集と、疫学理論に基づく原因究明

(2) 被害実態の把握、被害拡大防止策の実施

第4 被告国・熊本県、保健所長らの過去の水俣病事件への対応は、明らかに食品衛生法に違反していること

1 被告らは、水俣病事件が食中毒事件であることを認識していたこと

2 被告県は、食品衛生法58条第2項に基づく調査、報告を行っていないこと

(1) 食品衛生法58条第2項に基づく調査項目を示す文書

(2) 伊藤水俣保健所長の調査拒否

3 被害拡大防止策の懈怠

(1) 被告らは水俣病事件に食品衛生法を適用しなかったこと

(2) 被告らは、現在も食品衛生法に基づく被害拡大防止策を講じていないこと

(3) 被告らのチッソの排水に対する規制権限の不行使が違法であること

4 本人申請主義の適用、調査・報告に基づかない患者認定基準の策定、これによる患者の放置・切り捨て

(1) 被告らは、通常の食中毒処理をすべきだったのに、認定制度を導入したこと

ア 認定制度導入による弊害

イ 本人申請主義を盾にした通常の食中毒処理の排除

(2) 被告らはデータに基づかない違法な52年判断条件を策定し、これを水俣病の認定基準として適用したこと

ア 法定調査に基づく適正な認定基準を策定すべきであること

イ データに基づかない52年判断条件の策定とその適用が誤っていること

ウ 52年判断条件の撤廃を求める最高裁判決と、これを無視する環境省通知

(3) 52年判断条件による患者放置・切り捨ての実態

ア 1995年の政治解決における1万人の対象者

イ 水俣病関西訴訟最高裁判決と認定申請者の急増

ウ 特措法における6万5千人の申請者

エ 被告らの患者放置・切り捨ての実態

5 小括

第5 本件義務付けの訴えは訴訟要件を満たし適法な訴えであること

1 義務付けの訴えにおける訴訟要件

2 処分該当性

3 「一定の処分」の特定性

4 原告適格

5 「重大な損害を生ずるおそれ」

6 補充性

第6 本件義務付けの訴えは本案勝訴要件を満たすこと

1 義務付けの訴えにおける本案勝訴要件

2 本件義務付けの訴え(請求の趣旨第1項及び第2項)について

3 本件義務付けの訴え(請求の趣旨第3項)について

4 本件義務付けの訴え(請求の趣旨第4項)について

5 本件違法確認の訴え(請求の趣旨第5項乃至第8項)について

6 本件国家賠償法の訴え(請求の趣旨第9項)について

第7 結語

第3節 証拠

第4節 添付資料

第1節 請求の趣旨

1 水俣保健所長及び天草保健所長は、食品衛生法58条第2項に基づき、1956年から現在までの、管轄区域における食中毒患者である水俣病患者発生について、政令所定の調査を行うとともに、熊本県知事に対し、政令所定の報告を行なえ。

2 水俣保健所長及び天草保健所長は、食品衛生法58条第4項に基づき、熊本県知事に対し、同条第2項に基づき実施した調査の結果につき、政令所定の報告を行なえ。

3 熊本県知事は、食品衛生法58条第3項及び第5項に基づき、厚生労働大臣に対し、1956年から現在までの、熊本県内の食中毒患者である水俣病患者発生について、政令所定の報告を行なえ。

4 厚生労働大臣は、食品衛生法60条に基づき、熊本県知事に対し、期限を定めて、1956年から現在までの、熊本県内の食中毒患者である水俣病患者発生について、調査、報告を行うよう求めよ。

5 水俣保健所長及び天草保健所長が、食品衛生法58条第2項に基づき、1956年から現在までの、管轄区域における食中毒患者である水俣病患者発生について、政令所定の調査を行なわぬこと、熊本県知事に対し、政令所定の報告を行なわぬことが、違法であることを確認する。

6 水俣保健所長及び天草保健所長が、食品衛生法58条第4項に基づき、熊本県知事に対し、同条第2項に基づき実施した調査の結果につき、政令所定の報告を行なわぬことが、違法であることを確認する。

7 熊本県知事が、食品衛生法58条第3項及び第5項に基づき、厚生労働大臣に対し、1956年から現在までの、熊本県内の食中毒患者である水俣病患者発生について、政令所定の報告を行なわぬことが違法であることを、確認する。

8 厚生労働大臣が、食品衛生法60条に基づき、熊本県知事に対し、期限を定めて、1956年から現在までの、熊本県内の食中毒患者である水俣病患者発生について、調査、報告を行うよう求めぬことが違法であることを、確認する。

9 被告国及び被告熊本県は、各自、原告に対して、金10万円及び本訴状到達の日から支払いに至るまで、年5分の割合による金員を支払え。

との判決を求める。

第2節 請求の理由

第1 はじめに・・・請求の理由の骨子

1 水俣病事件は、チッソ水俣工場が排出したメチル水銀に汚染された魚介類を摂食することにより起こる食中毒事件である。
 1956年5月の水俣病発生の公式確認後、今日まで2,275人が行政認定されているが(2013年9月30日現在、熊本及び鹿児島県関係)、これは患者全体のごく一部にすぎない。後述の2009年成立の特措法による申請者は約6万3千人(熊本県及び鹿児島県関係)にのぼり、諸研究では実際の患者数は20万人にも達するといわれている。
 しかし、被告らは、これまで水俣病事件に食品衛生法を適用せず、とくに食品衛生法58条(旧27条)及び同60条で義務付けられた調査、報告を行っていないため、公式確認後58年が経っても摂食者数、患者数、死者数を含む被害実態を把握していない。そればかりか被告らは、本人申請主義をはじめ、食品衛生法所定の調査結果に基づかない52年判断条件を適用した認定制度により、患者の放置、切り捨てを続けている。そのために、20万人近い患者らは現在も、水俣病の罹患すら確定せず、治療・救護から放置されている。
 本件原告についても、食中毒である水俣病に罹患しているにもかかわらず、被告らは、政令所定の食中毒調査票作成の手続をとっていないため、本件原告を食中毒患者と診定せず、また水俣病患者と認定もしていない。
 そこで、原告は20万人の患者代表として、本訴訟において、裁判所が「第1節 請求の趣旨」で述べた各処分を実施すべきである旨命ずること及び違法確認並びに国家賠償を求めるものである。

2 以下、原告は、原告の請求には理由があることにつき、当事者の立場(第2)、食品衛生法58条及び同60条に基づく被告らの調査、報告実施の義務(第3)、被告らの過去の水俣病事件への対応は明らかに食品衛生法に違反していること(第4)を述べた上で、原告の本件義務付けの訴えは、行政事件訴訟法37条2第1項及び第3項の訴訟要件を満たすので適法な訴えであること(第5)、同法37条の2第5項の本案勝訴要件を満たすこと(第6)を主張し、原告の請求には理由があるから請求が認容されるべきである旨の結論(第7)を述べる。
 なお、略称につき、食品衛生法施行令を「施行令」又は「政令」、食品衛生法施行規則を「施行規則」、公害健康被害の補償等に関する法律を「公健法」、(旧)公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法を「救済法」、「後天性水俣病の判断条件について」(昭和52年環保業第262号)(甲第1号証)を「52年判断条件」、行政事件訴訟法を「行訴法」という。

第2 当事者の立場

1 原告佐藤英樹は、幼少期からチッソ株式会社水俣工場が排出したメチル水銀により汚染された魚介類を多食し水俣病に罹患した(甲第2号証)。しかし、これまで一度も食品衛生法上の調査を受けず、従って、食中毒患者と診定されていない。そのため、公健法に基づき、熊本県知事に対して水俣病に係る認定申請をしたが、水俣病患者と認定されていない(1995年10月12日付の認定申請は棄却、1999年10月4日付の申請は取下げ、200年5月2日付の申請は未処分)。

2 そして、言うまでもなく、水俣病被害地域である不知火海沿岸地域において食品衛生法上の調査を実施するよう求める声は、1956年以降現在まで、地元住民、地元市議会、熊本県、国の組織・研究会、学会等から多数挙がっている(本書35ないし36頁参照)。
 現に、調査を切望し原告となる希望者は多数にのぼるので、後日、原告希望者リスト(不知火海汚染地域に居住する住民)を提出する。

3 請求の趣旨第1項及び第2項における食品衛生法58条第2項及び第4項に基づく調査、報告をすべき行政庁は、水俣保健所長及び天草保健所長である。そして、水俣保健所及び天草保健所は、地域保健法5条に基づき熊本県が設置した機関であるから、水俣保健所長及び天草保健所長は熊本県に所属する。よって、請求の趣旨第1項及び第2項における被告は、行訴訟38条第1項が準用するとしている同11条第1項に基づき、処分をすべき行政庁である水俣保健所長及び天草保健所長が所属する熊本県である。
 請求の趣旨第3項における食品衛生法58条第3項及び第5項に基づく報告をすべき行政庁は熊本県知事であり、熊本県知事は熊本県に所属する。よって、請求の趣旨第3項における被告は、行訴法38条第1項が準用するとしている同11条第1項に基づき、処分をすべき熊本県知事が所属する熊本県である。
 請求の趣旨第4項における食品衛生法60条に基づき、熊本県知事に対し調査を求めるべき行政庁は厚生労働大臣であり、厚生労働大臣は国に属する。よって、請求の趣旨第3項における被告は、行訴法38条第1項が準用するとしている同11条第1項に基づき、処分をすべき厚生労働大臣が所属する国である。

4 食品衛生法第58条の規定により都道府県が処理することとされている事務は、地方自治法2条9項1号に規定する第一号法定受託事務である(食品衛生法69条第1項)ことから、被告国は、食品衛生法58条に基づく調査、報告を被告熊本県に委託している委託者であり、被告熊本県はこれの受託者である。

5 そもそも、水俣病事件において、被告国・熊本県は、水俣病事件の発生・拡大を引き起こし、さらに水俣病患者の放置・切り捨てを続ける加害者であることが、2004年水俣病関西訴訟最高裁判決で確定している(甲第3号証)。

第3 食品衛生法58条及び同60条に基づく被告らの調査、報告実施の義務

1 食品衛生法58条に基づく調査、報告の目的、内容、手続き(『新訂早わかり食品衛生法第5版』、甲第4号証参照)

(1) 調査、報告の目的

 食品衛生法58条は、食中毒に関して医師、保健所長及び都道府県知事等の届出、調査、報告の義務について定めている。このような義務を課しているのは、食中毒が集団的に発生することから、その処置いかんでは、被害者の救済、事故の拡大の防止等人命に影響するところが大きいこと、食中毒防止のための行政の適正な運営方針の基礎資料を得る必要があることのためである。
 具体的な届出、調査、報告の内容・手続きについては、食品衛生法、施行令、施工規則、食中毒処理要領、食中毒調査マニュアル、食中毒統計作成要領等に詳細に規定されている。

(2) 届出、調査、報告の内容、手続き

ア 第1項関係(医師の届出)
 食中毒患者又はその疑いのある者(以下「食中毒患者等」という。)を診断又は検診した医師は、24時間以内に保健所長に、「医師の住所及び氏名」、「食中毒患者の所在地、氏名および年齢」、「食中毒の原因」、「発病年月日及び時刻」等を文書、電話又は口頭により届け出なければならない(施行規則72条)。

イ 第2項関係(保健所長の調査、都道府県知事等への報告)
 保健所長は、前項の医師からの届出を受けたとき、その他食中毒患者等が発生していると認めたときは、@疫学的調査(原因となった食品等及び病因物質を追及するための調査)、A細菌学的又は理化学的試験(食中毒患者等の血液、ふん尿等又は原因となった食品等に対して科学的手段によって行う検査)を行う(施行令36条)。
 また、保健所長は、調査開始と並行して速やかに事件探知の第1報を都道府県知事等に対して行わなければならない。さらに、保健所長は、第1報の後についても、調査の実施状況を逐次、都道府県知事等に報告しなければならない(施行令37条第1項)。
 ところで、厚生労働省は施行令36条等に関して、「食中毒処理要領」(昭和39年7月13日付環発第214号別添、甲第5号証)を作成し、調査の内容を示している。その中で「X 調査 2 原因の追求」では、「原因食品及び病因物質の追求は、食中毒処理の基本であり、事後の措置の大部分を決定するものである。食中毒調査を容易かつ正確にするためには、食中毒発生あるいは発生の疑い情報入手直後において、速やかに調査に着手し、調査に必要な資料の収集、検体の採取などにあたらなければならない。」、「現場では、まず食中毒患者等、死者を詳細に調査し、これを発生月日時別、症状別、性別、年齢別、職業別、摂食食品別、給水別、入手系路別等に分類統計し、次の事項について観察すること。」とした上で、「症候学的観察」、「食中毒患者等の検査」、「死体解剖」、「原因 食品の疫学的調査(原因食品の推定には後ろ向きコホート研究又は症例対照研究により分析することが望ましい)」、「販売系統の疫学的調査」、「試験検査」、「施設及びその運営状況並びに従業者の健康状態」、「総合的判断」を挙げている。
  さらに、厚生労働省は、「食中毒調査マニュアル」(平成9年3月24日付衛食第85号別添、甲第6号証)を作成し、「W 調査 2 患者等、喫食者および関係者の調査」では、特に、症候学的調査(対象者の発症の有無、症状、発症年月日、既往歴等の確認)及び喫食状況調査の具体的方法を示している。また、「X 調査結果の検討とその対応」では、原因食品の推定及び決定について、「患者集団とコントロール集団の喫食状況を調査すること。(リスク比、オッズ比、信頼区間、カイ2乗検定などにより、原因食品を推定すること)」としている。
 なお、食中毒患者等の発症状況や症状、原因食品の喫食状況、患者の排泄物等の検査結果、患者診定の結果等は、食中毒調査票(様式第1、甲第7号証)に記録される。

ウ 第3項関係(都道府県知事等の厚生労働大臣への報告)
  都道府県知事等は、第2項の規定による保健所長からの第1報を受けた後、一定の事件については、直ちに厚生労働大臣に「食中毒発生速報」(別記、甲第8号証)に規定する事項を報告しなければならない。
  この第3項による都道府県知事等から厚生労働大臣に対する速報の対象事件は、「食中毒患者が50人以上発生し、又はその疑いがあるとき」、「当該中毒により死者又は重篤な患者が発生したとき」、「当該中毒の患者等の所在地が複数の都道府県にわたるとき」、「当該中毒の発生の状況等からみて中毒の原因の調査が困難であるとき」など(本項及び施行規則73条)である。
  また、都道府県知事等は、厚生労働大臣への速報を行った事件については、保健所長から逐次報告される事項のうち一定の事項を、逐次、厚生労働大臣に報告しなければならない(施行令37条第2項)。この報告をすべき事項は、「患者の所在地及び医師による届出の年月日」、「患者等の数及び症状」、「中毒の原因となり、又はその疑いのある食品等及びその特定の理由」、「中毒の原因となり、又はその疑いのある病因物質及びその特定の理由」など(施行規則74条)である。

エ 第4項関係(調査終了後の保健所長から都道府県知事等への報告)
 保健所長は、食中毒事件の発生について、第2項の規定により、都道府県知事等に第1報を行い、その後も逐次報告しなければならないほか、調査終了後においても、都道府県知事等に速やかに報告しなければならない。
 本項の報告書は、次の2つが定められている。@「食中毒事件票」(様式第14、甲第9号証)、A都道府県知事等が第3項の速報を行った事件については「食中毒事件票」及び「食中毒事件詳報」(施行規則75条第2項)(施行令37条第3項及び施行規則75条第1項)。

オ 第5項関係(調査終了後の都道府県知事等から厚生労働大臣への報告)
 第4項に規定による保健所長からの報告を受けた都道府県知事等は、厚生労働大臣に報告しなければならない。
 本項の報告書は、次の2つが定められている。@「食中毒事件調査結果報告書」(様式第15、甲第10号証。月ごとに保健所長から受理した第4項の食中毒事件票を取りまとめて提出するもの)、A都道府県知事等が第3項の速報を行った事件については「食中毒事件調査結果報告書」及び「食中毒事件調査結果詳報」(別記様式1、甲第11号証。第4項の「食中毒事件詳報」を受理した後、同内容にて作成し直ちに提出するもの)(施行令37条第4項及び施行規則76条)。
 厚生労働省では、これらの報告をもとに、全国的な年別の食中毒事件録を作成している。

カ 食中毒調査票、食中毒事件票、食中毒調査結果報告書の具体的な記入要領については、「食中毒統計の報告事務の取扱いについて」(平成6年12月28日付衛食第218号)別添の「食中毒統計作成要領」(甲第12号証)に規定されている。

2 食品衛生法60条に基づく国から都道府県知事への調査、報告実施の要請

(1) 国がその適正な対処を確保する必要がある大規模・広域食中毒について、危害の発生防止のため緊急を要する場合は、国が都道府県知事等に対して期限を定めて、調査をし、調査の結果を報告するよう要請することができるとするものである。

(2) なお、大規模食中毒とは、食中毒患者が500人以上発生し、又は発生するおそれがある食中毒である(施行規則77条)。広域食中毒の広域とは、都道府県の区域を超えることを想定している。      また、法60条の「食中毒の原因を調査」とは、法58条第2項の規定による保健所長による調査と同内容の調査とされている(甲第4号証)。

3 食品衛生法58条及び同60条に基づく食中毒事件の調査、報告の意義

(1) 調査による食中毒に関するデータの収集と、疫学理論に基づく原因究明

ア 食中毒が発生した場合、保健所長は、喫食調査と症状調査によるデータ収集(食中毒調査票による個々の患者の診定と、患者の症状及び喫食状況に関する情報収集)を行う。

イ 保健所長は、データ収集と並行して、仮説の形成(たとえば、「症例に共通する食事は仕出し料理であるから、B仕出し屋が調理した料理を原因食事とする食中毒である」)と、仮説の検証(原因食品として疑われる食品を喫食した人と、しなかった人が調査可能であるときに、喫食した人<曝露群>と喫食しなかった人<非曝露群>の発症状況を比較する後ろ向きコホート研究。リスク比、オッズ比、信頼区間による分析)を行う。
 これら一連の作業により、原因食品の特定と、原因食品の喫食による症状の解明、当該症状が原因食品の喫食によるものである蓋然性(確率)の定量的把握、原因食品の喫食と症状との因果関係の判断がなされる。

(2) 被害実態の把握、被害拡大防止策の実施

ア 保健所長は、原因食品を食べ症状を発症した患者を掘り起し、喫食調査および症状調査を行うとともに、食中毒患者と診定する。そして、その調査結果を食中毒調査票に記録する。これらの作業により、保健所長は、個々の食中毒患者の確認と、被害実態把握のための基礎データを作成する。

イ 保健所長が作成し都道府県知事等に提出する食中毒事件票、食中毒事件詳報、さらに都道府県知事等が作成し厚生労働大臣に提出する食中毒事件調査結果報告書、食中毒事件調査結果詳報に基づき、当該食中毒事件の被害実態(摂食者数・患者数・死者数等)が把握される。

ウ さらに、保健所長又は都道府県知事等は、被害拡大防止策として次のような措置を講じる。

・ 原因食品の販売・使用の禁停止命令(法6条)

・ 原因食品の廃棄命令(法54条)あるいは行政当局自らの手による原因食品の処理(食中毒処理要領「Y 措置 1.(2)」)

・ 司法責任を追及するための告発(食中毒処理要領「Y 措置1.(3)」)

・ 原因施設の改善命令及び原因施設の営業の禁停止命令(法56条)

・ 一般消費者に対しては宣伝広報を用いて積極的な公表(食中毒処理要領「Y 措置1.(2)」)、地域住民への必要な情報提供(食中毒調査マニュアル「Y 措置1.(7)」)

第4 被告国・熊本県、保健所長らの過去の水俣病事件への対応は、明らかに食品衛生法に違反していること

1 被告らは、水俣病事件が食中毒事件であることを認識していたこと

(1) 被告らの水俣病認識の経過(宮澤信雄『水俣病事件四十年』、甲第13号証参照)

ア 昭和31年11月3日、熊本大学医学部研究班の第1回研究報告会「水俣地方に発生せる原因不明の中枢神経系疾患に関する中間報告」

・ ウイルス、細菌などによる伝染性疾患ではない、

・ ある種の重金属、マンガンが疑われる、

・ 魚介類摂取によるものと考えられる、

・ 魚介類の汚染の原因として、チッソ水俣工場廃水が疑われる、との報告があった

イ 昭32年1月25,26日、国立公衆衛生院で厚生省設置の厚生科学研究班の第1回報告会

・ 奇病は魚介類を食べることによる重金属中毒であることを確認。

・ 水俣湾魚介類の摂食禁止が話し合われる。

ウ 昭和32年2月26日、熊本大学医学部研究班の第2回研究報告会

・ 水俣病は主として脳がおかされる中毒性脳症で、その毒は水俣湾魚介類の中にあることは間違いない、

・ 水俣湾内の漁獲を禁止するか、食品衛生法4条2項を適用する必要がある、と確認された。

エ 昭和32年3月29日、静岡県からの回答「貝中毒に対する措置の概要について」(3月15日の県衛生部長の照会に対して)

・ 昭和24年の浜名湖アサリ貝食中毒事件に食品衛生法を適用し、採取禁止措置をとったところ患者発生は止んだ、との回答があった。

オ 昭和32年3月頃から、伊藤水俣保健所長は猫7匹に水俣湾内の魚介類を投与する実験を始めたところ、1匹の猫は投与開始後10日目で発症した。この実験によって、水俣病は水俣湾産の魚介類を摂食することにより発症することがはじめて科学的に実証された。

カ 昭和32年7月12日、国立公衆衛生院で水俣奇病研究発表会(厚生科学研究班第4回報告会)

・ 水俣病は「中毒性脳症であって、水俣湾産魚介類を摂食することによって発病する」という公式発表があった。

キ 昭和33年3月、厚生省公衆衛生局環境衛生部食品衛生課編「昭和31年 全国食中毒事件録」(甲第14号証)

・ 「原因食品 水俣湾内産魚介類」、

・ 「本症は水俣湾内である種の科学毒物によって汚染を受けた魚介類を多量に摂取することによって発症する中毒性疾患」との記載がある。

(2) 以上の経過から、被告らは、遅くとも昭和32年1月の時点で、水俣病は水俣湾産の魚介類を摂食することにより発症する食中毒であること、つまり、水俣病事件は食中毒事件であり、その原因食品は水俣湾産の魚介類であることを認識していた。
 しかし、以下に述べる通り、被告らは水俣病事件について、本来の食中毒事件処理と反する処理を行っている。

2 被告県は、食品衛生法58条第2項(当時の食品衛生法では27条第2項)に基づく調査、報告を行っていないこと

(1) 食品衛生法58条第2項に基づく調査項目を示す文書

ア 昭和32年1月25日の厚生科学研究班の第1回報告会には、国立公衆衛生院が「熊本県水俣地方に発生した一中枢神経系疾患に関する調査研究報告書(記述要領案)」(甲第15号証)を提出している。
 また、この記述要領案のひな型と考えられるのが、「水俣奇病疫学調査について」(甲第16号証)である。この文書は、国立公衆衛生院疫学部の松田、宮入両技官が昭和31年11月27日から同年12月3日にかけて、水俣現地で疫学調査を行った際の調査項目を記している。

イ この2つの文書に記載された調査項目は、食品衛生法58条第2項に基づき保健所長が行なうこととされている調査の具体的内容を示す「食中毒処理要領」及び「食中毒調査マニュアル」の調査項目に該当する。よって、水俣保健所長は、この2つの文書に記載された項目の調査をする義務を負っていた。

(2) 伊藤水俣保健所長の調査拒否

ア しかし、伊藤熊本県衛生部長(元水俣保健所長)は、1969年6月の県議会で「一斉検診は技術的に不可能で意味がない。申請すれば審査、門戸は開かれている」と答弁し(甲第17号証)、理由にならない点を挙げ調査を拒否した。

イ また、伊藤水俣保健所長は、「水俣奇病疫学調査について」(甲第16号証)に関し、「今後、私、保健所が主になっていろいろやる場合には、こういうふうな方法で進んだほうがよかろうというサジェスチョンと言いますか、そういう指導というふうにとっていいと思います」と認識しておきながら、「(これを具体的に実行しなかったんですね)しておりません」、「そういうサジェスチョンがあっても保健所としての機能、それから能力、その面でそういうことをやっていくことが不可能だと、いずれにしても技術的な面につきましては大学におんぶされるよりほかなかったわけです。」と、同文書に記載された内容の調査を実行しなかったと証言している(チッソ刑事事件での1978年1月25日の伊藤証言、甲第18号証)。
 しかし、食中毒処理要領には、「事件が重大で規模が大きく、また複雑であって、技術的に若しくは人的にも不足がある時、又は2つ以上の保健所の管轄区域にわたるときは、都道府県等に応援を求めることが必要である。都道府県等は、保健所より応援を求められたとき、又は状況を判断して応援が必要と認める時は、担当職員を派遣し、対策と調査の迅速化を図ると共に関係機関連絡調整に努めなければならない。」(甲5号証4頁)と明記されている通り、伊藤保健所長が調査を実施する意思さえあれば、必要な調査実施の体制を組むことができたことに照らせば、上記の伊藤証言は、もともと伊藤所長が調査を実施する意思を持ち合わせておらず、最初から調査を放棄していたことを示すものである。

3 被害拡大防止策の懈怠

(1) 被告らは水俣病事件に食品衛生法を適用しなかったこと

ア 食品衛生法不適用が決定されるまでの経過(甲第13号証参照)

・ 昭和32年1月25,26日の厚生科学研究班の第1回報告会につづき、2月26日の熊本大学医学部研究班の第2回報告会でも、漁獲禁止措置が必要との結論が出た。

・ 昭和32年3月15日に、熊本県衛生部が静岡県衛生部に対し浜名湖貝中毒事件について照会したところ、同年3月29日、静岡県衛生部から、昭和24年の事件に食品衛生法を適用し採取禁止措置をとった旨の回答があった。

・ 昭和32年7月12日、水俣奇病研究発表会(厚生科学研究班第4回報告会)で、水俣奇病は「中毒性脳症であって、水俣湾産魚介類を摂食することによって発病する」と公式発表があった。報告会の後、厚生省の尾村環境衛生部長と熊本県の守住公衆衛生課長は今後の行政措置について打ち合わせをし、報告会の結論を県知事に伝えて、食品衛生法適用の方向で進めようと合意した。

・ 昭和32年7月24日、熊本県第2回水俣奇病対策連絡会議で、蟻田重雄県衛生部長は「食品衛生法第4条2項の規定を発動して、水俣湾産魚介類を販売し、又は販売の目的をもって採捕、加工等をすることを禁止する必要があると思う。」旨述べ、協議の結果、「食品衛生法により、販売の目的をもってする採捕を禁止する区域を告示する。」ことを決定した。

・ 昭和32年8月16日、熊本県は、厚生省公衆衛生局長あてに「該当海域に生息する魚介類は海域を定めて、有害又は、有毒な物質に該当する旨告示を行い、4条2項を適用すべきものと思料するが、貴局の御意見をお伺いします。」との照会状を発した。

・ 昭和32年9月11日、厚生省公衆衛生局長は、熊本県に「水俣湾特定地域の魚介類を摂食することは、原因不明の中枢性神経疾患を発生するおそれがあるので、今後とも摂食されないよう指導されたい。」「然し、水俣湾内特定地域の魚介類のすべてが有毒化しているという明らかな根拠が認められないので、該特定地域にて漁獲された魚介類のすべてに対し食品衛生法第4条第2号を適用することは出来ないものと考える。」と回答した。これを受け、熊本県は食品衛生法の適用を見送った。

イ この昭和32年9月の時点で、水俣病の原因食品が水俣湾産の魚介類であることは判明していたのだから、被告らは、この時点ですぐに食品衛生法を適用し、被害拡大防止策(喫食規制、漁獲規制)をとるべきであったにもかかわらず、食品衛生法の不適用を決めてしまった。「病因物質の判明は対策を講じる上での必要条件ではない。原因食品の判明で十分である」という食品衛生法上の原則に照らし、この時点で食品衛生法の不適用を決めるのは違法である。

ウ 加えて、不適用の理由は、すべての原因食品が汚染されていることが証明されていないからというものである。しかし、すべての食品が汚染されていることが証明された上で、食品衛生法が適用された大規模な食中毒事件は歴史上ない。前年の森永ヒ素ミルク中毒事件では、調べたミルク缶でヒ素が含まれていたのは半分程度であることが調査報告書から明らかになっている。また、先述の静岡県浜名湖アサリ食中毒事件では、アサリ貝が原因食品であることは判明していたが病因物質が判明していなかった時点で食品衛生法を適用し、住民がアサリ貝を食べないよう対策をとることにより新規の患者や死亡者は発生しなくなった。
 さらに、すべての汚染食品が汚染されていることが証明されていないから食品衛生法を適用しないという考え方は、「食中毒処理要領」における被害拡大防止策の基本的考え方にも反する。つまり、同要領は、最初は危険の可能性の考えられる範囲全部に対して包括的、広範な措置を講じておいて、以後調査の進行によって、危険範囲が明確になるにつれて、定めてあった制限は順次解除し、食品の利用の禁停止を必要な部分のみに圧縮していくことを求めている(甲第5号証8頁)。これに対し、被告らは、危険範囲が最終的に絞り込まれた段階において食品衛生法による規制の対象となる「必要な部分」の特定を、最初に要求しているのであり、食中毒処理要領の指示を真っ向から否定するものである。

(2) 被告らは、現在も食品衛生法に基づく被害拡大防止策を講じていないこと

ア 不知火海における魚介類の汚染状況
 被告らが食品衛生法に基づく法定調査を実施しないため、原因食品(メチル水銀に汚染された魚介類)及び病因物質(メチル水銀)が、現在、どの範囲までどの程度広がっているのか判明していないが、少なくとも汚染された魚介類が今なお存在することを指摘する調査結果が存在する(甲第19号証)。

イ 従って、被告らは、食品衛生法に基づく被害拡大防止策(漁獲規制、摂食規制)を講じるべきであるのに、実施していない。

(3) 被告らのチッソの排水に対する規制権限の不行使が違法であること

 昭和35年1月以降、被告国・熊本県によるチッソの排水に対する規制権限の不行使が国賠法上違法であることは、水俣病関西訴訟最高裁判決により、既に法的に確定している(甲第3号証)。

4 本人申請主義の適用、調査・報告に基づかない患者認定基準の策定、これによる患者の放置・切り捨て

(1) 被告らは通常の食中毒処理をすべきだったのに、認定制度を導入したこと

ア 認定制度導入による弊害

 被告らは、水俣病患者について、食品衛生法に基づく確認(診定)をすべきであったのに、救済法及び公健法に基づく確認(本人申請主義による認定)を行ってきた。この水俣病事件に認定制度を導入したことが、患者に多大な負担をかけ、事件処理を混迷、遅延させる最大の要因となった(下記の比較表参照)。

通常の食中毒処理と、水俣病事件における食中毒処理の比較
  通常の食中毒処理 水俣病における食中毒処理
非特異疾患 最初から対象 想定外なので処理不能
根拠法令 食品衛生法関連 救済法、公健法
申請 ない(保健所が調査) 本人申請
待たせ時間 ない 長い
未認定患者 ない 10万人以上
行政が被告 ない しばしば
認定審査会 不要 必要(法定)
患者とされる人 曝露有症者 52年判断条件に合致

イ 本人申請主義を盾にした通常の食中毒処理の排除

 先述の伊藤発言「申請すれば審査する。門戸は開かれているから一斉検診は必要がない」のように、被告県は、本人申請主義であることを、法定調査を行う必要がないことの根拠としているが、本人申請は家族や地域の事情のため行うことが困難であり、患者として名乗り出たくてもできない状況がある。被告らはこの実態を無視し、本人申請主義を盾にとり通常の食中毒処理を排除したのであり、このために、ぼう大な潜在患者を掘り起こさないまま放置したのである。

(2) 被告らは、データに基づかない違法な52年判断条件を策定し、これを水俣病の認定基準として適用したこと

ア 法定調査に基づく適正な認定基準を策定すべきであること

  食品衛生法上の法定調査を行い水俣病の病像解明に必要なデータを収集することによって、当該症状がメチル水銀曝露によるものである蓋然性(確率)を定量的に把握し、これに基づき因果関係を判定する指標、つまり水俣病患者を認定するための適正な基準を策定しなければならない。そして、これら適正な認定基準の適用により水俣病患者の適正な認定をすべきである。

イ データに基づかない52年判断条件の策定とその適用が誤っていること

 これに対し、被告らは、法定調査による水俣病の病像の解明に必要なデータの収集を行わず、データに基づかない違法な52年判断条件を策定し、これを水俣病の認定基準として適用するという誤りをおかしている。以下、52年判断条件及びその運用が違法・不当であることにつき、詳述する。

(ア) 第1に、症状の組合せを要件とする52年判断条件は、通常の細菌を病因物質とする食中毒事件で、「原因食品を食べて下痢のみを発症した患者は食中毒患者ではない」としているのと同じであり、これでは大多数の食中毒患者を食中毒患者ではないと判断してしまい、大変な混乱が生ずることになる。

(イ) 第2に、日本精神神経学会の見解(甲第20号証)によれば、52年判断条件は医学的根拠となり得る具体的なデータ(食品衛生法に基づく調査を実施していれば得られたはずのデータ)に基づき作成されたものではないこと、同条件に示された症候の組合せに基づく診断が科学的に誤りであること、高度のメチル水銀曝露を受け四肢末端優位の感覚障害を有する者を水俣病と診断することが科学的に妥当であることが、具体的なデータと根拠に基づき示されている。

(ウ) 第3に、姫路獨協大学の宮井正彌教授が1975年から1981年にかけて認定審査を受けた認定申請者の症状のデータを分析したところ、52年判断条件に合致する944人中実際は205人しか認定されていないことを報告しており、この調査結果は、認定審査会が認定を大幅に少なくする方向で52年判断条件を運用していることを示している(甲第21号証)。

(エ) 第4に、水俣病溝口訴訟福岡高裁判決(甲第22号証)が、「52年判断条件は、認定手続における認定判断の基準ないし条件としては、十分であるとはいい難い。」、「52年判断条件を硬直的に適用した結果、水俣病の重症者のみを認定し、軽症者を除外している。(中略)上記のような認定手続の運用は、52年判断条件の運用として、適切でなかったというほかない。」と判示するように、裁判所が52年判断条件の違法性・不当性を直接批判している(甲第23,24,25号証)。

(オ) なお、新潟水俣病第2次訴訟第1審判決(新潟地裁、平成4・3・31)、熊本水俣病第3次訴訟第2陣第1審判決(熊本地裁、平成5・3・25)、水俣病関西訴訟控訴審判決(大阪高裁、平成13・4・27)など同旨の判決は多数存在する。これらの裁判は、52年判断条件による認定審査では処分が出るまで長期間がかかり、しかも認定の可能性がないことを見抜いた患者らが起こしたものであり、いずれの判決も52年判断条件には直接言及しないが、基本的にメチル水銀の曝露歴と四肢末端優位の感覚障害が存在する場合水俣病に罹患していると認定できるとし、症候の組合せを求める52年判断条件が認定基準として誤っていることを実質的に認めている。

ウ 52年判断条件の撤廃を求める最高裁判決と、これを無視する環境省通知

 このように52年判断条件の違法性・不当性は明確であるのに、環境省は36年間にわたり改めなかったために、ついに2013年4月16日の水俣病溝口訴訟最高裁判決は、52年判断条件を撤廃し法に適合する認定基準(=メチル水銀の曝露歴と四肢末端優位の感覚障害があり、当該感覚障害とメチル水銀との間の因果関係が認められる場合、水俣病と認定せよ)を新たに策定すべきである旨判示した(甲第26号証)。さらに、国の公害健康被害補償不服審査会は同年10月25日、同最高裁判決の趣旨を再確認し、これに沿う水俣病認定の判断方法を具体的に示す裁決を出した(甲第27号証)。
 これに対し、環境省は本年3月7日付で、「公害健康被害の補償等に関する法律に基づく水俣病認定における総合的検討について(通知)」(環保企発第1403072号)(甲第28号証)を発出したが、この通知は同最高裁判決の趣旨を無視、曲解した上で、52年判断条件を維持することを前提として、52年判断条件の違法性をさらに強めるものである(通知差止め請求事件訴状、甲第29号証)。

(3) 52年判断条件による患者放置・切り捨ての実態

ア 1995年の政治解決における1万人の対象者

 被告らは、公健法による認定、補償のほか、平成4年度から未認定患者などを対象に水俣病総合対策事業などを実施したが、認定棄却者による訴訟など、紛争と混乱が続いた。こうした事態に対処するため、1995年に当時の与党3党(自民党、社会党、さきがけ)は、四肢末端優位の感覚障害を有する者を対象として、原因企業チッソの一時金(260万円及び団体加算金)の支払い、水俣病総合対策医療事業の再開(医療費等の支給)、認定申請や裁判の取下げなどを内容とする解決策を取りまとめた(以下、「1995年の政治解決」という。)(甲第30号証)。
 この政治解決の対象者は約1万1千人である。

イ 水俣病関西訴訟最高裁判決と認定申請者の急増

 1995年の政治解決を受け入れずに訴訟を継続した水俣病関西訴訟において、2001年の大阪高裁判決及び2004年の最高裁判決(甲第3号証)は、国・熊本県及びチッソの責任とともに、独自の判断準拠による原告への賠償責任を認容した。最高裁判決を受け、それまで放置され申請をためらっていた被害者たちが認定申請を行ない始め、判決後2年半で申請した人は熊本県及び鹿児島両県で4千人ほどに達した。また、2005年には新たに国・熊本県及びチッソへの損害賠償請求訴訟が提起され、その後も提訴が相次いだ。

ウ 特措法における6万5千人の申請者

 関西訴訟最高裁判決後の状況にあって、与野党を中心に再度解決策が検討され、2009年に「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法」(以下、「特措法」という)が成立した。翌2010年には特措法の「救済措置の方針」が閣議決定され、これにより、メチル水銀の曝露歴があり、四肢末端優位の感覚障害を有する者などを対象として、認定申請等を取り下げることを条件に、一時金(210万円及び団体加算金)、療養費、療養手当を支給することになった(甲第30号証)。
 特措法による申請者は、2012年7月末の申請期限で、熊本・鹿児島・新潟3県合わせて約6万5千人(うち熊本県関係は約4万3千人)にのぼった。

エ 被告らの患者放置・切り捨ての実態

 1995年の政治解決及び特措法の対象者は、上記溝口訴訟最高裁判決に従えば水俣病患者と認定されるべきところ、そもそも被告らはこれらの患者を水俣病患者としていない(政治解決及び特措法の対象者となるためには認定申請の取下げが前提条件であり、特措法では対象者を「水俣病被害者」という位置づけである)。
こうしてぼう大な未認定患者が生み出される中で、熊本県関係で認定された患者はわずか1,784人(鹿児島県は491人)に過ぎない(2013年9月30日現在)。被告らが、いかに水俣病患者を放置し切り捨ててきたかは一目瞭然である。

5 小括

 被告らの水俣病事件に対する処理の方針は、水俣病事件が大規模かつ広域にわたる食中毒事件であることを認識しているにもかかわらず、食品衛生法に基づく調査及び被害拡大防止策を実施せず、他方で、膨大な食中毒患者を放置、切り捨てることにある。
岡山大学大学院の津田敏秀教授(環境疫学)は、「水俣病事件では、事件発覚後半年で食中毒としての正規の処理をするチャンスを逃した。これにより事件の規模が非常に大きくなっただけでなく、喫食者全体を把握しようともせず、したがって食中毒患者数も報告されないという極めて異例な大食中毒事件となったことだけは確かである。これから後の水俣病事件は、この失態を如何に隠すのか、あるいは小規模に見せるのかという、国と熊本県そしてそれに協力する学者たちの共同作業の結果、ますますこじれてゆく」(甲第31号証)と述べ、被告国・熊本県による水俣病事件の処理が本来の食中毒事件処理に明らかに反していることを的確に総括している。

第5 本件義務付けの訴えは訴訟要件を満たし適法な訴えであること

1 義務付けの訴えにおける訴訟要件

 義務付けの訴えにおける訴訟要件は、@義務付けを求める行政庁の当該行為が義務付けの訴えの対象である処分(行訴法3条2項)に該当すること、A義務付けを求める処分が「一定の処分」として特定されていること(行訴法37条の2第1項)、B原告が当該処分の義務付けを求めるにつき法律上の利益を有する者として原告適格を有すること(行訴法37条の2第3項)、C義務付けを求める当該処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあること(行訴法37条の2第1項)、Dその損害を避けるため他に適当な方法がないこと(行訴法37条の2第1項)、である。
 本件義務付けの訴えは、この訴訟要件をいずれも満たすので適法であることにつき、以下、詳述する。

2 処分該当性(上記@について)

(1) 法定調査の実施により、因果関係の定量的把握に基づく水俣病患者認定のための適正な基準が策定され、その適用により適正な患者認定が進む。逆に、法定調査の不実施により本来認定されるべき患者が棄却されていることは先述の通りである。つまり、この法定調査は、食中毒患者である水俣病患者の法的地位に直接影響を及ぼすから、処分に該当する。

(2) さらに、紛争の成熟性(原告は不作為違法確認訴訟、あるいは水俣病と認定されない場合は棄却処分取消訴訟を提起せざるを得ないこと)、現在争うことの必要性(法定調査の不実施の違法性が明確であること)、患者が被る不利益・損害(原告は認定されなければ適正な補償を受けることができず症状はさらに悪化すること)など、水俣病患者の権利利益の迅速かつ実効的救済の観点からも処分性が肯定されるべきである。

3 「一定の処分」の特定性(上記Aについて)

(1) 義務付けを求める処分が「一定の処分」として特定されているものと認められるためには、義務付けを求める処分の根拠法令の趣旨および社会通念に照らし、当該処分が義務付けの訴えの要件を満たしているか否かについて裁判所の判断が可能な程度に特定されていることが必要であるとされている。

(2) これを、原告が本件で義務付けを求める各処分についてみれば、根拠法令のほか、調査の対象地域および対象期間を特定し、さらに調査、報告の具体的な方法、内容、手続きについても食中毒処理要領、食中毒調査マニュアル、食中毒統計作成要領、調査票や報告書の書式等を示すことにより特定している。
 よって、本件各処分は、義務付けの訴えの要件を満たしているか否かについて裁判所の判断が可能な程度に特定されており、「一定の処分」として特定されているというべきである。

4 原告適格(上記Bについて)

(1) 非申請型の義務付けの訴えにおける「法律上の利益を有する者」の判断枠組み

 「法律上の利益を有する者」とは、当該処分がされないことにより自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。当該処分の根拠を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も法律上保護された利益に当たる。当該処分がされないことにより、上記利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の義務付けを求める訴訟における原告適格を有するものというべきである。
 そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。(福島地判平成24・4・24(甲第32号証)、最三小判平成4・9・22(甲第33号証)、最三小判平成9・1・28(甲第34号証))。

(2) 食品衛生法の趣旨・目的、調査の意義・目的

ア 食品衛生法の趣旨・目的
 食品衛生法は、法の目的を「この法律は、食品の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もって国民の健康の保護を図ることを目的とする。」(同1条)と定めている。
 ここでいう「公衆衛生」の意義について、「医学、衛生学その他の関連する諸科学の基礎の上に立って、社会全体の組織的な協力により、疾病の予防、健康の増進を図り、健全な社会を実現しようとする諸活動であり、また、その活動を通じて得られる社会的衛生水準である」とされている。
 そして、法の目的である「国民の健康の保護」という規定が、食品安全基本法の第3条「食品の安全性の確保は、このために必要な措置が国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下に講じられることにより、行われなければならない。」という規定を受け明記された経緯からすれば、食品衛生法は「国民の健康の保護」を最優先かつ究極の目的としている(以上、第1条の趣旨・目的について、「新訂早わかり食品衛生法第5版」(甲第4号証)参照)。

イ 食品衛生法の趣旨・目的、同58条の調査の内容・意義・目的を踏まえれば、同法は、食中毒事件が発生した場合には、行政に対し、調査及び報告を行うとともにその被害拡大防止策を講じるべき義務を課し、個別の食中毒患者との関係では、迅速かつ確実に食中毒患者と確認すべき義務を課している。他方、同法はこれらの措置を通して、国民が食中毒による健康被害を受けないという利益を、いったん健康被害を受けた患者については迅速かつ適正な調査および診定を受ける利益を、個々人の個別的利益としても保護すべき趣旨を含むと解すべきである。 ウ そして、食品衛生法に基づき調査、患者診定を受けるという法的利益を侵害され、又は侵害されるおそれのある者は、食品衛生法に基づく調査を実施すべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者として原告適格を有する。

(3) 本件原告が原告適格を有すること

ア これを本件原告についてみれば、原告は、被告らが食品衛生法を適用せず水俣病被害拡大の防止策をとらなかったため、幼少時からメチル水銀に汚染された魚介類を多食し、水俣病に罹患した(既に健康被害を受けている)。しかし、被告らが食品衛生法に基づく調査を行わないため、いまだ食中毒患者として診定、水俣病患者として認定されておらず適正な補償を受けることができない。

イ すなわち、原告は、水俣病に罹患しているにもかかわらず、食品衛生法に基づき迅速かつ適正な調査、患者診定を受けるという法的利益を侵害されていることから、食品衛生法に基づく調査(患者診定を含む)を実施すべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者として、本件各処分の義務付けを求める原告適格を有する。

5 「重大な損害を生ずるおそれ」(上記Cについて)

(1) 被告らが食品衛生法を適用せず被害拡大防止策をとらなかったため、原告は幼少時からメチル水銀に汚染された魚介類を多食し水俣病に罹患した(すでに損害は発生)。とくに、被告らが食品衛生法58条に基づく調査を実施しないため、原告は食中毒患者と診定されておらず。また、水俣病患者と認定されていない。そして、水俣病患者と認定されなければ適正な補償を受けることができず、適正な補償を受けられない状態が続けば症状がさらに悪化する。さらに、食中毒に関するデータが散逸し、患者と確認されないまま死亡する可能性もある(さらなる損害発生のおそれ)。そして、このような生命、健康に生じる損害は、その損害の性質上、回復が著しく困難である。
 よって、調査がされないことにより、原告には「重大な損害」を生ずるおそれがある。

6 補充性(上記Dについて)

(1) 原告は、調査がされないことにより生命、健康にさらなる損害が生ずるおそれがあるところ、このような損害は症状が重篤化し、あるいは死亡した後の金銭賠償では回復が不可能であるから、調査を義務付けるほかに、この損害を避けるための適当な方法は見当たらない。

 第6 本件義務付けなどの訴えは本案勝訴要件を満たすこと

1 義務付けの訴えにおける本案勝訴要件

 義務付けの訴えにおける本案勝訴要件は、義務付けの訴えに係る処分につき、「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること、または「行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと、である(行訴法37条の2第5項)。そして、本項前段は覊束行為についての定めであり、本項後段は裁量行為についての定めである。

2 本件義務付けの訴え(請求の趣旨第1項及び第2項)について

(1) 請求の趣旨第1項及び第2項は、水俣保健所長及び天草保健所長が食品衛生法58条第2項及び第4項に基づく調査、報告をすべき旨を命ずることを求めるものである。
 ところで、同法58条第2項は「報告するとともに、調査しなければならない」、」同法第4項は「報告しなければならない」と規定していることから、関連法令が定める要件を充足する場合に保健所長が調査、報告を行うことは覊束行為であり、要件の認定、行為の選択等につき保健所長に裁量の余地はない。よって、請求の趣旨第1項及び第2項には行訴法37条の2第5項前段が適用される。

(2) そこで、請求の趣旨第1項及び第2項が、行訴法37条の2第5項前段の本案勝訴要件を満たすことを主張する。

ア 本件食中毒事件は現在進行の事案であること

(ア) 認定申請者及び特措法申請者
 2013年9月30日現在で、認定申請者(未処分者)は熊本県関係で379人、鹿児島県関係で132人である。また、特措法による申請者は申請期限の2012年7月末で約6万3千人(熊本県及び鹿児島県関係)である。

(イ) 津田医師による届出
 医師である岡山大学大学院の津田敏秀教授(環境疫学)が、2012年1月6日天草保健所に、上天草市に住む男性2人を診断し水俣病であることを確認した旨届け出ている(甲第35号証)。なお、この津田医師の届出に対し、天草保健所長は「食中毒事件としてあらためて調査する必要はない」と回答した。

(ウ) 患者団体による潜在患者の掘り起し(不知火海沿岸住民健康調査)
 民間の医師、看護師、保健師で構成する不知火海沿岸住民健康調査実行委員会が千人規模の一斉検診を1987年、2009年、2012年に実施した。
 2009年の検診では、受信し集計のできた974人について、935人(96%)に感覚障害があり、また、公健法の指定地域に居住歴のない者108人のうち99人に、1969年以降の出生者や転入者59人のうち51人に水俣病の疑いありとされた(甲第36号証)。そして、2012年の検診では、受診し集計できた1,396人のうち四肢末端優位の感覚障害のある者は1,213人(87%)、1969年12月以降の出生者41人中35人(85%)、特措法の対象地域に居住歴がない者573人中504人(88%)にも四肢末端優位の感覚障害がみられた(甲第37号証)。
 これらの一斉検診は、被告らが食品衛生法に基づく調査を実施しないため、未申請あるいは未認定のまま放置されているぼう大な潜在患者が存在することを浮き彫りにし、検診を実施すれば、水俣病と診断できる感覚障害を有する患者が現在でも多数見つかる現状を明らかにしている。本来ならば、被告らが食品衛生法に基づく調査を実施し潜在患者を掘り起こすべきところ、民間団体が肩代わりしているに等しい。

(エ) 不知火海沿岸住民の健康被害に係る実態調査を実施すべき旨の提案、要請
 次に示す通り、地元住民、地元市議会、熊本県、国の機関・研究会、学会等が被告らに対し、水俣病の被害の全体像を把握するためには、不知火海沿岸住民の健康被害に係る実態調査の実施が不可欠であると、長年にわたり繰り返し提案、要請している。しかし、被告らは、これらの提案、要請を無視し食品衛生法に基づく調査を実施していない。

・ 中央公害対策審議会「今後の水俣病対策のあり方について(答申)」(1991年11月26日、中央公害対策審議会は環境庁長官(当時)の諮問機関、甲第38号証)

・ 水俣病に関する社会科学的研究会「水俣病の悲劇を繰り返さないために」(1999年12月、水俣病に関する社会科学的研究会は国立水俣病研究センターのプロジェクト、甲第39号証)

・ 熊本県「今後の水俣病対策について」(2004年11月、八代海沿岸地域に居住歴のある者約47万人を対象とした悉皆調査を提案、甲第40号証)

・ 水俣病問題に係る懇談会「提言書」(2006年9月、水俣病問題に係る懇談会は環境大臣の私的懇談会、甲第41号証)

・ 日本精神神経学会声明「水俣病の医学的究明について」(2012年1月23日、甲第42号証)

・ 上天草市議会「意見書」(2012年6月30日、甲第43号証)

・ 水俣病溝口訴訟原告「申入書」(2013年4月24日、熊本県知事あて、甲第44号証)、同「申入書」(2013年4月26日、環境大臣あて、甲第45号証)

・ 日本弁護士連合会「水俣病問題の総合解決に関する意見書」(2013年6月27日、甲第46号証)

イ 上記の事実は「保健所長が前項の届出を受けたときときその他食中毒患者等が発生していると認めるとき」(食品衛生法58条第2項)に該当するのに加え、本件食中毒が過去の事案ではなく、ぼう大な食中毒患者が患者として確認されずに放置されている、まさに現在進行の事案であること、不知火海沿岸住民の健康被害に係る実態調査が不可欠であることは水俣病事件に関わるすべての関係者の総意であることを示している。
 よって、食品衛生法58条第2項に定める調査、報告を義務付ける要件を満たすので、水俣保健所長及び天草保健所長は、裁量の余地なく同項に基づき、熊本県知事に対する報告および調査を行わなければならない。さらに、両保健所長は、施行令37条第1項に基づき、調査の実施状況を逐次熊本県知事に報告しなければならない。

ウ 次に、水俣保健所長及び天草保健所長は、食品衛生法58第2項に基づく調査の実施を義務付けられるのだから、両保健所長は、同第4項に基づき、調査終了後に熊本県知事に対し、「食中毒事件票」および「食中毒事件詳報」を提出し報告しなければならない。

エ 以上であるから、水俣保健所長及び天草保健所長が食品衛生法58条第2項及び第4項に基づく調査、報告をすべきであることが、根拠法令である食品衛生法の規定から明らかである。よって、請求の趣旨第1項は本案勝訴要件を満たす。

3 本件義務付けの訴え(請求の趣旨第3項)について

(1) 請求の趣旨第2項は、熊本県知事が食品衛生法58条第3項及び第5項に基づく報告をすべき旨を命じることを求めるものである。
 ところで、同法58条第3項及び第5項は、「報告しなければならない」と規定していることから、関連法令が定める要件を充足する場合に熊本県知事が報告を行うことは覊束行為であり、要件の認定、行為の選択等につき保健所長に裁量の余地はない。よって、請求の趣旨第2項には行訴法37条の2第5項前段が適用される。

(2) そこで、請求の趣旨第2項が行訴法37条の2第5項前段の本案勝訴要件を満たすことを主張する。

ア 上記の通り、水俣保健所長及び天草保健所長は、食品衛生法58条第2項に基づく熊本県知事に対する報告を義務付けられること、現在の認定申請者数が379人であり「食中毒患者が50人以上発生し、又はその疑いがあるとき」(施行規則73条)に該当することから、食品衛生法58条第3項に定める報告を義務付ける要件を満たすので、熊本県知事は裁量の余地なく同項に基づき、直ちに厚生労働大臣に報告しなければならない。さらに熊本県知事は、施行令37条第2項に基づき、施行規則74条で定める事項を逐次厚生労働大臣に報告しなければならない。

イ 次に、水俣保健所長及び天草保健所長は、食品衛生法58条第4項に基づく熊本県知事に対する報告を義務付けられるのだから、熊本県知事は同5項に基づき、調査終了後に厚生労働大臣に「食中毒事件調査結果報告書」および「食中毒事件調査結果詳報」を提出し報告しなければならない。

ウ 以上であるから、熊本県知事が食品衛生法58条第3項及び第5項に基づく報告をすべきであることが、根拠法令である食品衛生法の規定から明らかである。よって、請求の趣旨第2項は本案勝訴要件を満たす。

4 本件義務付けの訴え(請求の趣旨第4項)について

(1) 請求の趣旨第4項は、厚生労働大臣が熊本県知事に対し、食品衛生法60条に基づく調査、報告をするよう要請すべき旨を命ずることを求めるものである。
 ところで、同法60条は「調査し調査の結果を報告するよう求めることができる」と規定していることから、厚生労働大臣が熊本県知事に対し調査、報告を求めることは、求めるか否かを厚生労働大臣の裁量に委ねる裁量行為である。よって、請求の趣旨第3項には行訴法37条の2第5項後段が適用される。

(2) そこで、請求の趣旨第3項は行訴法37条の2第5項後段の本案勝訴要件を満たすことを主張する。

ア 食品衛生法60条の意義
 同条は、国がその適正な対処を確保する必要がある大規模・広域食中毒について、危害の発生防止のため緊急を要する場合は、厚生労働大臣が都道府県知事等に対して期限を定めて、調査をし、調査の結果を報告するよう要請することができるとするものである。
 大規模食中毒とは食中毒患者が500人以上発生し、又は発生するおそれがある食中毒であり(施行規則77条)、広域とは都道府県の区域を超えることを想定している。また、本条の「食中毒の原因を調査」は、食品衛生法58条第2項が規定する保健所長による調査のことである(甲第4号証)。

イ 前述の通り、2013年9月30日現在で認定申請者(未処分者)は熊本県関係で379人、鹿児島県関係で132人の502人であること、特措法による申請者が6万5千人にものぼること、民間団体による2012年6月の一斉検診では1,200人に水俣病と診断できる感覚障害が確認されたことなどから、水俣病事件は現在でも同法60条に規定する大規模かつ広域の食中毒事件に該当し、しかも、ぼう大な食中毒患者が確認されずに放置されている現在進行の事件である。加えて、水俣病の被害の全体像を把握するためには不知火海沿岸住民の健康被害に係る実態調査が不可欠であることは、水俣病事件に関わる関係者の総意である。
にもかかわらず、被告らは、食品衛生法に基づく調査、報告を行わないため、水俣病事件の公式発見から58年たっても摂食者数、患者数、死者数を含む被害実態すら把握していない。そればかりか、本人申請主義および医学的データに基づかない52年判断条件を適用した認定制度により患者の放置、切り捨てを続けている。
 こうした事態は、食品衛生法が、行政に対し調査、報告を行うとともに被害拡大の防止策を講じるべき義務を課し、これらの措置を通して、国民の健康の保護を図ること、とりわけ食中毒の被害を受けた患者については迅速かつ適正な調査、患者診定を受ける法的利益を保護することを趣旨・目的としていることに著しく違背する。
 よって、未申請、あるいは未認定のまま放置されているぼう大な潜在患者を掘り起こし、適正な患者確認を行うためには、厚生労働大臣が熊本県知事に対し調査、報告を要請する緊急の必要性があるというべきである。

ウ 以上であるから、厚生労働大臣が調査、報告の要請権限を行使せず、熊本県知事に調査・報告を要請しないことは、食品衛生法の趣旨・目的や権限の性質に照らし著しく合理性を欠くものであり、裁量権の逸脱、濫用に当たる。よって、請求の趣旨第3項は本案勝訴要件を満たす。

5 違法確認の訴え(請求の趣旨第5〜8項)について

 請求の趣旨第5〜8項は、行政処分庁がそれぞれ請求の趣旨第1〜4項をなさない場合に、行政事件訴訟法第3章の当事者訴訟の規定に基づき、違法確認の請求をなすものである。

6 国家賠償の訴え(請求の趣旨第9項)について

 本件各処分庁は公務員として、上記請求の趣旨第1〜4項の行政を、故意又は過失によって今日までのなさぬために、原告は生まれてから今日まで、原告自身はもとより被曝露地の住民も食品衛生法所定の調査を受けることが出来なかったために、水俣病罹患の有無を確認することも出来ず、水俣病の正しい病像を確認することも出来ず、被曝露地域の住民の公衆衛生上の患者発生実態を確認することも出来ず、焦燥感と不安感、さらには社会的に水俣病の患者として認められぬための不利益など、重大な心身の打撃と経済的な損害を強いられたものである。
 そこで本訴訟では、原告はその損害のうち、慰謝料の一部である金10万円を、各処分行政庁の所属する国及び地方公共団体たる被告熊本県に、連帯して支払うことを請求するものである。

第7 結語

 以上要するに、本件義務付けの訴えなどは、いずれも訴訟要件及び本案勝訴要件を満たすので、原告の請求には理由がある。
 よって、原告の請求が認容されるべきである。

第3節 証拠

 別紙 証拠説明書の通り

第4節 添付資料

1 訴状
2 原告訴訟委任状
3 補佐人申請書
4 証拠説明書
5 書証謄本

 以上

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