更新日2017/07/14:チエの話(58)〜(61)を掲載しました。
更新日2016/07/23:チエの話(55)〜(57)を掲載しました。
更新日2016/01/26:食中毒調査義務付け訴訟の訴訟経過ページを更新しました。
更新履歴

溝口さん(水俣病認定)棄却取消・義務付け行政訴訟のホームページ

溝口訴訟のあらまし> <溝口訴訟最高裁判決文>チエの話
最高裁判決後の申入書 抗議文
新通知差止め訴訟と仮の差止め請求の経過> <水俣病食中毒調査の義務付け訴訟の経過
関連リンク

 半世紀以上にわたって水俣病被害者を苦しめ続けている「水俣病認定制度」。その政治的な認定基準や行政の不合理な運営に対する水俣病被害者の闘いが続いています。

○2017年7月12日(水) 津田訴訟(食品衛生法に基づく水俣病職中道調査の義務付け)控訴審判決
東京高裁は、行政が60年以上も法律違反をしていても、個々の国民にはそれを訴える権利がない、という判決を言い渡しました。


 2013年4月16日、最高裁(第3小法廷 寺田逸郎裁判長)は、溝口チエさんを水俣病患者と認める判決を出しました。
 最高裁は、環境省・熊本県の主張をことごとく斥けたうえに、現行認定基準(52年判断条件)によって棄却とした熊本県の判断を覆したのです。これは実質、52年判断条件の見直しを迫るものです。さらに、国の機関である公害健康被害補償不服審査会(環境省の主管)は、「従前の裁決を変更する」と明言して、同じく熊本県に認定棄却とされていた下田さんを、水俣病と認める裁決を出しています。(2013年10月25日)
 しかし環境省は、これらの最高裁判決や決裁を真っ向から否定する新通知を、2014年3月7日付で発出しました。
 私たちは、このような環境省の対応に強く抗議し、新通知を撤回させ、水俣病の実態に即した補償制度が構築されるよう活動を続けます。

○新通知差止め訴訟において、2015年12月1日、最高裁第3小法廷は、突然、新通知の内実には触れずに私たちの訴えを棄却・受理しないという門前払いの決定を通知してきました。
 弁護団では、これに抗議する声明を発表しています。
最高裁決定  *弁護団抗議声明

<連絡先> 〒337-0033 埼玉県さいたま市見沼区御蔵 1247-8 鈴村方


*食品衛生法に基づく水俣病食中毒調査の義務付け訴訟

 2014年5月16日、水俣病が集団食中毒であることによる住民調査を義務付けを求める訴訟(食品衛生法に基づく水俣病の法定調査等の義務付け行政訴訟等請求事件)を、東京地裁に提訴しました。 (訴状はこちら)
 具体的な請求内容は、

@水俣保健所長と天草保健所長は、食品衛生法58条に基づく、1959年から現在までの水俣病発生に関する調査を行い、その結果を熊本県知事に報告すること。

A熊本県知事は、食品衛生法58条に基づく上記の調査結果を、厚生労働大臣に報告すること。

B厚生労働大臣は、食品衛生法60条に基づき上記の調査・報告を行うよう、熊本県知事に求めること。

C当該保健所長、知事がそれぞれの調査・報告を行わないこと、また厚生労働大臣が調査・報告を求めないことは、違法であることを確認する。

D原告に対する金10万円の損害賠償。

<訴状の概要>
 訴状では、公式確認から6か月後の1956年11月には、水俣病は魚介類による食中毒であることが判明していたこと。そして、当時既にこのような大規模な集団食中毒に対する行政対応や実態把握の方法(すなわち食品衛生法に基づく住民食中毒調査)が、関係行政機関の義務として法定されていたことを指摘しています。
 また、水俣病の実態把握(病像やメチル水銀の汚染範囲)をしなければ、適切な施策ができないことは自明であり、現に1991年の中央公害対策審議会答申や、2004年の熊本県の八代海沿岸住民調査の提案など、行政側からも住民調査の必要性が説かれてきたことを列挙しています。
 しかし、水俣病ではこの当たり前の対応がなされず、代わりに作られた本人申請主義と認定制度は、実態把握からは遠のき、事態を混乱させるだけだったことを明らかにしました。
 何の医学的・科学的根拠を持たない「S52年判断条件」によって、水俣病の病像がねじ曲げられ、さらに本人申請主義では、家族や地域の事情のため申請することが困難であり、患者として名乗り出たくてもできない状況があることを指摘しています。
 その結果、公式確認から58年を経た現在に至っても、水俣病は解決するどころか、民間の調査によって新たな患者や汚染地域の拡大が確認され続けている事実を指摘しました。
 水俣病は、食品衛生法の目的である「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もって国民の健康の保護を図る」が未だ履行されていない現在進行形の事件であり、直ちに適切な対応施策をとならなければ、不知火海沿岸住民が今後も回復困難な損害を被ることを訴えました。


*最高裁判決に違反する新通知

<2014年3月7日付新通知はこちら>

<新通知の問題点>
 新通知の内容の具体的な問題点は、2014年3月28日付溝口訴訟弁護団の抗議文(本文はこちらへ)を参照してください。
 最大の問題は、「最高裁判決は52年判断条件を否定していない」と最高裁判決の趣旨をねじ曲げ、現行の認定制度体制の維持・固定をすることを目的とした通知であることです。
 新通知を作成した飯野暁・環境省企画課長補佐は、新通知を作成するにあたって参考にしたのは熊本県の認定審査に関する資料のみです。しかも、その資料のうちでも「総合的検討」に基づき認定された(52年判断条件が挙げる症状組合せには該当しないが認定された)事例しか見ていないと明言しています。ちなみに、このような事例は4件しか知られていません。
 最高裁判決を導いた溝口チエさんやFさんの事例を検証していないどころか、参考した事例の数も答えられず、一連の裁判の焦点の一つであった感覚障害のみの場合については、何ら検討をしていないことを明らかにしています。(3月7日マスコミレクチャー)
 さらに4月2日に行われた、水俣病被害者互助会訴訟との交渉では、新潟県や鹿児島県については、何も見ていないことが判明しました。
 そして、止めを刺すのが西日本新聞記者の取材に答えた環境省保健部の「最高裁は誤解をしていた」(4/30西日本新聞朝刊)という主張です。
 これを解釈すると、彼らの言い分は、「認定審査会は以前から『総合的検討』をしていたのだが、最高裁は総合的検討をしていなかったと誤解した。確かに52年判断条件には『総合的検討』について具体的内容の記述がないので、過去の熊本県認定審査会の実績をまとめました」と言うことのようです。

 では、その「総合的検討」がなされて熊本県に棄却処分とされたチエさんやFさんは、何故裁判でひっくり返ったのでしょうか?
 同じ「総合的検討」という言葉を使ってはいても、その内容が司法と認定審査会では全く異なっていたから、逆の結果が出たのです。
 しかし最高裁判決は、司法でも行政でも水俣病認定とは罹患の事実の確認であり、同じものであると明言しています。
 その指摘を無視して、過去の運用実績(しかも熊本県の資料のみ)をまとめて事足れり、とした環境省の対応は、溝口訴訟やFさん訴訟の否定以外の何ものでもありません。

<何も変えないことを確認した臨水審>
 そして環境省は、4月26日、国の水俣病認定審査会(臨時水俣病認定審査会・臨水審)を開催しました。
 しかし任命された臨水審の委員は、10人中9人が各県・市(新潟水俣病は新潟県と新潟市)の現認定審査会委員であり、残り1人(二塚信氏)も水俣病被害者互助会訴訟で、国側証人として証言した人物です。

 過去の審査会の運用をまとめただけの新通知に基づき、現認定審査会委員が審査を行う。
 これで、今までと異なる認定答申が出ようはずがありません。もしそのような答申を出せば、「では過去の審査は何だったのか」と責められるのは、他でもない臨水審委員自身だからです。「過去に行った処分について再度審査する必要はないこと」とした新通知の保留事項を、自ら崩すような委員はいません。
 西日本新聞の取材に環境省保健部は「(臨水審でも)指針(新通知)に対する異論はなかった」と答えていますが、当たり前の話です。人を馬鹿にしているとしか思えません。

<国が積み上げる患者切り捨ての実績>
 最高裁判決を無視する国や県の方針は、判決直後から一貫してきました。
 判決直後の僅か2日後の4月18日には、南川秀樹(当時)環境省事務次官が、認定基準を見直さない見解を示しており、7月22日の熊本県交渉では、中山広海・熊本県水俣病審査課課長が「(認定審査委員に対して)これまで通りの審査をお願いしたい」と発言していました。
 そして前号でも報告しましたが、大阪の不服審査請求口頭審理でも、熊本県側は「今まで何も間違っていなかったし、今後も何も変えるところはない」と宣言するなど、その態度はますます硬化しています。

 しかし、昨年10月の下田さん裁決(国の公害健康被害補償不服審査会)は、さすがに彼らにとって衝撃だったのでしょう。国と県の認定審査会委員を務めるという負担を委員に課してまでの今回の人選は、環境省の思惑と異なる答申は出させない、2度と下田さん決裁を出さないという布陣なのです。また環境省の対応に批判的な新潟県に対する牽制の意味もあるでしょう。

 蒲島知事が環境省に求めた「国による実績の積み重ね」とは、“どんな判決があろうと、どこの審査会で審査しようと、答申結果は変わりません”、という患者切り捨て実績の積み重ねとなるのです。


<新通知差止め訴訟>

○2014年8月8日 新通知差止め訴訟 不当な東京地裁判決 (判決文はこちら

 2014年8月8日、東京地方裁判所民事第38部(谷口豊裁判長、横田典子裁判官、下和弘裁判官)は、3月7日に発出された新通知の差止めの訴えを却下する判決を下しました。
 口頭弁論を一度も開くこともなく、「訴えの適法性」という法廷技術論によって却下(門前払い)するという不当なものです。

<環境省の最高裁解釈を鵜呑み>

 新通知に関する事実認定において判決文では

「(溝口訴訟、Fさん訴訟最高裁判決)において、水俣病の認定審査における総合的検討の重要性が指摘されたことを受け、環境省は、これまでの認定審査の実務の蓄積等を踏まえて、昭和52年判断条件にいう総合的検討の在り方を整理した上、関係各都道府県知事及び政令市市長に対し、今後の公健法に基づく水俣病の認定審査における指針とするため、本件通知を作成し」

と述べています。
 まず、上記の2つの最高裁判決が、52年判断条件を実質的に否定したことを、全く抜け落としています。また「総合的検討」については、上記の最高裁判決は柔軟な運用を求めており、運用方針に申請者が実行不可能な枠をはめることなどは、一言も要求していません。
 「52年判断条件を前提とした総合的検討の具体化が必要」、などというのは、環境省と熊本県の勝手な歪曲です。
 まして患者切り捨てを続けてきた「過去の実判決に違反するものであることは、明らかになっています。

<処分性の考え方>

 そして、このような新通知の問題には触れず、新通知やこれに基づく認定審査の「処分性」、つまりこれらの行政行為が「国民の権利義務を形成するか否か」の議論になります。
 新通知については

「個々の認定申請者との関係では、関係各都道府県知事又は政令市市長が本件通知を踏まえてその水俣病認定申請に対する認定又は棄却処分をした場合に、その時点で初めて認定申請者の権利義務に直接影響を及ぼす行政処分がされるに至ると解される。そうすると、本件通知は、行政機関相互における内部行為にすぎず」

同じく、認定審査会の審査についても

「しかしながら、県知事が、公健法4条2項の認定を行うに際し、認定審査会の意見を尊重することが多いとしても、公健法の規定上、県知事が行う上記認定が認定審査会の意見に拘束される関係にあるということはできないし、認定審査会の認定審査という事実行為も、県知事が行う上記認定の意思決定過程における内部行為にとどまり」

いずれも

「直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではない」

と結論づけています。
 知事による最終の認定棄却処分のみが行政事件訴訟法にいう「処分」に当たるのであって、そこに至る通知や審査過程は「処分」ではないという考え方です。そして新通知の持つ拘束性についても、「公健法の規定上」県知事の認定処分が拘束される関係にない、と述べています。
 この通知や認定審査会に対する判決の認識は、条文しか見ない机上の論理です。過去37年間にわたって52年判断条件によって、認定審査や知事の処分が拘束され、1万人以上の申請者が棄却切り捨てられてきた事実を全く見ようとしていません。既に新通知によっても、4人の申請が棄却された現実があるのです。

 原告側は新通知の「処分性」を判断する考え方として「メカニズム解釈」を主張しました。
 これは今日のように複雑化した社会においては、行政活動も数多くの行政の行為(諮問や通知、勧告等)の組合せにより一つのメカニズム(仕組み)が形成されているため、各行政行為が一連のメカニズムの中で持つ意味と機能を把握しなければその行政行為の「処分性」は正しく判断できない、と言うものです。
 このメカニズム解釈が、2004年行政訴訟制度改革の趣旨であり、具体的な最高裁判例(病院開設中止勧告事件等)も挙げました。
 しかし判決では、この指摘について、上記の最高裁判例が本訴訟に機械的に当てはめられるかどうを議論して、事案・条件が異なると却けただけでした。
 メカニズム解釈についての評価や、新通知が一連の認定作業の中で実際に持っている効果についての検討・考察はありませんでした。

<認定棄却されても不利益は課せられない>

 新通知によって原告が受ける損害については、

「仮に本件認定申請を棄却する処分がされた場合であっても、原告は、補償給付を受けることができないというにとどまり、これによって当該処分がされる前の状態に比して何らかの不利益を課されるものではない」

と判断しています。
 訴状でも述べていますが、公健法の認定を受けるということは、単に金銭補償を得るだけではありません。適切な医療行為を受け、例え完治せずとも現状を悪化させない、という大事な効果を生むのです。地裁判決は、水俣病患者として認定されることの意味が分かっていません。
 また、棄却処分を受けた後に、行政不服審査請求や棄却取消訴訟を起こせる、と言っていますが、行政不服や訴訟は申請者に過大な負担をかけるものであり、また長い年月の果てに最悪の場合には死亡してしまうことがあります。
 Fさんは最高裁判決の1か月前に亡くなりました。Fさんの無念は、谷口裁判長には伝わらなかったのでしょうか。

<新通知を撤回しても状況は変わらない?>

 そして最後に

「認定がされるまでに長期間を要し、過大な負担を余儀なくされること、あるいは補償給付を受けることができないことによる損害は、本件認定申請に対する認定がされない状況が継続することによって生じるものであるから、本件認定申請に対する処分の差止めにより本件認定申請に対する認定がされない状況を作出することによって救済を受けることができる性質のものではない」

と述べています。
 持って回った言い方ですが、要は新通知を撤回しても、申請者が切り捨てられている状況は変わらないではないか、と言っているのです。
 これは、明らかに居直りの理屈であり、国・熊本県の無策・失策を黙認するものです。
 口頭弁論を一回も開かなかったのは、行政の無策・失策を白日の下に明らかにしたくなかったのでは、とさえ勘ぐりたくなります。
 司法は、水俣病問題が公式確認から58年間を経た現在においても、未だに解決せず混乱している状況と原因を直視して、これを是正するよう勧告する責任を果たすべきなのです。


<新通知仮処分請求の状況 2014年06月23日現在>
 違法な新通知が発出されたことに対抗して、環境庁に対しては新通知の取り消しと、熊本県に対しては新通知に基づく認定審査をしないことを請求した差止め訴訟を提訴しました(2014年2月4日)
 あわせて、差止めの仮処分を求める申立ても同日に行いました。

 仮処分の申立ては、2014年3月7日に請求棄却の決定がなされてしまったため、3月13日に即時抗告を申立て、現在東京高裁に係っています。
 去る5月12日に、相手方(裁判の被控訴人に当たる)の国・熊本県の意見書(本文はこちらへ)が、東京高裁に提出されました。
 この意見書の中で、国・熊本県は下記の主張を展開してきました。

<県の認定審査も「処分」ではない>
 国・熊本県の意見書では、3月7日に発出した新通知も、さらには、熊本県の認定審査会による審査も、行政訴訟にかかる「処分」には当たらないとしています。
 いずれも「直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を何ら伴うものではない」との主張です。
 新通知や認定審査会の審査が、水俣病の認定、すなわち「国民の権利」を形成・範囲を確定するのに何ら効果をもたらさないとは、これ以上の空々しい主張はありません。
 環境省は、関係県・市(新潟市)や国の臨時認定審査会の審査にタガをはめるために新通知を発出したのであり、認定審査会の答申を無視して県知事が認定や棄却の処分を決定することはありません。
 だからこそ水俣病関連の数々の訴訟で、S52年判断条件の妥当性や審査会の実態が、争点として争われてきたのであり、また現在も争われているのです。
 昨年4月の最高裁判決でも、わざわざS52年判断条件について言及したのも、それが水俣病認定に関して、決定的な役割を果たしているからです。
 なお、昨年4月の最高裁判決は、認定審査について、環境省の掲げる症状の組合せに限定することなく、いろいろな資料を基にした柔軟な審査を求めたのであり、認定条件に新たに細かな条件を付け加えよ、とは一言も言っていません。3月7日「新通知」は最高裁判決の趣旨を明らかにねじ曲げています。

 認定に至る仕組みを問わず、最終結果(県知事による認定又は棄却決定)にしか、法的責任が問われない、と言うことは、その仕組みを作った行政官たちの責任を不問に帰することに繋がります。
 特に、今回の「新通知」は、100%環境省特殊疾病対策室の職員のみで一方的に作成されたことが、新聞報道(4/30西日本新聞)や飯野暁企画課長補自身の発言(3/7環境省のマスコミレクチャー、4/2水俣病被害者互助会による環境省交渉)によって明らかになっています。
 このままでは、今後、患者や支援者たちの闘いによって、新通知の非科学性・違法性が明らかになっても、小林秀幸特殊疾病対策室長らの責任が、法的に問われることは困難でしょう。
 数年で入れ替わる官僚による無責任体制を、今、断ち切らなければ、未来にわたって公害・薬害事件がなくなることはありません。

<健康被害は金銭で償える>
 そして仮処分の緊急性に関しては、抗告人の健康被害は金銭で補償できるので「償うことのできない損害」ではない、と張しています。
 これは驚くべき主張です。その時々の症状・状態に合わせた適切な判断・治療を得なければ、健康被害は重篤化していくのは、水俣病に限ったことではありません。
 だからこそ、水俣病の認定に際しては「その症状の軽重を考慮する必要はなく」(S46年事務次官通知)とされているのです。
 憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」の実現とは、命や健康を売り渡して補償金を得ることではないはずです。

 弁護団では、この国・熊本県の意見書に対して、6月3日付で反論書を提出しました。東京高裁の判断に、ご注目ください。


*溝口訴訟 最高裁判決のポイント

<最高裁判決文はこちら>

 4月16日の最高裁判決は、1月17日付の県側の受理申立てを決定する段階で、上告理由を総論に関する論点に絞ったため(チエさんの各論は除外した)、総論についてのみ判示しました。その内容は、原判決(福岡高裁判決)の判示を妥当だとするものであり、結論において、県側の上告を棄却しました。
 最高裁判決のポイントは、次の3点に整理できると思われます。

<認定制度の基礎概念の定式化・統一化>

 第1に、水俣病認定制度の基礎概念(基本となる考え方)について定式化し、統一的な解釈を示したことです。
 判決はまず、救済法上の水俣病とは、「魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患をいう」「水俣病は客観的事象」と定義します。あわせて、県側が、「メチル水銀がなければそれにかかることはないものとして他の疾病と鑑別診断することができる病像を有する疾病」と主張したのに対し、判決は、そのように狭い意味に解釈すべきではないと批判しました。
 判決の定義は常識に沿い、また、「客観的事象」という判示の意味は、水俣病とは客観的に認識できる1つの事実であることを明確にしたとみるべきでしょう。
 次に、判決は、認定審査の対象は、「水俣病罹患の有無という客観的事実」であり、この水俣病罹患の有無とは、「申請者が有する個々の症候と原因物質(メチル水銀)との間に因果関係が有るか無いかである」とします。県側が、認定審査の対象(=認定要件)は、「もっぱら水俣病にかかっていると医学的に診断できるか否かである」と主張したのに対し、判決は、そのように狭い意味に解釈すべきではないと排斥しました。
 つまり、水俣病罹患の有無は客観的事実ですから、その事実を認定するに際し、医学的診断は1つの要素・材料にすぎないことになります。
 したがって、判決は、水俣病の認定(=水俣病罹患の有無という客観的事実の確認)に当たり、個々の申請者の「病状等についての医学的判断」のみならず、「曝露歴や生活歴および疫学的知見や調査結果等」を十分考慮した上で、総合的、多角的見地からの検討が必要である、と判示しました。
 この認定のあり方につき、原判決(福岡高裁)は、「『水俣病にかかっている』か否かということは、医学的な判断対象ではなく、社会的事実であって、医学的研究の成果に応じた医学的知見を踏まえ、救済法の趣旨、目的に照らして判断することが求められている」と、最高裁判決と同旨の判示をしています。
 さらに、上告審での主要な争点である「行政庁の判断に関する裁判所の審査のあり方」について、判決は、県側の「認定審査会の調査審議・判断に過誤・欠落があるか否かという観点から行なわれるべき」という主張をしりぞけ、「個々の症候と原因物質との因果関係の有無を対象とし、申請者の水俣病罹患の有無を判断すべき」という手法を採用しました。
 つまり、裁判所は、行政の裁量を認めて消極的な審査をするのではなく、積極的に実体判断に踏み込むべきだという審査のあり方を明示しました。

<認定制度という建物全体を建て直すべき>

 以上の論点は、いずれも認定制度の根本にかかわるものであり、最高裁が初めて統一的な解釈を示した意義は極めて重要です。と同時に、最高裁は、これらの論点に関する県側の理解が誤っていると厳しく批判したわけですから、認定制度という建物の土台が誤っている、当然その上に建てられた認定基準も間違いだということになります。
 要するに、最高裁は、行政に対し、認定制度という建物全体を、判決の趣旨に従い改めて建て直すよう強く求めているのです。最高裁判決を分析するに当たり、この最高裁の断固たる意思を前提にしなければなりません。

<四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病>

 第2のポイントは、判決が「四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病」の存在を認めたことです。
 判決は、一般論として、四肢の感覚障害のみの水俣病が存在しないという「科学的な実証はない」と判断し、また、四肢の感覚障害のみしか確認できないチエさんを水俣病と認定することができるとした原判決を維持しています。

<52年判断条件に対する評価>

 第3は、法律的にはもとより、社会的に最も注目を集めた52年判断条件に対する評価です。
 判決は、52年判断条件につき、まず、症候の組合せが認められる場合に認定するとしているのは、多くの申請に対し迅速に判断する基準だという意味で、その限度での合理性を有すること、しかし他方で、症候の組合せが認められない場合も、総合的に検討した上で、個々の症候と原因物質との間に因果関係があるかないかという個別具体的な判断により、水俣病と認定する余地を排除するものとはいえないことを判示しました。
 判決の趣旨は、症候の組合せによる認定は、「迅速な救済」という限度で合理的だが、他方、「幅広い救済」という観点からは、症候の組合せに該当しない場合(その典型例が四肢の感覚障害のみの場合です)に、因果関係に関する個別具体的な判断が必要不可欠だとするもので、両者の認定手法が相まって52年判断条件を構成するものと理解すべきでしょう。
 そうだとすれば、判決は、52年判断条件の内容および運用の両者につき、注文を付けていることになります。
 まず、内容に関し、52年判断条件は、症候の組合せが認められない場合に、総合的な検討を行うべきであることや、総合的な検討のあり方を全く規定していません。四肢の感覚障害のみの水俣病が存在することにも言及していません。ですから、こうした内容を盛り込んだ新しい認定基準を策定するよう求めているのです。
 さらに、運用に関しては、原判決が「症候の組合せに該当するときには水俣病と認定するものの、該当しないときには、個別具体的な事情を総合考慮することなく棄却していた」「52年判断条件を硬直的に適用した結果、重症者のみを認定し、軽症者を除外している」旨判示するとおり、最高裁判決が示した運用のあり方に反する実態であるのは明らかです。最高裁は、ただちに52年判断条件の運用をあらためるよう求めているのです。

<判断条件を違法と断言しない問題>

 ただし、残念ながら判決は、52年判断条件が違法・無効であるから撤廃すべきだと言い切ることはしませんでした。
 判決は、四肢の感覚障害のみの水俣病の存在を認めた以上、四肢の感覚障害は「水俣病における最も基礎的、中核的な症候」(原判決)であり、現在の大多数の患者に見られる典型的な症候であるのは証明されているのですから、「法の趣旨に適合する認定基準として、四肢の感覚障害のみで十分であり、症候の組合せを要件にしてはならない。したがって、症候の組合せを求める52年判断条件は違法・無効である。」と結論づけるべきでした。判決の論理を推し進めると、これが必然的な結論です。
 しかし、行政の立場を尊重する判断が働いたのでしょう、そこまで断言しませんでした。別稿で指摘する通り、この不徹底さが、環境省をして、「判決は52年判断条件を否定していない」といわしめる口実を与えてしまっています。
 この点は、最高裁判決のもつ最大の問題点だといわなければなりません。

*この事件のあらまし

 1995年8月、熊本県知事はチッソ(株)が垂れ流したメチル水銀の曝露歴は認めながら「公的資料がない」という理由で溝口チエさんの水俣病認定申請を棄却しました。1974年の申請以来、実に21年後の処分でした。チエさんは申請から3年後の1977年に死亡しましたが、この間に県は終えているべき検診を完了させませんでした。申請者が検診未了で死亡した場合には、環境省が金科玉条とする“1977年(S52)判断条件”でも、生前に受診していた医療機関のカルテ収集を明記しています。
 しかしチエさんの次男・秋生さんの起こした行政不服審査請求によって、県の病院調査は死亡後17年も経ってからであったことが判明しました。また地元支援者の調査で、少なくとも県が病院調査を始めた当時はまだカルテが残されていた可能性があったことが分かりました。
 県がまともに調査をしていればチエさんの水俣病罹患は証明できたのです。
 さらに、裁判で県の提出した証拠から、1988年11月には、未検診の死亡者について「病院調査についても、積極的に行うことはしない」と旧環境庁と合意していたこと。その結果カルテが廃棄されてしまうことを十分認識していた(環境庁側の協議資料には「病院調査は適宜やっておく必要がある−カルテ保存期間」と明記されていました)ことが判明しました。チエさんを含む未検診死亡者は意図的に放置されていたのです。
 秋生さんもただ21年間じっと待っていたわけではありません。毎年チエさんの命日に合わせて、県に「母の件はどうなっているのか」と問い合わせを続けてきたのです。
 これに対し県は、上記のように病院調査の棚上げをしていたのを隠して、問合せには「検討中」と答えるのみで、放置を続けていたのです。

*棄却取消・義務付け訴訟

 2001年10月に環境省の行政不服審査請求も棄却されたため、秋生さんは同年12月に熊本県を相手取り、棄却処分の取消を求める行政訴訟(棄却取消訴訟)を提訴しました。
 そして、2005年10月には加えて義務付け訴訟を提訴しました。これは認定棄却した処分を取り消すだけではなく、積極的にチエさんを水俣病と認めるよう熊本県に義務付けるものです。

*熊本地裁判決

 2008年1月25日に熊本地裁(裁判長・亀川清長、裁判官・内山真理子、中島真希子)で言い渡された判決は、唯一の医学証拠であるS診断書を不十分としたうえで、そうなってしまった原因については「やむを得ない」と熊本県の責任を不問にしました。
 前述の証拠(病院調査はしないと決めていた)があるにもかかわらず、「意図的に病院調査を放置したと認めることはできず」とするなど、提出された証拠もちゃんと見ない一方的なものでした。

*福岡高裁

 2008年2月6日に控訴した福岡高裁では、チエさんは水俣病であったか否か、という争点が中心となり、双方から医学証人が立ち、審理が続いていました。
 2012年2月27日、福岡高裁(裁判長・西謙二、裁判官・足立正佳、裁判官・石山仁朗)は、チエさんを水俣病と認め、熊本県に公健法(チエさんが申請をしていた時には救済法)の認定患者として認定するよう義務付けました。

*福岡高裁判決のポイント

<福岡高裁判決要旨はこちら> <福岡高裁判決文はこちら>

1.公健法の認定基準としてS52年(1977)判断条件を否定

 公健法の認定基準のあり方として「その(症状:編者注)原因がメチル水銀のばく露によるものであるとの蓋然性がそうでない場合を上回ることで足りるとされている救済法の下では、認定申請者のメチル水銀に対する曝露状況等の疫学的条件に係る個別具体的事情等を総合的に考慮することにより、水俣病にかかっているものと認める余地がある」と述べ、そして「そうであれば、52年判断条件は、認定手続における認定判断の基準ないし条件としては、十分であるとはいい難い」「52年判断条件の基準を満たさない場合に水俣病とは認められないとする解釈が、これに適合しないことは明かである」とS52年判断条件が公健法の認定基準として不適切であると結論づけました。
 さらにS52年判断条件の成立過程や1985年医学専門家会議の内容、また認定作業の実態を検討した結果、「52年判断条件が、メチル水銀の経口摂取により末梢神経の障害を来すものと理解されて運用されたことなどにより、中枢神経障害説により認定されるべき申請者が除外されていた可能性は否定できず」「そうすると、上記のような認定手続の運用は、52年判断条件の運用として、適切でなかったというほかない」つまり、S52年判断条件を適用することによって、水俣病患者と認定されるべき人々が切り捨てられてきたことを指摘しました。
 国と熊本県は、直ちに過去に認定棄却した申請者の再調査をして、中枢神経障害に基づいた審査を始めなければなりません。

3.症状を捉える根拠として、民間医師の診断書を採用

 そして、チエさんに四肢末端優位の感覚障害が認められる証拠として、地元開業医のS医師の診断書を採用しました。熊本県はS医師が神経内科の専門医ではないことを挙げ、その診断書は信用できないと主張してきました。
 しかし判決は、S医師が1959年の水俣保健所勤務に始まり、水俣病現地で開業し水俣病患者を診てきたこと、「水俣病に関しては、水俣市立病院勤務時における臨床経験、医師会等の勉強会などで知識等を得て」いたこと、診断書作成の時には、様々な検診を行っていたことを認め、「その検査の精度を疑うべき事情は認められない」とS医師診断書の信憑性を認めました。

4.認定患者がいない家族でも、メチル水銀曝露の高濃度汚染を認める

 熊本県は、チエさんの同居家族に水俣病認定患者がいないこと、チエさんの孫の胎毛の毛髪水銀値(16.1ppm)等からは、溝口家が高濃度にメチル水銀に曝露していたとは認められない。あまつさえ溝口家は農家であり、チエさんが老人であったから小食で汚染魚を多食していたとは言えないとまで言いつのっていました。
 また、チッソ水俣病関西訴訟大阪高裁判決では、チエさんのように二点識別覚検査がなされなかった人について、本人のメチル水銀曝露の確実性を高める担保として「家族内に認定患者がいて、四肢末梢優位の感覚障害がある者」との準拠を示していました。
 溝口訴訟高裁判決では、チエさんが住んでいた袋地区内にも認定患者家庭が多く存在していること、チエさんと食生活を共にしていた原告やチエさんの孫(いずれも1995年の政治決着による医療手帳)に水俣病の疑いがあること、などを挙げ、家族内に認定患者がいない場合でも、様々な情報を総合的に判断すればメチル水銀の高濃度汚染が認められることを判示しました。

5.発症時期は本人でも分からない

 チエさんに限らず、申請者は症状がひどくならないとそれが自覚できず、認定申請時期が遅れ、発症時期の記憶が曖昧になる場合が多くあります。国・熊本県はここにつけ込み、チッソによる水俣湾へのメチル水銀垂れ流しが止まってから時間が経ってから発症したことになり、これはおかしいと主張してきました。
 これに対して高裁判決では「メチル水銀のばく露と症状の発生の関係は明かではなく、発症の時期とそれが判明しあるいは診断される時期とが一致するわけではない」「慢性の症状に分類されるものであり、本人が自覚しにくい」「それらの時期に関する認識が正確なものかも定かでない場合がある」と判示しました。水俣病に関する正しい情報が得られず、なかなか認定申請ができない患者の実情を正しく理解した内容と言えます。
 また、この判示は、国や当該の各自治体が、積極的にメチル水銀に曝露していた住民の悉皆調査をしなければ、本人が気づいていない潜在患者がそのまま埋もれてしまうこと、本人申請主義の認定制度の欠点を指摘しているとも言えます。

*溝口棄却取消訴訟弁護団東京事務局
  東京:山口紀洋(弁護士) 荒谷徹 鎌田学 鈴村多賀志 平郡真也
  水俣:高倉史朗
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*支援カンパ先 郵便振替:「水俣病行政訴訟事務局」 00130-9-482335

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